閑話 傭兵





 空中に映し出されたホログラムの中で、彼が高々と跳躍した。

 途端、その映像を見ていた者たちから歓声が上がる。

 そして、彼の身体が空中で数度回転し、その勢いを乗せた彼の剣が凶獣──デスグリズリーの首を断ち落とした。

 同時に、先程以上の歓声が上がる。もう何回も見た映像だというのに、本当に彼らは飽きないようだ。

 かく言う私も、彼らと同じだけこの映像を見ているわけだけど。

「やっぱり……やっぱりすげえよ、シデキの奴は!」

 興奮して腕を振り回しているのは、マークという名前の青年だ。この『銀の弾丸シルバーブリッド』に入隊して間もない彼は、境遇と年齢が近いこともあって映像の中の剣士──シゲキともかなり親しかった。

「デスグリズリーの首を一刀両断だぜ? そんなことできる奴、あいつ以外にいないだろっ!?」

 周囲にいる仲間に対して、まるで我がことのように力説するマーク。確かに彼の言う通り、デスグリズリーの防御力は極めて高い。実際に私が撃った七・六二ミリ強装弾でも、掠り傷程度しか与えられなかったのだから。

 デスグリズリーは、本来ならもっと北部の方──旧カナダに近いエリア──に棲息している変異体で、過去にもこの辺りで見かけられたという記録は残されていない。

 そのため、我々も今回の狩りにデスグリズリー対策は立てていなかったのだ。

 もしもこの旧シカゴエリアにデスグリズリーが出没するという情報を前もって入手していれば、当然それなりの対応を取り、最初からマテリアルライフルぐらい準備しておいたのだ。

 そのデスグリズリーがどうしてこの辺りをうろついていたのか、そこまでは私には分からない。何らかの理由で、本来の棲み処を追い出されたのだろうか。

 その理由はともかく、突然姿を見せたデスグリズリーに、私たちは翻弄されてしまった。

 七・六二ミリ強装弾をものともしない恐るべき防御力と、レーダーに反応しない特殊な毛皮を有する隠密性、そして人間などあっと言う間にミンチにしてしまう膂力。それらを併せ持つ北米大陸最強の変異体。

 それがデスグリズリーなのだ。

 それなのに彼は……シゲキの剣は、そのデスグリズリーの腕や首を易々と落として見せたのだ。仮にCT──コンバット・タキシードという俗称の人型兵器──に専用の大型剣を持たせたとしても、あそこまで綺麗に断ち斬ることはできないだろう。

 それを成し遂げたのはマークの言うように、シゲキの剣の技量が際立っていたからに違いない。

「ねえ、セレナさん! セレナさんもシデキがすげえ奴だって思いますよねっ!?」

「そうね……確かに彼、射撃の方はからっきしだったけど……剣の腕前は相当ね。それより、修理した腕の調子はどう?」

「そっちはばっちりです! いつでも前線に立てます!」

 自慢気に修理したばかりの腕を見せつけるマーク。彼の腕はデスグリズリーとの戦いで損傷したのだが、既に修理がなされていた。

 そんなマークの言葉に、私は思い出す。シゲキに銃の撃ち方をレクチャーしたのだが、彼の銃の腕前は全く駄目としか言いようがなかった。

 確かに、生まれて初めて銃を扱って、的に当てるのは難しい。だが、何度も繰り返せばある程度はコツを掴むものなのだ。もちろんそこには個人差があるので、十回も撃てばコツを掴む者もいれば、百回以上撃っても駄目な者もいる。そして、シゲキは間違いなく後者だった。

 私も傭兵としてそれなりの経験キャリアを積んでいる。私の父であり、この傭兵団の長であるブレビス団長ほどの経験ではないが、それでも時には新兵に教育を施すこともあるのだ。

 その私から見て、シゲキに射撃の才能がないことは明らかだった。



 シゲキ。彼は父であるブレビスが拾ってきた青年だった。

 こういうことは珍しくはない。父は身寄りのない者をよく拾ってきては団員に加えるのだから。

 だけど、彼は少々違った。父が言うには、彼は時間旅行者タイムトラベラーらしいのだ。

 俄には信じられなかったが、父がそう言うのならそうなのだろう。父は実に巧みに嘘を見抜く。目にインストールしたサーモスキャナーの効果なのは間違いないが、それ以外でも嘘には敏感な人間なのだ、父は。

 これまで長い間戦場を渡り歩いてきた、歴戦の傭兵ならではの眼力がなせる技、だと私は思っている。その父がシゲキは本物の時間旅行者なのだと言う。ならば、本当に彼はこの時代の人間ではないのだろう。

 SFムービーでもあるまいし、そんな不思議な人間がいるなんて夢にも思わなかった。だけど、彼がこの時代の人間ではない証拠もまた、あったのだ。

 それは、彼が着ていたデニムの上下。突然いなくなった彼が残していったこの衣服こそが、彼がこの時代の人間ではない何よりの証拠なのである。

 土壤や大気の汚染から、この時代は植物が極めて少ない。そのため、どの都市も残された森林地帯は立ち入り禁止地区として、厳重に保護している。

 たとえそれが、汚染された植物の変異体であったとしても、だ。変異体であっても植物である以上、光合成を行う。光合成が作り出す酸素が我々にとってどれだけ重要か、考えるまでもないだろう。

 中には酸素ではなく有毒物質を吐き出す植物変異体も存在するが、その数は多くはない。そのため、変異体で覆われた森林であっても第一級の保護対象とされ、誰も植物を伐採したり採集したりはできないのだ。

 よって、植物繊維を用いた衣服など、この時代にはまず存在しない。仮にあったとしても、富裕層の中でもトップクラスの者たちだけが着る、最上級の衣服に用いられるだけである。

 だが、シゲキの服は間違いなく植物繊維を用いたデニム……本物のデニムだった。つまり、この時代には存在しえない服なのである。

 それを普段着にしていたシゲキは……本当にこの時代の人間ではなく、父の言う通り時間旅行者なのだろう。

 あのデニムの上下は、今も私が厳重に保管してある。もしもあの衣服が本物のデニムだと分かれば、驚くような高値がつくだろうからだ。

 家族同然である《銀の弾丸》の団員たちの中に、人の物をくすねるような者はいないと信じているが、それでもどこかからシゲキの服の情報が漏れ、これを手に入れようとする団外の人物が現れるかもしれない。だからシゲキのデニムに関しては、表向きは単なる合成繊維のイミテーションのデニム──実際、そこらの店でよく売っている──ということにしてある。本当のことを知っているのは、私以外には父だけだ。

 そしていつか……再びシゲキが私たちの前に現れた時、このデニムを彼に返そうと考えている。



「なんだよ。また皆してシゲキの映像を見ているのか」

 トレーラーの一台の中にあるリクライニングルームに、父が入ってきた。父は皆が見ているホロムービーに気づき、呆れたように肩を竦めた。

「同じ映像を何回も何回も見やがって……そんなにおもしろいかね、それ」

「おもしろいぜ、団長! 特にほら、ここが……」

 マークがホロ画面を指差す。今まさに、シゲキの剣が倒れた私を守るためにデスグリズリーの爪を受け止めたところだった。

 私は頬が熱を帯びたことを自覚する。画面の中には意識を失って倒れた私を守るため、真っ正面から死熊の爪を受け止めたシゲキの姿があった。

『……ヌルいっ!』

 画面の中のシゲキが、確かにそう言った。途端、若い団員たちが再び歓声を上げる。

「デスグリズリーの爪を平然と受け止めて、『ヌルい』ときたもんだ!」

「さすがはサムライ! 言うことが違うねぇ!」

「やっぱり、あいつは正真正銘のサムライだったんだな!」

 彼らは口々に絶賛の言葉を放つ。確かに、デスグリズリーの一撃を平然と受け止めたシゲキは格好良かった。

 しかも、彼は私たちのように身体をサイバー化しているわけではないのだ。この事実もまた、父と私だけが知っている情報である。

 それなのに……生身の身体でデスグリズリーの攻撃を受け止めたシゲキ。彼の身体は一体どうなっているのだろう。

 その後、画面の中のシゲキは死熊の猛攻を何気なく躱し続け、そして腕を落として最後には首を落とすのだ。

「……確かにこれを見せられたら、あいつのことを『剣士野郎ソードマン』なんて呼べねえよな。どうやらあいつは本物の剣士……ソードマスターだったようだ」

 腕を組み、真剣な表情でデスグリズリーを倒したシゲキを見つめながら、父はそう呟いた。

 あの時……ロックリザードを狩っていた父たちが慌てて戻ってきた時、既にデスグリズリーとの戦いは終わっていた。

 戦場に残されていたのは、気を失って倒れていた私と、腕と首を落とされたデスグリズリーの死体のみ。

 そう。

 シゲキの姿はどこにもなかったのだ。司令室トレーラーから一連の映像を記録していたのだが、彼の身体がデスグリズリーの影……カメラの死角に入ったところで、その姿は跡形もなく消えてしまっていた。

 その場に残されていた血痕は、デスグリズリーのものだけ。シゲキが怪我をした様子がないのは、記録映像を見ても明らかだ。

 ならば、彼はどこへ行ってしまったのか。

 もちろん、団員たち総出で付近を捜索したが、彼の姿は発見できなかった。

 団員たち──特にシゲキと仲の良かった若い団員たちは、突然姿を消したシゲキを酷く心配していたが……私と父には分かっていた。彼がこの時代から旅立ったことが。

 なぜ、私たちに一言告げることもなく彼が旅立ったのか、そこまでは分からない。だけど、おそらくそうせざるをえなかっただけの理由が、シゲキにはあったのだと思う。

 彼と接したのは一日にも満たないが、それでも彼の性格などはある程度把握していた。こう見えても私だって傭兵だ。ある程度は人を見る目は鍛えているつもりである。

 父もまた、私と同じ考えだったらしい。二人だけでシゲキに関する話し合いをしたのだが、何らかの理由で突然シゲキはこの時代から旅立ってしまった、という結論に辿り着き、二人ともそれで納得していた。

「まあ、あいつのことだ。またふらっと顔を出すかもしれねえぞ? そン時は……温かく迎えてやるこった」

 と、父はその時にそう言ったが、私も同じだと思っている。

 そして私たちのこの意見は、団員たちの間でも共通していたらしい。誰もがみな、再びシゲキがいつか帰ってくると信じているみたいだ。



「そいつは違うぜ、団長! あいつは……シデキはソードマスターなんかじゃねえよ!」

 私が数日前のことを思い出していると、相変わらず興奮しているマークがそう言った。

「ほう? シゲキがソードマスターでないなら……あいつは一体何だと言うつもりだ、おまえさんは?」

 父がおもしろそうにマークに尋ねれば、彼は自信満々にこう言ってのけた。

「だって、あいつは本物のサムライなんだぜ! だからあいつのことはこう呼ぶべきだ! 凄腕のサムライ──『サムライマスター』ってな!」

「はっははははははは! 『サムライマスター』か! そいつはいい! ちょっとの間に随分と出世したもンだな、シゲキの奴も!」

 おもしろそうに大笑いする父の横で、私は呆れるしかない。

 確かにシゲキの剣の腕前は本物だろうけど、サムライはないだろう。

 だって、サムライなら持っている得物が違うはずだ。サムライは曲刀……サムライブレードと呼ばれる独特の刃物を使うはずなのだから。

 だけど、シゲキが持っていたのは直刀だ。あれはサムライが持つべき得物ではない。絶対。

 そのことを指摘したいところだが、きっとマークたちには理解できないだろう。彼らにとって、東洋人の剣士は全てサムライなのだろうし。

 まあ、いい。私は溜め息を吐き出しつつ、胸の奥でそう思った。

 そもそも、シゲキはサムライマスターでもソードマスターでもない。彼は時間旅行者なのだから、いわゆる超能力者エスパーの類ではないのだろうか。

 おそらく、サイバー化していないのにあれだけ身体能力が高いのも、彼が超能力者だからだと私は考えている。

 しかし、改めて考えてみれば、超能力者とは随分と稀有な人物と知り合ってしまったものだ。

 いつかその稀有な人物と再会することを願いながら、私はマークたちと一緒に映像の中のシゲキに再び目を向けるのだった。





~~作者より通知~~

 平素より当作『ネットで買った聖剣が本物だったケン』に目を通してくださり、ありがとうございます。

 今回の更新をもちまして、第1章は終了となります。

 第2章は8月9日より、毎週水曜日の午前0:00の更新となります。

 引き続き、『ネット聖剣』をよろしくお願いします。

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