外敵撃破
それから更に数体のグッダングを斬り伏せ、残るグッダングは一体のみ。
例の一際大きい、群れのボスと思われるグッダングである。こいつ、これまで毒霧こそ吐き出していたものの、常に最後方にいて最後まで直接襲いかかってくることはなかったんだ。
そのため、最後に残ったグッダングは、やっぱりこいつだった。
大きく肩で息をしながら、俺は最後に残った巨大グッダングを見る。
対して、奴もまた巨大な体でとぐろを巻くようにしながら、頭を持ち上げて俺を見下ろしていた。
さあ、いよいよ最後の戦いだ。ちらりと肩越しに背後を見れば、離れた所でジョバルガンと生き残ったグルググたちの触角が激しく明滅していた。
彼らが何を言っているのか、聖剣は「通訳」してくれない。彼らとの距離が空いているからか、それとも戦いの真っ只中だからか。
それでも、何となくジョバルガンたちは俺を応援してくれていると思う。そんな予想的声援に応えるためにも、さっさと最後のグッダングを倒してしまおう。
両手でいわゆる正眼に構えた聖剣に、俺はちらりと視線を落とす。
さあ、これで最後だ。きっちりと〆めようぜ、相棒。
相変わらず、無口な相棒からの返事はない。ったく、この照れ屋さんめ。
いつか、この聖剣も俺の声に応えてくれたりするのかな? できれば、小説やコミックなどでよくあるように、美少女に変化なんてしてくれると俺的にはとっても嬉しいのだけど。いや、是非変化して欲しい! 変化大歓迎!
なんて都合のいいことを考えつつ、俺の身体は地を蹴って巨大なグッダングへと迫って行った。
ぐんぐん速度を上げ、瞬く間に巨大グッダングとの距離が詰まる。
対してグッダングは俺の接近を待ち構えていたようだ。攻撃の射程圏内に俺が足を踏み入れた途端、奴の巨体が動き出す。
奴が繰り出したのは、頭ではなく尻尾だった。これまでのグッダングの攻撃と言えば、俺を食い殺そうと頭から突っ込んでくるか、毒霧を吐きかけることぐらいだった。
だが、奴は違った。一際長い体を鞭のようにしならせ、俺の横合いから尻尾による一撃を繰り出したのだ。
奴の攻撃の間合いは長い。後方に飛び下がっても、既に尻尾の一撃から逃れることはできない。
では、上空へと逃れるか? いや、これもまた、悪手かもしれない。跳躍によって攻撃を躱すのを、俺は……じゃなくて聖剣はこの戦いの中で何度も行った。ひょっとすると、グッダングが俺の行動を学習し、上空へと逃れることを予想しているかもしれない。
奴がそれぐらいのことをしても不思議ではないことを、俺もまたこの戦いの中で学習していた。
俺が思いつくのだから、当然相棒だって予測しているだろう。だからだろうか、聖剣は逃げるのではなく、迫る尻尾を迎撃することを選択したようだ。
その場でしっかりと両足で踏ん張り、剣先を地面に触れるぐらいまで下げる。
高速で迫る巨大な尻尾。だが、俺は逃げない。正直、すっげえ恐い。正面から巨大な丸太が突っ込んで来るようなものだから、恐くないはずがない。
その恐怖から思わず目を閉じそうになるが、俺の意思に反して目を閉じることはできなかった。
そして、俺の身体が再び動き出す。
下段に構えていた聖剣を、鋭く力強い踏み込みと共に掬い上げるように頭上へと振り上げた。
同時に金属同士を打ち合わせたような甲高い音が響き、目前まで迫りまるで壁のようだったグッダングの尻尾の表面に銀光が駆け抜ける。
自動ドアのように、俺を前にして二つに別れていく壁……じゃなくて、グッダングの尻尾。聖剣により両断された尻尾の先端が、それまでの勢いを殺すことなく明後日の方向へと吹き飛んで行った。
吹き飛んだ尻尾の行方を確認する間もなく、俺の身体は再び駆け出す。
俺が駆ける先には、尻尾を両断されて苦しげに体をくねらせる巨大グッダング。
いよいよ、最終局面だ。
痛みから悶絶し、激しく巨体をのたうたせるグッダング。何となく、釣り針に刺したミミズを連想させるその動きに、思わず眉間に皺が寄る。
別にミミズが苦手ってわけでもないが、どうも子供の頃からあのぐねぐねした動きだけはあまり見たくないんだよな。
でも、今はそんなことを言っている場合じゃない。びったんばったんと激しく打ち震える巨大なグッダングは、もう目の前だ。
動き回る奴の体に巻き込まれることもなく、俺は素早く近づいて聖剣を何度も振るう。
銀光が俺の周囲で踊り狂い、その銀光に引っ張られるように不気味な色合いの体液が飛び散る。
その体液を浴びないように動きつつ、俺は何度もグッダングを斬りつけた。
強靭な生命力を誇る巨大グッダングだが、その動きが見る間に鈍くなっていく。
何度も斬りつけられ体液を流すことで、その生命力も確実に削られているのだろう。
そして、止めとばかりに俺の身体が大きく跳躍する。
大上段に構えた聖剣。その刀身に、ばちりと静電気が弾けるような音と共に黄金の電光が聖剣の刀身に纏わり付く。
こ、これ、刀身が帯電しているのか? こ、こんな能力まで聖剣にはあったのかっ!?
今明かされた新たな聖剣の能力に驚きつつ、俺は力一杯聖剣を振り下ろした。
雷光を纏った聖剣は、見事にグッダングの複眼の間──人間で言えば眉間に当たる部分に、吸い込まれるようにその刀身を埋め込んだ。
同時に、手の中の聖剣が激しく震える。その震えはグッダングの巨大な頭をも震動させ、その振動はやがてグッダングの巨体にまで及んでいく。
な、何が起きているんだ、これっ!? 聖剣の刀身は完全にグッダングの体内に埋まっているので、そこで何が起こっているのか俺には全く分からない。
だけど……もしかしてこれ、グッダングの体内で聖剣が放電していたりしていない? ほら、グッダングの体の繋ぎめかから、煙が立ち昇り始めたし。
おそらく、それに間違いないと思う。やがて、グッダングは一際激しくその巨体を震わせると、そのまま横倒しに地面へと倒れ込んだ。
俺はその直前に聖剣をグッダングから引き抜き、その頭部を足場に後方へと飛び下がっていた。ふう、よかった。あの巨体の下敷きにでもなろうものなら、俺が無事でいられるわけがないからな。
倒れたグッダングは、全身から嫌な臭いのする煙を立ち昇らせながら、びくびくと痙攣している。これ、死んだんだよな?
俺は聖剣の先端で、おっかなびっくりグッダングを数回突いてみる。よし、大丈夫。完全に死んでいるっぽい。
はぁぁぁ、と大きく息を吐き出す俺。今回も何とかなったようだ。
改めて周囲を見回せば、辺り一面にグッダングの死骸が転がっている。両断されたもの、輪切りにされたもの、頭をカチ割られたもの……自分で言うのも何だが、これ、俺がやったんだよな? まあ、実際にやったのは俺じゃなくて聖剣だけど。
グッダングの体液や毒液が辺りに飛び散り、正直あまりいい気分じゃないけど、俺ももう限界だ。
ちょっとぐらい、休んでもいいよな?
そう思いながら、俺はそのまま地面に仰向けに横たわる。そうして地面に大の字になりながら、はぁはぁと激しく息をする俺の上に、ぬっと巨大な物体が現れた。
「よ、ジョバルガン。グッダング、全部倒したぜ?」
【ああ、見ていたとも。まさか、一人で全てのグッダングを倒すとは……君はとんでもない爪を隠していたのだな】
上から俺を覗き込んでいるジョバルガンの触角が、稲妻を描くようにきざきざに振るわれた。これ、どういう感情なんだろうな?
「爪を隠すか……ちょっと違うかな。こいつは爪じゃなくて剣っていうんだ」
【剣……?】
手にしたままの聖剣を、ぐっとジョバルガンが見やすいように突き出す。ジョバルガンも、目の前に突き出された聖剣を、興味深そうにじっと見つめていた。
「俺たちは……人間は、剣だけじゃなくて様々な道具を使うんだよ」
【ほう、それは興味深いな。是非、その辺りのことを教えてくれ】
「ああ、いいよ。でも……今は少しだけ休ませてくれない……か……な……」
最後に大きく息を吐き出し、そのまま俺の意識は闇の中へと落ちていった。
俺が目覚めると、そこはジョバルガンの家の中のようだった。
【おお、シゲキ。目が覚めたか。しかし、君は変な格好で眠るのだな】
俺が起きたことに気づいたのか、ジョバルガンがもぞもぞと近くまでやってきた。どうやら俺、家の床にそのまま転がされていたようだ。
まあ、グルググは寝具を使わないみたいだし、それは仕方ないか。後でジョバルガンに聞いたのだが、彼らはまんまダンゴムシのように丸まって眠るそうだ。
そんな彼らからしてみれば、地面に横たわって眠るのはかなり奇異なことに見えるのかもしれない。
グッダングとの戦いが終わり、疲れ果ててそのまま眠ってしまった俺を、ジョバルガンを始めとしたグルググたちがここまで運んでくれたそうだ。
俺は腕時計で今の時間を確認してみる。俺が眠っていたのは大体二、三時間ってところか。
腕時計が指し示す今の時間は、午後三時四十分ってところだ。この世界に留ることができるのがこれまで通りなら、あと四、五時間ちょっとか。
【目覚めたすぐで悪いが、我らが〈頭〉であるズムズムズが君に会いたがっている。再びズムズムズの元まで我と一緒に行って欲しい】
腕時計を見て考え込んでいた俺に、ジョバルガンが声をかけてきた。
そりゃそうか。今回のグッダングの襲撃は女王であるズムズムズさんも知っていることだ。ならば、報告とかいろいろあるのは当たり前だ。
「うん、分かったよ、ジョバルガン。早速、ズムズムズさんの所に行こうか」
「承知した。では、我について来てくれ」
ジョバルガンは、そのまま家の出入り口を目指して移動する。よし、俺も彼の後についていこう。
家を出た俺とジョバルガンは、グルググたちの都テラルルルをゆっくりと歩く。
ゆっくりなのは、正直俺の身体がまだまだ疲れているからだ。まあ、あれだけ激しく動いたのだから、疲れ程度なら御の字だよな。もっとも、明日か明後日は筋肉痛を覚悟しないといけないだろうけど。
ズムズムズさんのいる場所……いわば宮殿へと向かう途中、俺はたくさんのグルググたちから声をかけられた。いや、光を向けられたと言った方が正しいか。
【おお、あれが二百体もの未知のグッダングを退けたという異国の者か】
【本当に脚が四本しかないのだな。実に興味深い】
【あの、下の脚の近くにある細長いものが、グッダングを斬り刻んだという爪か。見たこともない形状の爪だな】
【しかし、未知のグッダング二百体を退けたとは、誰にも真似のできないことであろう。一体、どのようにしてグッダングどもを退けたのか……その場を実際に見てみたかったな】
【まったくだ。実に興味深い客人であるな】
さすがはグルググ。自分の興味を優先しているところが、彼らならではだ。普通、こういう時は声援とか歓声とか上げるものじゃね? まあ、そういうものを期待していたわけじゃないけどさ。うん、ごめん。正直言うと少し期待していた。ちくしょう、異世界は思い通りにはいかないね。
俺はちょっとだけがっかりしつつ、ズムズムズさんが待っている王宮を再び訪れるのだった。
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