グルググの王様
【君が異国から来たという客人か。ようこそ、我らグルググの都へ。我らグルググを代表して、君を歓迎しよう】
今、俺の前にはダンゴムシの王様がいる。
王様と言っても、俺には他のダンゴムシと区別はつかないけど。あえて言うならば、他のダンゴムシに比べてちょっと色が白いだろうか。
ちなみに、ジョバルガンは外殻の一部に大きな傷があるので、それで区別している。それ以外だと、他のダンゴムシとの区別は全くつかない。
【我がグルググの〈頭〉であり、名をズムズムズと言う】
「あ、そ、その……は、初めまして。俺は水野茂樹と言います。茂樹とお呼びください」
ジョバルガンの家同様、家具らしきものは全くない広大な空間。
広間を支えるため、何本もの柱が建ち並ぶ。その柱や壁には、ジョバルガンの家で見たような幾何学的な模様がびっしりと彫り込まれている。
後でジョバルガンに聞いたのだが、彼らはこの模様を触角を使って彫るらしい。彼等の触角は俺が思う以上に器用に動くようで、物を掴むことさえできるんだそうだ。
つまるところ、ここは謁見の間なのだろう。その謁見の間に、数体のダンゴムシと一緒に俺はいた。
ズムズムズと名乗ったダンゴムシの王様の横には、二体のダンゴムシ。この二体だけは、他のダンゴムシより身体が大きい。おそらくは、王様の側近中の側近といったところだろうか。
その他にも、数体のダンゴムシ……いや、もうダンゴムシと呼ぶのは彼らに失礼だよな。この謁見の間に集まっている数体のグルググは、この都の重鎮たちだろうか。
もちろん、その中にはジョバルガンの姿もある。
【して、ヒデキよ。ジョバルガンより聞いたのだが、何でも君は異世界から来たらしいな? 確かに、我を始めここに居合わせる者たちは、誰一人として君のような生物を見たことがない。よって、君が異世界からの旅人だということを疑うつもりはないし、特別警戒するつもりもない。どうだろう、異界からの旅人よ。君の世界のことを我らに話してはくれないかね?】
王様……ズムズムズさんの触角がぴこぴこと光る。
「え、えっと……俺や俺の故郷のことを話すのは構わないのですが……どうして、異世界から来た俺をそこまで信用してくださるのですか?」
【その疑問はもっともだ。君も既に知っているだろうが、我らグルググは思索し会話する生き物である。そして、君もまた思索し会話する生き物であろう? ならば、我らは君を友人として迎え入れることに否はないのだよ】
どうやら、彼らグルググにとって、「ものを考える」と「会話する」という行為はとても重要かつ神聖であり、また、矜持でもあるのだろう。
「では、この世界にはあなたがたグルググ以外に、知的生命体は存在しないのですか?」
俺のような人間はいないにしても、他の知的生命体はどうだろう? 例えば、知性のあるダイオウグソクムシとかワラジムシとか。
いや、グルググがダンゴムシそっくりだから、他の知的生命体もその仲間とは限らないけど。
【この世界において、思慮し会話する生き物は我らのみだ。もちろん、その他にも生き物は無数にいるが、思慮と会話は我らグルググのみの特権だね】
ズムズムズさんの触角がゆっくりと円を描いた。おそらくだけど、あれって人間で言ったら「胸を張る」に該当するんじゃないかな?
その後、俺は俺のことや俺の世界のことを、ズムズムズさんたちにあれこれと話していった。そして、反対に彼らのことを話してもらった。
当然ながら、俺たちとグルググたちでは生活様式や風習などいろいろと違う。中でも一番の違いは、やはり食べ物だろう。
俺を歓待するためか、俺の前に一塊の黒い何かがどんと置かれた。これ、どう見ても何かの鉱石だよな?
ちなみに、この鉱石の塊を運ぶ時、一体のグルググがリアカーのような物をその巨体を活かして牽いていた。へえ、あるんだ、リアカー。いや、それよりも。
「……あ、あのー、これは一体何ですか?」
【おや? 君たちはゴゴンを食べないのかね? もしかして、ズーモもガンガもか?】
「え、えっと、ズムズムズさんの言うゴゴンとかズーモとかが何か分かりませんが、俺たちは岩や金属は食べないんですよ」
【ほう、それは興味深い。では、何を食するのかね?】
「そうですね……野菜や果物といった植物や、動物や魚の肉などですね」
【ふむ……もしかして、君たちはグッダングと同じように他の生き物の死骸を食べるのかね?】
「そうですね、そう言っても間違いじゃないです。もっとも、腐ったものは絶対に食べませんけど。あ、それ以外にもこんなものも食べますよ」
俺は背負っていたリュックの中から、非常食として持ってきたパンやチョコレートなどを取り出して見せた。
【ほう、これが君たちの食べ物なのか? このような柔らかい物が食べ物とは……俄には信じられんな。いやはや、実に興味深い】
そりゃあ、パンもチョコレートも鉱石に比べると柔らかいけどさ。でも、食べ物かどうかの判断基準が「硬さ」ってのは……異世界恐るべし。
【我が食べてみてもいいかね?】
「ええ、構いません。あ、でも……異世界のものなので、もしかするとグルググの皆さんには有害かもしれませんよ?」
【それもそうか。いや、我としたことが、恥ずかしながら思慮が足りなかったようだ】
「ところで、この鉱石、どうしましょうか。折角出して頂いたのですが、俺には食べられ……あ、そうだ。もし良かったらですけど、皆さんと出会った記念に持ち帰ってもいいですか?」
【ふむ、記念か。それはいい考えだ。では、我もこの君の食べ物を記念にもらってもいいだろうか?】
別にいいけど……鉱石と違って、パンは黴が生えると思うよ?
結局、出会った記念ということで俺たちは食べ物を交換した。
一応、パンは放っておくと黴が生えることは説明したけど、それもまた彼らの興味の対象らしい。
まあ、彼らがそれで納得しているならいいか。俺はもらった鉱石をリュックの中に入れる。うわ、一気にリュックが重くなったぞ。
そういや、これって何の鉱石だろう? もしかして、めちゃくちゃ価値のあるレアメタルだったりして。
ま、この鉱石の塊は記念に部屋にでも飾っておくかね。仮にこれがレアメタルだったとしても、どこに売ればいいか分からないしな。それよりも、彼らとの出会いの記念品として手元に置いておきたい。
その後も、いろいろとお互いのことを話した。
俺の話をズムズムズさんを始めとしたグルググたちは興味深く聞いていたし、俺も彼らの話はとてもおもしろかった。
特に彼らの生活について。
どうやら彼らは、蜂や蟻のような社会を構築しているみたいなのだ。
実はズムズムズさん、この都で唯一の女性らしい。つまり、彼女は「王」ではなく「女王」であり、ただ一人だけ存在する「子孫を生む」能力の持ち主だとか。この辺りが蜂や蟻によく似たところじゃないかな。
働き蟻や働き蜂の場合は全部雌らしいが、グルググの場合は「女王」以外は全部男性とのこと。まさに生れながらの逆ハーレムである。
そして極稀にだが新たな女性が生まれると、その女性はこの都から旅立って別の場所で子孫を産んで新しい都を作る。
蟻や蜂と同様にグルググもまた社会性が高く、それぞれに与えられた役割をきちんと果たしていく。
働き蜂や働き蟻の中には、時折仕事を「サボる」ものもいるらしいが……その点グルググはどうなのだろう。全てが蜂や蟻と同じってわけでもないし、与えられた役割をサボるような者はグルググにはいないのかもしれないな。
さて、集団性の生活習慣を持つグルググたちは、見ての通り地下に巨大な都市を築く。これは地下の方が気温が安定していることと、彼らの主な食料である鉱石が手に入れやすいからだとか。
また、地上には外敵も多いそうだ。昼間はそうでもないが、夜になると危険な生物がうろうろする危険地帯に早変わりする。
いや、昼にこっちの世界に来て良かった。いくら聖剣があるからと言っても、危険な生き物に出会うのはやっぱり遠慮したい。
しかし、鉱石を食べるのはいいけど、数多くのグルググが食べるのだから、あっという間に食料が底を突きそうなものだけど。その辺、どうなっているんだろう? まあ、俺が気にしても仕方ないことだけど。
この疑問に対してはジョバルガンが後で教えてくれたのだが、グルググは鉱石を掘り出すのではないらしい。彼らが飼育するアーブラン──芋虫みたいな外観の生き物で、明るい光を苦手とする。それがグルググが地下に都市を築く理由の一つ──という生き物が、鉱石を体内で作り出しては卵のように体外に排出するのでそれを食べるのだそうだ。
アーブランには様々な種類があり、その種類によって生み出す鉱石が違うとか。例えば、鉄を生み出すアーブランもいれば、銅を生み出すアーブランもいるといった具合に。
もちろん、鉄とか銅とかはあくまでも例であり、実際にどのような金属の鉱石が作られているのかは不明だ。ってか、もうこれ、鉱石とは呼べないんじゃね?
グルググも不思議だけど、そのアーブランって生き物も相当不思議だよな。いや、さすがは異世界だ。
俺がグルググを不思議だと思うように、グルググもまた俺たちのことを大層不思議がっていた。
多少の偏りはあるとはいえ男性と女性がほぼ同数いるとか、国や地域によって生活の方式が様々に違うとか、俺にしてみれば当然なことが彼らには信じられないことの連続らしかった。まあ、その辺りはお互いさまってことだよな。
そうやってジョバルガンやズムズムズさんとお互いのことを話していると、突然一体……いや、一人のグルググが部屋に飛び込んで来た。
【何事だ?】
【申し上げます。現在、テラルルルの南西部外縁にグッダングの一団が出現し、テラルルルへと侵攻しております】
飛び込んで来たグルググが触角をぴかぴかさせると、周囲にいたグルググたちが忙しそうに触角を動かし出した。
【グッダングの一団だと? 具体的な数はどの程度だ?】
【具体的な数は不明ですが、少なくとも二百体は下らないかと】
これまでのジョバルガンたちの会話に何度も出ていたグッダングってのは、察するにグルググの外敵っぽい連中のことみたいだ。そんなのが二百体も現れたって……大丈夫なのか?
俄かに不安になる俺とは違い、ジョバルガンやズムズムズさんたちは実に落ち着いたものだった。
【大至急、〈爪〉たちを南西部に向かわせろ。その〈爪〉の指揮は〈甲〉であるジョバルガン、君に任せる】
【承知しました】
「な、なあ、ジョバルガン……大丈夫なのか?」
【うむ、よくあることゆえ、そう不安になることはない。我らに任せれば、グッダングの二百体ぐらい瞬く間に退治してみせよう】
おお、頼もしい。相変わらず抑揚なく頭に響くジョバルガンの言葉だが、この時ほどこれが頼もしく思えたことはなかったよ。
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