天敵
グッダング。
やはりそれは、グルググたちの敵であるという。ダンゴムシそっくりのグルググの敵って、一体どんな生物なのだろうか。
興味を持った俺は、ジョバルガンに同行を申し出た。
【我と一緒に行くのは構わないが、危険だぞ? 相手はグッダングだ。我らとて無事ですむとは限らん。君のようなひょろひょろとした身体では、瞬く間にグッダングに噛み殺されるだろう】
うわ。何か恐いこと聞いちゃったよ。でも、俺には聖剣があるし……聖剣のオートモードなら、きっと何とかなると思う。
これまでドラゴンとかグリズリーとかとも戦ってきたんだ。相手がどんな生物なのか不明なのはちょっと不安だけど、今回も大丈夫だと思う。思いたい。
それに、見た目ダンゴムシであるグルググたちが、どのようにして戦うのかも知りたいし。
「少し離れた所から見ているだけだから。一緒に行っちゃ駄目かな?」
【そこまで言うのならば仕方ない。シゲキも十分考えた末のことなのだろう?】
うん、考えたよ。俺なりに、ちょっとは考えたさ。いや、結構考えた。俺にしては。
俺を見て、ふらふらと触角を左右に揺らすジョバルガン。もしかして、今のって人間が「肩を竦める」に相当するのかな?
【では行こうか、シゲキ。ただし、絶対に前には出るなよ? それから、迎撃の責任者はこの我だ。我の指示には絶対に従ってくれ】
「了解だ、ジョバルガン隊長」
俺はセレナさんがやっていたような敬礼をジョバルガンに送る。
【む? 何だね、その仕草は? 何か意味があるのだろう?】
「もちろんさ。これは『敬礼』と言って、下位の者が上位に者に対して敬意を表す時にするんだ」
ちなみに、上位の者が下位の者の敬礼に応えるのは「答礼」と言うらしい。
【ふむふむ、君たちは本当に興味深いな。こうかね?】
ジョバルガンの触角の片方が、くにょりと曲がってちょっと不格好な答礼の形を取る。
いや、結構器用だよね、グルググって。
ジョバルガン率いるグッダング迎撃部隊は、総勢四百人ほどらしい。
二百体の敵に対してこちらは四百人ってことは、単純に考えてグッダングとやらは一体でグルググ二人分の戦力を有しているってことか。
まあ、戦力には余裕を持たせるものだから、単純に1:2ってわけでもないだろうけど。それでも、それに近いぐらいの戦力差があるってことだよな。
つまり、グッダングはかなり強敵ってことだ。
しかし、四百人ものグルググが集まっているのは、ちょっと壮観だった。いわば、生きた装甲車が四百台集まっているようなものだし。彼らが隊列を組んで敵に吶喊すれば、まさに某アニメに登場した巨大ダンゴムシ状生物の暴走みたいになりそうだ。
【これより、我が都に侵入したグッダングを排除する。各員、奮起せよ】
四百人のグルググを前にしたジョバルガンが、これまで以上に激しく触角を点滅させ、それに応じて他のグルググたちも触角を光らせる。
そして、彼らは整然と進み出した。おそらく、彼らが進む方にグッダングという敵がいるのだろう。
俺は整然と進むグルググ部隊の後ろを、遅れないようについていく。グルググって、意外と歩くのが早い。おかげで、遅めのランニングぐらいのペースで走らないとついていけない。
良かった、最近毎朝ランニングしておいて。そうじゃなかったらジョバルガンたちに置いていかれるところだったよ。
そして軽く走ること20分ぐらい。グルググの都であるテラルルルの外周部と思われる場所に、それはいた。
グルググたちが築いた塔を、その巨体でもって締め上げるようにして破壊する、巨大な生物。
「あ、あれがグッダング……」
【そうだとも、シゲキ。あれこそが我らの天敵とも言うべき、グッダングだ】
乱れた息を整えつつ、俺は前方で蠢く巨大な生物を前にして、唖然としながら呟いた。そんな俺の傍に来たジョバルガンが、ぴこぴこと触角を揺らしながら俺に告げた。
グッダング。体の大きさは余裕で10メートルを超えるだろう。そしてその細長い体の側面に、無数の小さな脚がびっしりと生えていた。
平たい頭部に巨大な複眼。そして、太く不気味な触角が二本。複眼のすぐ下に口があるようで、そこから鋭い牙が覗いている。
その牙から何やら液体がぽたぽたと滴っているが、多分あれ、毒を含んでいるよな? だってあの外見からして、毒を持っていないとは思えない。もっとも、ここは異世界だから俺の常識なんて通用しないかもだけど。
ジョバルガンたちグルググの天敵であるグッダング。
その姿は、まさに巨大なムカデそのものだった。
体長10メートルを超える巨大なムカデが二百体以上。正直、すっげえ気持ち悪い光景だ。
だけど、そのあまりのおぞましさが逆に俺の目を捉えて離さない。
うぞうぞと無数の脚を忙しなく動かし、塔に巻き付いてはその塔を締め上げるようにして破壊していくグッダングたち。
そうやって塔の中に逃げ込んでいるグルググを外へと追い出し、捕え、最後には食べてしまう。
そうだ。グッダングにとって、グルググは食料なのだ。
【総員、隊列を崩すな。我の合図と共に一斉に放射せよ】
グッダング迎撃部隊の隊長であるジョバルガンが指示を飛ばし、それに従って四百人のグルググたちが横10人、縦40人の長方形の隊列を組む。
そして、最前列に並ぶ10人のグルググの身体に、すぐ後ろのグルググたちが乗り上げるようにして身構えた。
ちょうど、グルググの頭が縦に二つ並ぶ形だ。
【放射】
ジョバルガンの合図に合わせて、20人のグルググが口から何かを吐き出した。
彼らの口から吐き出された液体らしきものは、緩やかな弧を描いて前方にいたグッダングの一体に降りかかる。
途端、グッダングの濃い緑色の体からじゅわっという音がし、同時にグッダングの硬質そうな外殻の一部が明らかに溶けた。
「もしかして……あれは酸なのか……?」
口から酸を吐き出すこと。それがグルググの攻撃手段なのだろう。
20人のグルググたちが何度も酸を吐き出し、それが前方にいるグッダングの体を溶かしていく。
体の一部を溶かされたグッダングが、苦しげにその巨体を捩じるように蠢かせる。どうやら、酸による攻撃が効いているようだ。
しかし、グルググたちが吐き出す酸にも限界があるのだろう。最前列の20人のグルググたちが吐き出す酸だが、明らかにその量が減少している。
【交替】
それを見越したジョバルガンが素早く指示を出し、最前列の20人が隊列の最後尾へと回り込む。そして、代わって次の20人が酸を吐き出した。
グッダングの巨体に、次々に酸の雨が降り注ぐ。酸はグッダングの外殻を溶かし、その内側の体組織をも焼いていく。
溶けた脚がぼとりと落ち、やがて、そのグッダングは動かなくなる。
「やった……やったぞっ!!」
思わず拳を天へと衝き翳す俺。だが、その俺にジョバルガンの静かな「声」がかけられる。
【喜ぶのはまだ早い。敵はまだまだいるのだからな】
そうだった。グッダングは二百体ぐらいいるんだっけか。確かに、一体倒しただけでは到底喜んでいられないよな。
最前列にいたグルググたちが、後方へと回る。そして、次の20人が同じように酸による攻撃を次のグッダングに浴びせていく。
うん、実に順調ではないか。この調子なら、それほど時間を必要とすることなくグッダングを全滅させることができるだろう。
俺は簡単にそう思っていた。
だが、その考えが実に甘いことを、俺はすぐに痛感させられるのだった。
グッダングは決して賢い生物ではない。グルググのように、下手をすると人間よりも知性が高い、なんてことはない単なる「動物」である。
だが、それでも動物並みの知能はあるんだ。だから自分たちが攻撃を受ければ、その攻撃者に対して反撃するのは当然だった。
てんでばらばらに周囲の塔を破壊していた二百体のグッダングが、一斉にその複眼を俺たちへと向けた。
それは即ち、彼らの反撃が始まることを意味していた。
【散開】
グッダングの反撃を読み取ったジョバルガンが、配下のグルググたちに指示を飛ばす。
グルググたちはその指示に従って、素早く陣形を崩して散開する。だが、四百人もいれば、どうしたって逃げ遅れる者が出てくる。出てしまう。
数体のグッダングがグルググたちの陣形へと突っ込んだ。そして、その巨体を大きく逸らし、頭部をハンマーのように上空から逃げ遅れたグルググへと振り下ろす。
ばきり、という硬質な物が割れる音が響く。それはグッダングの攻撃を受けたグルググの外殻が割れた音だった。
その一撃で、攻撃を受けたグルググは絶命した。
外殻を突き破って頭部をグルググの身体の中へと押し込んだグッダングは、グルググの体液に塗れた頭をゆっくりと引き抜く。
見れば、牙がしっかりと犠牲となったグルググの肉を齧り取っており、その肉がもしゃりもしゃりと口の中へと消えていった。
更には、たった今絶命したグルググの遺骸へと他のグッダングが我先にと群がり、その遺骸を争うように貪り食っていく。
一方のグルググたちは、仲間の死を悲しむこともなければ、動揺することもなかった。相変わらず整然と隊列を組み、ジョバルガンの指示に従って再び酸による砲撃を密集しているグッダングたちへと浴びせかけていく。
おそらく……これは俺の推測だけど、グルググという種族は「個」よりも「群」を重視する生物ではないだろうか。社会性が高すぎて、個々の個体よりも群れ全体で「一つの生物」とでも考えているように。
だから、仲間が倒されても動揺することもなく、平然と反撃することができる。
もしかすると、感情の起伏がほとんどないことも、彼らの「個」よりも「群」を重視する習性から来ているのかもしれない。
まあ、グルググと人間は見かけ通りその考え方も大きく違うってことだ。所詮は部外者でしかない俺があれこれと考えることではない。
それよりも、今は敵であるグッダングを撃退することを考えないと。
グルググの酸の集中砲火を受けて、また一体グッダングが動かなくなった。しかしその代償として、グルググにも更に二人の死者が出てしまう。
現状ではほぼ互角の戦況だが、果たしてそれはいつまで保つだろうか。
気づけば、俺は鞘に収めたままの聖剣の柄を、力一杯ぎゅっと握り締めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます