再び帰還



 フローリングの床に座り込んだまま、俺は呆然と壁にかかっている時計を見上げた。

 現在時刻は午前十時少し前。曜日は土曜日……つまり、転移したのが金曜日の夜だったので、翌日の午前中ということになる。

 おそらく、異世界──荒廃した近未来の世界へ行っていたのは、時間にして十四時間前後ぐらいだろう。世界を渡ることで、多少の誤差はあるかもしれないけど。

 ミレーニアさんと出会った世界の滞在時間も、多分それぐらいだったと思う。そこから考えるに、聖剣が俺を異世界に留め置くことができるのは、十四時間から十五時間といったところだろうか。

「あ……そうだ。充電、しておかないと」

 聖剣には充電が必要であることを思い出し、俺は机の引き出しからUSBケーブルを取り出してコンセントと聖剣を繋ぐ。

 宝玉が赤に変わったことを確認し、俺はそのままフローリングの床に寝転んだ。

 ぼーっと天井を見上げながら、俺が考えるのはセレナさんのことだ。

 彼女、無事だったかな? ちょっとしか見えなかったけど、外傷はなさそうだったし、多分大丈夫だと思うけど。

 それに、向こうの医療技術は今俺がいる世界より進んでいるだろうし。なんせ、あれだけ滑らかに動く義手があるぐらいだ。多少の傷ぐらいなら、傷跡が残ることもなく治せるさ。

 突然こっちに帰ってきちゃったけど、せめてセレナさんやブレビスさんにはしっかりと挨拶してから帰ってきたかった。それが心残りだな。あ、心残りと言えば、あれもだ。例のリザードステーキ。一口ぐらい食べてみたかった。

「そういや、俺が着ていた服……向こうに置きっぱじゃん」

 夕べこちらの世界から旅立つ時に着ていた、デニムのジャケットやらTシャツやらは、セレナさんが洗濯してくれるからと預けたままだったのだ。

 代わりに、俺は『銀の弾丸』のユニホームでもあるツナギと都市迷彩ジャケットを着ているわけだけど……あ!

 自分の今の格好を思い出し、俺は慌てて起き上がった。

 そして、左の脇の下を確認する。そこには、確かに黒光りする金属の物体……拳銃が収まったままだった。

「や、やべぇ……本物の拳銃、こっちに持ってきちゃったよ……」

 ホルスターごと拳銃を外すと、それを手近にあった紙袋に強引に押し込んだ。ついでに、ハーネスに固定してあった予備のマガジンも一緒に紙袋に突っ込む。

 その際、銃からはマガジンを抜き、藥室からも弾丸を抜いておいた。これで暴発の危険はないだろう。多分。

 そして、紙袋をガムテープで厳重に密閉し、そのまま押し入れの中へと押し込む。

 俺が向こうで買い取った拳銃は、ぱっと見ただけでは本物とは思えないかもしれない。さすがは未来世界だけあって、拳銃のデザインもこちらの拳銃とはちょっと違うからだ。それに、こちらの世界の拳銃メーカーとは全く違う企業の製品らしいし。きっと未来世界の企業が売り出している商品なのだろう。

 でも、しっかりと調べると本物であることはすぐにバレる。モデルガンを改造した拳銃を所持していても警察に捕まるのだから、この拳銃だってアウトに決まっている。

「絶対に見つかりませんように……」

 と、祈りながら俺は押し入れの戸をそっと閉めた。



 そして翌日の日曜日。

 やっぱり、俺の身体は激痛に襲われた。そう、筋肉痛である。

 デスグリズリーと戦った時間は僅かだったけど、その僅かな時間にかなり身体を酷使したらしい。やっぱり、これから少しは身体を鍛えようと思う。

 念のため、この週末はバイトを空けておいて良かったよ。そうでなかったら、この激痛を堪えて仕事をしなければいけないところだった。ナイス判断、俺。

 月曜日になると多少は筋肉痛もマシになったので、大学とバイトには何とか顔を出しておいた。結構厳しかったけど、無事に大学もバイトも乗り切ることができた。

 ちなみに、再び筋肉痛に苦しむ俺を見て、友人たちはまた爆笑しやがった。ちくしょう、この前の分も合わせて、近々盛大に何か奢らせてやるからな。覚えてろ。

 とはいえ、前回ほど筋肉痛は酷くなかったな。デスグリズリーとの戦いが短かったからか、それとも、多少なりとも俺の身体も鍛えられたからか。そこは不明だ。

 火曜日になると、筋肉痛はほぼ治まった。前回は水曜日まで痛かったから、やはり今回は前回よりも酷くなかったのだろう。

 水曜日、筋肉痛も大体治まったので、いつもより早起きしてランニングを始める。異世界へ行く度に筋肉痛になるのは正直勘弁して欲しいからな。少しぐらいは身体を鍛えておかないと。できればジムとか通いたいところだけど、金銭的に厳しいのでそれはパス。



「へ―、早朝のランニングを始めたんですか?」

 木曜日、バイトで一緒になった香住ちゃんに、ランニングを始めたことを話してみる。すると、結構好感触。

「やっぱり、男の人は少しぐらい鍛えていないと。ひょろひょろだったり、ぶくぶくだったりすると格好悪いですもんね」

 にこやかに笑いながら、そういう香住ちゃん。なるほど、彼女の男性の好みは鍛えているタイプか。これはランニングを続ける理由が増えたぞ。

「ところで、どうして急にランニングを? あ、もしかして、ここのところ連続で筋肉痛になっていたから? 何かスポーツを始めたんでしたっけ?」

 客の少ない時間帯に商品出しを行いながら、他愛のない会話をする俺たち。これって、何となくいい雰囲気じゃね?

「それでどんなスポーツを始めたんです?」

「う、うーん、ちょっと剣術っぽいものを……ね」

 嘘は言っていない。聖剣を振り回した……いや、聖剣に振り回された結果の筋肉痛だったから、剣術の範疇に入るはずだ。

 とりあえず適当に誤魔化すつもりで言ったのだが、香住ちゃんの目はきらきらと輝いた。なぜに?

「剣術って、もしかして居合術とか抜刀術とかですかっ!?」

「ま、まあ、ちょっと違うけど似たようなものかな?」

 ドラゴンと戦った時もデスグリズリーと戦った時も、抜き打ちで攻撃していたことがあるからな。居合みたいなものだろう。きっと。

「それで流派は? 神夢想林崎流ですか? 関口新心流ですか? それとも、林崎系以外の流派だったりしますか?」

 何、この食いつき方。もしかして、香住ちゃんって剣術とか居合とかに興味あるの? 何か流派にまで詳しいみたいだし。

 それとも、流行りの「刀剣女子」って奴? うーん、ちょっと彼女のイメージが変わってきちゃったな。もちろん、いい方向に。

 もしも彼女が刀剣とかに興味があるなら、俺とも趣味が合いそうだしね。いっそのこと、特殊な能力のことは伏せて聖剣の話をしてみようかな。でも、彼女の興味はやっぱり日本刀限定だったりして。

 その後、仕事の合間合間に香住ちゃんと話をしてみたところ、やっぱり彼女も刀剣類に興味があるらしい。しかも、日本刀に限らず西洋剣も守備範囲内だとか。

 おお、これは彼女と今以上に親しくなれちゃう切っかけになるかもよ?



 刀剣関係の話で盛り上がった俺と香住ちゃん。

 その話の中で、いろいろと彼女に関する新たな情報を入手することができた。

 なんでも香住ちゃん、昔からファンタジー系のゲームとかコミックとかが大好きだったらしい。

 剣を持って華麗に敵をなぎ倒す主人公に憧れ、自分も剣道を始めてしまったとか。

 現実の剣道と、ファンタジー世界の剣術とは全然違うって分かっているんですけど──と、香住ちゃんははにかみながら言っていた。今でも剣道は続けていて、その実力も二段だというんだから十分立派だと思う。

 西洋剣も好きなら、聖剣の話をしてもいいかもしれない。もしも現物を見てみたいって彼女が言ったら、その時は俺の部屋にご招待……できちゃうかもよ?

 女の子が俺の部屋に来るなんて、初めてのことだし。高校の時に付き合っていた女の子もいたけど、あの時は実家暮らしだったので自分の部屋に招待なんて無理だったんだ。

 よし! 明日はバイトもないし、大学から帰ったら部屋の大掃除だ! がんばって隅々まで綺麗にするぜ! いつ香住ちゃんが俺の部屋に来ても恥ずかしくないようにな!

 うん、まだ何の約束もしてないのに、気が早いことは分かっている。だけど、いつ約束できるか分からないからな。急に彼女が俺の部屋に行きたいって、言い出すかもしれないし。

 そのためにも、明日の大掃除は決定事項である。

 バイトの帰りにドラッグストアへと立ち寄った俺は、掃除用具をあれこれ買い込んだ。これで明日はがんばるぞ。

 そう決心しつつ、俺は食事と入浴を済ませてベッドに潜り込むのだった。





 やあ、君か。久しぶりだね。

 どうだい、新しい使い手は? 上手くやっていけそうかい?

 そうかい、そうかい。それは良かった。どうやら新しい使い手とは上手くやっているようだね。

 へえ、そうなのか。君もあの青年が気に入ったか。それは重畳。やはり、お互いの気が合うに越したことはないからね。

 うん、これからもどんどん彼と一緒に旅をするがいいよ。いろいろな世界で、いろいろな体験をする。それがきっと、君にとっても彼にとっても、将来の大きな糧となるだろうからね。

 え? もう帰るのかい? もしも彼が夜中に目覚めて、自分が傍にないことに気づくととても慌てるかもしれないから?

 そうか、そうか。そこまで彼を気に入ったのか。

 よし、ならば早く帰ってあげたまえ。彼が目覚める前にね。でも、時々はこうしてここにも顔を出すんだよ? そして、君と彼の冒険譚を聞かせて欲しいものだね。

 うん、こちらも楽しみだよ。君と彼がこれからどんな冒険をし、どんな人々と出会うのかがね。

 では、また会おう。いつでも尋ねてきてくれたまえ。

 君と彼が一緒に経験する冒険が、君たちにとって大いなる糧となることを願っているからね。


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