参戦
ほぼ互角だの戦況だったが、それはすぐに崩れることになった。
いくら仲間がやられても、グルググたちは相変わらず平然と数メートルほど後退しては、隊列を組み直して反撃する。
だが、死傷者は確実に増えていた。グッダングも無事ではないが、それ以上にグルググの方の被害が増加しているのだ。
グッダング二百体とグルググ四百人。開戦当初はそれで互角だった。だが、その比率が崩れれば、後は雪崩れのようにどんどん犠牲者が増えていく。
もちろん、グルググを率いるジョバルガンには、四百人のグルググがいれば二百体のグッダングを倒せる自信があったはずだ。これまでグッダングとは何度も戦い、彼我の戦力差は十分理解している。そのジョバルガンの判断に間違いはない。
では、なぜ今回に限って一方的にグルググに被害が出ているのか。
その訳は、今回現れたグッダングがこれまでのものとは違う能力を有していたからだ。
グッダングの中でも一際大型の個体が、牙が生えた口から紫色の霧のようなものを周囲に吹き出している。
その紫の霧を浴びたグルググたちの動きが、見る見る鈍くなっていくのを、俺は彼らの後方から見ていた。
「……ど、毒を周囲にばら撒いているのか……」
そう。
大型のグッダングが吐き出しているのは、間違いなく毒だろう。このグッダングたちは、牙を通して獲物の身体に毒を注ぐだけではなく、毒そのものを霧状にして吐き出す能力を有していたのだ。
それもこの毒は、おそらくは身体を麻痺させる神経系のものだろう。確か、俺の知っているムカデの毒は、主にヒスタミンなどを成分とし、激しい痛みやかゆみを起こさせるものだったはず。
つまり、見た目こそムカデそっくりなグッダングだが、その身に宿している毒の成分はムカデとは違うらしい。
空気中に散布された神経毒が、グルググたちの動きを鈍くしている。そのため、ジョバルガンの指示に素早く反応できずに大きな被害を受けてしまったというわけだ。
【むぅ……あのように毒を周囲に撒き散らすグッダングがいるなど、聞いたこともない】
毒をばら撒くグッダングを見たジョバルガンの「声」が、俺の頭の中に響く。相変わらず平坦な彼の声だが、何となく焦りを含んでいるような気がしなくもない。
現在、残るグッダングは百五十体ほどか。対して、グルググたちは二百人も残っていない。
軍事用語では運用した部隊の三割に被害を受けた時点で「全滅」と言うらしいが、それを適用するならグルググは既に「全滅」以上の被害を受けたことになる。
このまま戦っても、文字通りの「全滅」を迎えてしまうのもそう遠くないことではないだろう。
だから。
だから、俺は一歩前へ踏み出した。既に聖剣は鞘から引き抜かれ、俺の手元で眩い銀の輝きを放っている。
「ジョバルガン! グルググたちを撤退させてくれ!」
【何を言うのか、シゲキ。そんなことをすれば、この厄介なグッダングたちが我らが都に押し入り、今以上の被害が出てしまうのは考えるまでもないことだ】
「個」よりも「群」を重んじるグルググたちにとって、自分の死よりも群れ全体が受ける被害の方が重要なのだろう。そしてその考えは、部隊を指揮するジョバルガンも同じに違いない。
だが俺は、この世界で知り合ったジョバルガンに……友人だと思っている彼に死んで欲しくはない。
もちろん、他のグルググたちだってそうだ。まだ名前も知らない彼らに対して、俺はかなり親しみを覚えてしまったんだ。
だったら、ここで俺が何とかしないといけない。何より、俺にはその力があるのだから。
もっとも、その力ってのが俺自身のものじゃない辺り、何とも締まらない話だけど。
俺は背負っていたリュックの中から、ある装備を取り出して装着する。
【む? 何だねそれは?】
俺が口元を覆うように装着したものを見て、ジョバルガンが尋ねてくる。
「後で説明するよ。だから今は俺に任せてくれないか?」
【そこまで言うのであれば、シゲキには何か考えがあるのだろうな。よし、ここは君に任せよう】
ジョバルガンが触角の右側だけを俺へと真っ直ぐに伸ばした。何となく、俺はそれに応えて右手の親指を突き立ててみせる。
「ああ、任せてくれ、友達の信頼には応えてみせるさ!」
さあ、行くぜ、
三上山の大百足を退治した、
一斉に後退するグルググたち。それに逆らうように、俺はゆっくりとグッダングたちの前へと進み出た。
10メートル以上のグッダングにとって、俺なんて小さくて弱いだけの存在だろう。
確かに、俺は弱いよ。正直、大ムカデたちを前にして足が震えているし。でも、どんなに小さな生き物であろうと、危険な爪や牙を持っていることがあるんだぜ?
足の震えを意思の力で必死に押し込め、俺は全身から力を抜いた。
同時に、俺の身体が勝手に動き出す。よし、今回も任せたぜ、聖剣! 後で多少筋肉痛になっても我慢するから、全力で行ってくれ!
放たれた矢のように加速する俺に向かって、数体のグッダングが紫の霧を吹きかけてくる。毒霧を吐く能力はあの大きな奴だけじゃなく、ここにいる全てのグッダングが有していた。
おそらく、新種という奴なのだろう。あえて言うならば、こいつらはポイズン・グッダングってところか。うん、直球だね、我ながら。あ、でも、グッダングには元々毒があるわけだから、ポイズン・グッダングはちょっと違うかも。
まあ、それは置いておこう。俺は吐き出された毒を回避することなく、自ら毒の中へと突っ込んだ。
大丈夫、俺にはこれがある。セレナさんから買い取った装備の一つ……防毒マスクがな!
口元と鼻だけを覆う形の装備のため、目を保護するために暗視ゴーグルも装備している。何と言っても未来世界の防毒装備だ。俺の時代の物よりずっと高性能なはず。空気中に散布された毒であれば、これで防げないはずがない。
それに、俺が着ている《銀の弾丸》のユニホームでもあるツナギにも、多少の防毒・防放射線効果があるとセレナさんは言っていたし。現在露出している皮膚は極めて少なく、皮膚が毒でやられることもほぼないはずだ。
実際、毒霧を吹きかけられても、俺の身体に変化は見受けられない。よっし、これで何とかなる! 多分!
紫の毒霧を突き抜けた俺を見て、グッダングたちが驚いた……ような気がする。なんせこいつらには表情ってものがないから、どんな気分でいるのか全く分からないんだよな。
俺の身体はどんどん加速し、一体のグッダングに肉薄。そのまま脇を擦り抜けるようにして、そのグッダングを置き去りにする。
その直後、俺が擦り抜けたグッダングの胴体が真っ二つになった。毒々しい体液を周囲にばら撒きながら、上下に斬り分けられたそのグッダングは絶命する。
もちろん俺が……じゃなくて、聖剣がすれ違いざまに両断したのである。
それに、ムカデって体を二つに切ってもしばらくは生きていてうねうねしたりするけど、こいつらはそうじゃないらしい。
俺は速度を落とすことなく、次の獲物へと近づく。その俺の接近に気づいたグッダングが、その巨体を大きく仰け反らせる。
どうやら、上から振り落とすハンマーヘッドで俺を押し潰すつもりのようだ。
しかし、俺のような小さな的におまえらの大きな頭が当たるか?
俺の頭上に巨大なムカデの頭部が迫る。だが、俺は速度を緩めることなくそのまま駆け抜け、ハンマーヘッドを潜り抜ける。そして、地面に頭を突っ込んで動きを止めたグッダングの身体に幾筋かの銀線が走った。その銀線から体液が迸り、ずるりと巨体がずれていく。
幾つかのパーツに斬り分けられて、二体目のグッダングも息絶えた。
さあ、次はどいつだ?
その後、俺は戦場を駆け回った。
時間にして大体二十分から三十分ぐらいか。その間、ほぼ全力疾走を続けた俺は正直限界だ。
呼吸は激しく乱れ、全身は鉛のように重い。でも、俺の身体は俺の意思とは関係なく全力で……いや、全力以上で走り続けていた。
ああ、これ、明日か明後日にはまた地獄の筋肉痛だなぁ。
今もまた一体のグッダングを輪切りにしながら、俺はちょっと現実逃避をしていた。
今斬り捨てたグッダングで、一体何体目だ? 俺は何体の大ムカデを斬ったんだ?
正直、もう覚えていない。だけど確かなことは、既に動いているグッダングは十体もいないってことだ。
まさに俺無双……いや、聖剣無双である。
百体以上のグッダングを斬っても、聖剣の切れ味に変化は見られない。まあ、最初から刃なんてついてないけどな、この聖剣。なんせ、模造刀ってことでネットオークションで買ったんだし。
この聖剣のことは今更だ。それに、いくら考えたってこの聖剣が何なのか、分かるわけがないしな。
それよりも、残るグッダングを倒すことを考えよう……もっとも、いくら俺が考えてみても、俺の身体を動かしているのは聖剣だから意味ないか。ちょっと悲しい。
改めて、ここで残っているグッダングを数えてみる。
例の巨大な個体──おそらく、こいつが群れの長だろう──を含め、残るは……えっと、八体か。ってことは、この二、三十分で俺と聖剣で百五十体近いグッダングを倒したわけだ。改めて、聖剣すげえな。
そんなことを考えていると、俺の身体が再び動き出す。残る八体のグッダングもまた、俺に向かって突進してくる。
一体が毒霧を吐き出すが、俺はそれを無視。自ら毒霧の中へと突っ込む。
と、紫の霧の中で頭上に気配を感じた。反射的に上を見ると、巨大な頭が迫っている。
毒霧をめくらましに用いた奇襲か! もしかして、グッダングって俺が考えていたよりずっと賢いのかもしれない。
だが、俺には……じゃなくて、聖剣にはそんな奇襲は通じない。足が地面を思いっ切り蹴り、俺の身体は宙を舞ってグッダングの攻撃を躱した。
毒霧に覆われた空間を突き抜け、俺は上空へと舞い上がる。しかし、空中の俺に向かって、地上から別のグッダングの巨体が伸びてきた。
鋭い牙が生える口を大きく開き、グッダングは空中で身動き取れない俺を食い殺そうとする。
見る見る迫るグッダングの口。牙からぽたぽたと毒液が滴っているのがはっきり見えるほど、俺とグッダングの距離が狭まった時。
不意に、俺の身体が横へと移動した。空中で何かを蹴り、強引に軌道修正して迫るグッダングを回避する。
うわ! 俺の足が何かを蹴った? そ、そういや、邪竜王との戦いの時もこんなことあったっけか。
と、以前のことを思い返していると、残ったグッダングたちが一斉に空中にいる俺へと迫ってきた。
襲いくる巨大ムカデを、俺は空中で複雑な軌道を描きながら回避していく。見えない何かを蹴り、空中を自在に駆け抜ける俺の身体。
これ、空を飛ぶんじゃなく、空を走っているっぽい。おそらくだけど、聖剣が空中に見えない足場のようなものを作り出しているのだろう。
ホント、何でもありだな、俺の相棒は。
呆れていいのか感心していいのか悩んでいる間も、俺の身体は相変わらず勝手に動いている。
今もまた、俺は聖剣を巧みに操って……いや、俺が聖剣に巧みに操られて、一体のグッダングを輪切りにした。
周囲に体液をまき散らしながら絶命する巨大ムカデ。
さあ、この戦いもそろそろ終わりが見えてきたかな?
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