地底の国



 俺は今、ジョバルガンの後ろを這いながら進んでいる。もちろん、俺たちが進んでいるのは、地面の中。つまり、ジョバルガンが掘るトンネルの中を進んでいるわけだ。

 いや、正確にはジョバルガンが掘ったトンネルではない。ジョバルガンの仲間たちは、地下にいくつもトンネルを掘っているらしく、その内の一つを俺たちは進んでいるというわけだ。

 異世界のダンゴムシ、凄ぇな。

【しかし、君たちニンゲンとやらは土を掘ることもできないのか。いや、別に馬鹿にしているのではないぞ? ただ、興味深いだけだ】

 時折、トンネルを先行するジョバルガンが俺へと振り返る。

 当然ながら、トンネルの中は真っ暗だ。でも、ジョバルガンには問題なく俺が見えているらしい。おそらく、土の中で暮す彼らグルググはそのように進化したのだろう。

 そして、俺もまた振り返ったジョバルガンの様子をはっきりと視認することができた。

 俺にはジョバルガンたちのような暗視能力はない。そこで、こいつの出番だ。

 セレナさんから買い取った、未来世界の装備の一つ。そう、あの暗視ゴーグルである。

 色こそ分からないが、光一つないこの暗闇の中でもはっきりと周囲の様子が見て取れる。まあ、周囲と言っても土ばかりだけど。

 ちなみにこの暗視ゴーグル、バッテリーは光蓄電式であった。セレナさんにちらっと聞いたのだがあの世界では発電を光発電、いわゆるソーラーバッテリーに頼っているそうだ。

 俺が想像するよりも遥かに効率のいいソーラーバッテリーらしく、昼間であれば雲っていようが雨が降っていようが問題なく発電と蓄電が可能で、夜間は昼間に蓄えた電気を使用するとのこと。さすがは未来世界。

 で、この暗視ゴーグルのような携帯するタイプのほとんどの電化製品や電子製品には、光発電バッテリーが内蔵されている。そのため、動力に関してはほぼメンテナンスフリーなんだとか。

 もちろん機械である以上は乱暴に扱えば壊れるし、光発電バッテリーにも寿命がある。でも、戦闘という過酷な環境を前提に開発されたこのゴーグルは、かなり頑丈でバッテリーの寿命も長いのだと、ゴーグルを受け取った時にセレナさんが説明してくれた。

【ふむ……その黒い何かも、見れば見るほど興味深い。できれば、それを詳しく調べたいものだね】

 暗いトンネルの中、ジョバルガンの触角の先が点滅し、同時に俺の頭の中に彼の言葉が流れ込んでくる。

 なるほど、こうして暗闇の中で生活するのなら、声よりも光でコミュニケーションを取る方が分かりやすいのかもしれない。



 どれぐらいの距離を、ジョバルガンの後ろに続いてトンネルの中を這い進んだだろうか。

 一度腕時計で時間を確認してみたが、既に一時間以上は土の中にいる。仮に今の速度が歩く時の半分だとすると、おおよそ二キロぐらいか。

 ジョバルガンが先導するトンネルは、緩やかに下降している。距離こそ二キロだとしても、深度的にはどれぐらいに位置していることやら。

 そういや、トンネルの中にいても息苦しくないな。ジョバルガンたちだって呼吸はしているだろうから、空気が流れるようにトンネルが掘られているのかもしれない。

 そうやってしばらく地下を進んでいると、やがてトンネルが開けた空間へと繋がった。

【さあ、着いたぞ、シゲキ。ここが我らグルググの都、テラルルルだ】

「おお……」

 トンネルが繋がったのは、地下の広大な空間だった。

 一体どれぐらいの広さがあるのか、全く見当もつかない。そして、その広い空間の中には、びっしりと塔のようなものが建てられ、所々に星のような光がきらきらと瞬いている。

 これ、塔っていうよりあれに似ているよな? ほら、アフリカやオーストラリアにある蟻塚に。

 海外の蟻塚の中には、本当に巨大なものがある。そして、その蟻塚には時にヒカリコメツキの幼虫が棲み着き、共生関係を築くこともある。

 もっとも、ヒカリコメツキの幼虫が捕食するのは、主にその蟻塚の羽蟻みたいだけど。

 今、俺の目の前ににょきにょきと無数に生えている光る塔は、まさにヒカリコメツキが共生している蟻塚のようだった。

「こ、これは……ジョバルガンじゃないけど、実に興味深いな……」

 暗視ゴーグルを外し、肉眼で光る蟻塚……じゃない、グルググの塔を見てみる。暗視ゴーグルでは分からなかったけど、様々な色で彩られた塔が並ぶ光景は実に幻想的だ。

 あの光、光源は何だろう? そして、何か意味があるのかな? ジョバルガンたちは光で会話するわけだから、当然あの光にも何か意味があると考えるべきだろうか。

 でも、あの光には聖剣の翻訳機能も反応しない。反応しないってことは、特に意味はないってことかも。

【こっちだ、シゲキ。我らがテラルルルへようこそ】

 光を灯したジョバルガンの触角がくるくると回り、彼は建ち並ぶ塔の方へと進んでいく。もちろん、俺はその後についていった。

 塔が光っているため、周囲は薄明るい。光度としては満月の夜ぐらいかな? 行動するのに何とか不自由はないといったレベルだ。

 塔の群れ……ジョバルガンいわくテラルルルの都が近づくにつれ、周囲に巨大ダンゴムシが増えてきた。ダンゴムシたちは無表情な目──実際には興味津々らしかった──を俺に向け、光を灯した触角を振り回している。

【おや、見慣れぬ生き物だが……あれは何だね?】

【さあ……? だが、〈こうら〉であるジョバルガンが一緒なのだ。怪しい者ではあるまい】

【ふむ、興味深い。あのようなひょろひょろした生き物は初めて見る。是非、ゆっくりと観察してみたい】

【私も同意だ。ジョバルガンに交渉してみるか】

 そんなことを言い合っていた数体のダンゴムシが、もぞもぞと俺の前を行くジョバルガンへと近づき、ちかちかと触角を点滅させた。

【それは考えが足りないぞ、同胞よ。彼は遠い異国より訪れた我が客人である。失礼な発言は慎みたまえ】

【なんと、彼はジョバルガンの客人であったか! それは確かに考えが足りなかったな。客人、大変失礼した。考えが足りなかった非礼を詫びさせてくれ】

【私も謝罪する】

 ジョバルガンに詰め寄ったダンゴムシたちの触角が、へんにょりと地面へと垂れた。おそらく、あれが彼らの「謝罪」なのだろう。

「気にしないでください。皆さんからすれば確かに俺は見慣れぬ生き物ですからね」

【おお、何と思慮深き客人か。グッダングとは比べ物にならないな】

【同胞よ。それもまた思慮なき言葉ではないか? 客人とグッダングを比べるなど、客人に対する思慮が全く足りていない】

【おお、そうであるな。いや、我はどうもグルググにしては考えが浅くてな。重ね重ね、失礼した】

 彼らは陽気に? 触角を振り回すとそのまま立ち去って行った。しかし、聖剣が自動翻訳してくれる彼らの言葉、どうにも感情の起伏がなくて違和感が半端ない。

 もしかすると、グルググってのは感情の起伏が乏しいのかもしれないな。



 その後、同じようなやり取りを繰り返しながら都の中を進む。

 周囲にあるのは、土色の巨大な塔ばかり。その他に目に付くものと言えば、住民であるたくさんの巨大ダンゴムシ。

 しかし、俺にはダンゴムシたちの個体識別ができない。彼らはごく普通に識別しているっぽいけど。でも、仮に複数の人間がここにいたとしたら、彼らに人間の識別なんてできないだろうからお互い様か。

 いや、案外すんなりと人間を識別できたりしてな。

【さあ、着いたぞ、シゲキ。ここが我の家だ。遠慮なく入りたまえ】

 ジョバルガンがそう言ったのは、一つの塔の前だった。やっぱり、この塔が彼らの家ってわけか。

 塔の基部辺りにぽっかりと空いた穴に、その巨体を潜り込ませるジョバルガン。俺もその後に続いて、塔の中へと入り込む。

「へえ……ここがジョバルガンの家か……」

【そうとも。ここが我が家である。ゆっくりとしてくれたまえ】

 ジョバルガンはそう言ってくれるが、塔……いや、彼の家の中には何もない。ただ、土壁に覆われた広々とした空間があるだけだ。

 もしかして、家具とか使わない文化なのかな?

 でも、よく見れば土壁には幾何学的な模様が実に細かく整然と刻まれている。これは彼らの文化が決して低くはないという証明になるんじゃないか? 見た目がこれだけ違う以上、自分たちの基準で考えたら駄目ってことだろう。

「しかし、今更だけど俺を君たちの都に招いて良かったのか? 何か問題になったりしない?」

【安心してくれ。我らグルググは何より思慮と会話を尊ぶ。それに、我はこう見えてもグルググの〈甲〉の一人だからな。〈甲〉たる我の考えた末の判断だ。その判断に異を唱えることのできる者など、我らが〈頭〉ぐらいだよ】

 そういや、ここに来る時に他のダンゴムシが、ジョバルガンのことを〈甲〉とか言っていたっけ。どういう意味だろ? 聞いてみようか。

「なあ、ジョバルガン。その〈甲〉ってどういう意味だ?」

【〈甲〉とは、我らが〈頭〉を守りし存在である】

 聞けば、その〈甲〉というのは戦士階級のことらしい。しかも、〈頭〉と呼ばれるグルググの指導者の側近でもあるとか。言うなれば騎士……いや、将軍のようなものだろうか。

 ちなみに、彼らの階級は〈頭〉〈甲〉〈牙〉〈爪〉〈脚〉と分かれているそうな。〈頭〉が王、〈甲〉が将軍、〈牙〉が騎士、〈爪〉が兵士で〈脚〉が一般市民ってところか。

 知識階級はいないのかと問えば、ある意味で全てのグルググが知識階級でもあるんだとか。まあ、何よりもまず考えるって種族らしいからね。

「グルググは会話と思慮を尊ぶって言っていたけど、戦う階級もしっかりとあるんだな」

【無論だ。我らにも外敵はいる。しかもその外敵に言葉は通じない。必然的に同胞を守る存在は必要となるのだ】

 なるほど。外敵が知的生物でなければ言葉は通じないだろうから、その外敵と戦う存在も必要になるわけだ。

 でも、ダンゴムシの外敵ってどんな奴らなんだ? ちょっと興味あるな。



 しばらくお互いのことを話していたのだが、不意にジョバルガンが出かけると言い出した。

【シゲキのことを我らが〈頭〉に伝えなければならないのだ】

「もしかして、その〈頭〉って人の判断によっては、俺やジョバルガンが何らかの処罰の対象になるなんてことは……ないかな?」

【その心配は無用だ。我らが〈頭〉は我らの中で最も思慮深き者。そのような判断は決して下さぬよ】

 確かに、ジョバルガンたちは感情よりも理性を優先するみたいだから、俺が見知らぬ生き物というだけで殺そうとしたりはしないと思うけど。でも、ちょっと心配だな。

【ならば、シゲキも一緒に来るかね? シゲキも直接我らが〈頭〉に会えば、そのような心配は杞憂だと判断できるだろう】

「え? そんな簡単に〈頭〉に会えるの?」

【他ならぬ〈甲〉たる我の客人なのだ。〈頭〉と面会するぐらいは問題ない】

 ジョバルガンの触角がくるくると回る。まあ、彼らには彼らの判断基準があるのだろう。

 それに、やっぱりダンゴムシの王様がどんな存在なのか、気にならないと言えば嘘になるし。

 俺はジョバルガンと一緒に、彼らの王様と会ってみることにした。



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