乱入者



 どんなに耳を澄ませても、銃声は聞こえてこない。音に敏感なロックリザード対策のために、銃には消音器をつけてあるのだから当然だ。

 たとえ消音器をつけても近くであれば少しぐらいは聞こえるのだろうが、俺のいる場所までは伝わってこない。つまり、ブレビスさんたちはそれだけ離れた場所で狩りを行っているってことなのだろう。

 司令室トレーラーの前で、俺を含めた五人ほどが待機している。『銀の弾丸』の中でも比較的若く経験も浅い者たちばかりが、今回は後詰めを言い渡されていた。

「あーあ。俺も早く前線で仕事したいぜ」

 そう言ったのは、団内最年少のマークという名前の15歳の少年である。彼もまた、行く当てのないところをブレビスさんに拾われたらしい。

「なあ、シデキ。シデキって本当に銃は使えないのか?」

 ライフルを背負ったマークが俺に問う。

「ああ、その通りだよ。さっきセレナさんに指導を受けながら撃ってみたけど、全く的に当たらなかった」

 肩を竦めながら事実を告げる俺に、なぜかマークは目をきらきらさせる。

「ってことは、やっぱりシデキはサムライなのか! ジムさんが言っていたぜ? シデキは正真正銘のサムライだってな! サムライって、剣さえあればビルを両断し、押し寄せる銃弾の雨だって全部切り払うんだろ?」

 いや、その侍はどこのヒーローですか。そもそも侍が使うのは刀であって剣じゃないけど……未来世界のアメリカ人にそんなこと言っても仕方ないのかも。

「そんなわけあるかよ。侍は剣術に優れていても人間なんだ。決して胸に『S』と書かれた青いスーツに赤いマントを羽織った、アメリカン・ヒーローの親戚じゃないぞ」

 それから、俺の名前はシキだ。シキではない。

 そういや、マークやセレナさんたちと普通に喋っているけど、彼女たちが話しているのって当然英語だよな? でも、俺には日本語にしか聞こえないってことは、これも聖剣の翻訳能力のおかげってわけか。

 更に言えば、俺が話している日本語がセレナさんたちには英語に聞こえているようだから、聖剣の翻訳能力は俺にだけ作用するわけじゃないってことだろ? 本当、今更だけど謎だらけだよな、この聖剣。



 俺やマークたち後詰め組が暢気にそんなことを話していると、ブレビスさんたち実働部隊が帰ってきた。

「がはははは! 一度に三匹も仕留めたぜ! 残るノルマはあと二匹、今回は楽勝だな!」

 そういうブレビスさんたちは手ぶらであり、仕留めた獲物を担いではいない。

 なんでもロックリザードは巨体だから、人間ではとても運べないらしいし、トレーラーの車体では大きすぎて、ロックリザードが潜んでいるような場所へは近づけない。そこでCT──コンバット・タキシード──の出番というわけである。

 このCT、戦闘用だけではなく使い方次第では各種の作業にも運用できる。実際、旧式となったCTは、様々な工事現場で活躍しているという。

 なお、『銀の弾丸』でCTを使えるのはブレビスさんだけだ。CTをこの傭兵団に導入したのが最近であることと、CTの運用にも免許が必要らしく、その免許を持っているのが彼だけなのがその理由だった。

 近々、他のメンバーたちも免許を取得する予定らしい。

 この時代にも免許制度は残っているのか。つまり、国がなくなっても免許制度が機能するだけの法律が存在しているってことだよな。

 何となく崩壊した未来世界と聞いて、一子相伝の暗殺拳を極めた某世紀末覇者が活躍するような世界を想像していたけど、ちょっと違うみたいだ。

 国がなくなっても、人間の集団が生きていく以上法律はなくならないということか。この時代の人類の生活基盤となっている都市とやらは、一体どんな所なのだろう。いつか絶対、この時代の都市へ行ってみたいものである。

 まだ見ぬ未来都市に思いを馳せていると、作業用トレーラーのサイドハッチが開いた。この作業用トレーラーは、後部ハッチ以外にもこうして左右のハッチが展開できる仕組みになっている。そしてそこから、ブレビスさんが搭乗したCTが出てくる。

 おおおおおお、目の前で実際にひとがた兵器が歩いているよ! 実際に銃を撃った時もちょっとした感動だったけど、動く人形兵器を間近にするのはまた格別だな!

 このCT、背中や脚部に追加オプションを装着することで、様々な作戦に臨機応変に対応できる。

 ブースターオプションを背負えば短時間とはいえ飛行可能になり、ホバーオプションを背負えば高速機動が可能になり、水中オプションを背負えば水中での活動も可能になるといった具合だ。

 ただし、今回はあくまでも倒したロックリザードを運ぶのが目的なので、現在はオプションを装備していない。

 瓦礫がごろごろ転がる廃墟ではホバーオプションは不向きだし、ブースターオプションはロケットかミサイルのように真っ直ぐに飛ぶだけ。飛行機やヘリのように自在に空を飛べるものではないそうだ。

 がしゃんがしゃんと重々しい足音を響かせながら、俺の目の前をCTが通り過ぎていく。

「じゃあ、ちょっくら荷物を運んでくるぜ」

 CTが振り返り、外部スピーカーからブレビスさんの声が響く。そして、戦車に随伴する歩兵のように、実働部隊のメンバーが歩くCTの周囲を固める。

 そんな彼らの背中に、俺を含めた後詰め組が声援を送った。

 今頃、司令室の中ではセレナさんたちが次の獲物の塒を探しているのだろう。そして、その塒が見つかり次第、またブレビスさんたちが狩りに向かう。

 その様子は実に統率されていて、『銀の弾丸』が単なる傭兵の集まりではないことを無言で物語っていた。

 きっと彼らなら、必要とする以上のロックリザードを狩ることができるだろう。そうすれば、俺も噂のリザードステーキにありつけるというものだ。

 果たして、未来世界の蜥蜴の肉はどんな味だろうか。まだ食したことのない肉を想像していた俺は、この時は全く気づいていなかった。

 いや、俺だけじゃない。『銀の弾丸』の団員全てが、その存在に気づいていなかった。

 そして、それは俺たちのすぐ傍まで忍び寄っていたのである。



 再びブレビスさんたちを見送った俺たちは、相変わらずの待機任務である。 ここに残っているのは、年若くて実戦経験の浅い者たち、いわゆる「新兵」ばかりだ。そのせいか、今が作戦行動中という緊張感がやや薄く思える。

 実際には、俺たちに与えられた仕事はトレーラー周囲の警戒なのだが、そちらはトレーラーの方で各種センサーやらレーダーやらで警戒しているらしく、俺たちには実質的に仕事がないのだ。

 だからと言って、ただだらけていていいものではない。俺たちに緊張感がないことに気づいたのか、セレナさんがトレーラーから姿を見せた。

「ほら、あなたたち。そんなにだらけていない! 今は作戦中なんだからね!」

 この《銀の弾丸》のメンバーは、ある意味で全員が団長であるブレビスさんの家族だ。その中でも、このセレナさんだけがブレビスさんの実子だとか。

「シゲキ、これを渡すの忘れていたわ」

 そう言いながら彼女が俺に放り投げたのは、定期券ぐらいの大きさのカードだ。

「それ、あなたのマネーカードよ。その中に、あなたが買い取った装備代の残りの金額を記録しておいたわ」

 この世界の貨幣がほぼオンラインマネーになっていることは、既に説明したと思う。

 この時代、人々は身体の中に端末を内蔵していて、それを用いて世界規模の電子ネットワーク──World Digital Network、略称W.D.N.──に接続し、様々な情報を受け取っている。

 要するに、身体の中にスマートフォンを埋め込んでいるようなものだな。

 そして、その体内端末に個人データ──生年月日や出身地などの身許、これまでの学歴といったプロフィールや資産、もしもあれば犯罪歴など──が記録されていて、都市での買い物などはレジで手を専用のリーダーに翳すだけで済んでしまうらしい。

 だが、当然ながら俺にはその体内端末はない。そして、この時代の人の中にも、アレルギーなどの理由から身体に端末を埋め込むことができない人もいる。

 そんな人たちのために用いられるのが、このカードだ。

 体内端末を持つことができない人、もしくは宗教上の理由などから体内端末を持つことを拒否した人などは、このようなカードに資産や個人データなどを記録するらしい。

 俺はこの時代に個人データなどあるわけがないので、単に所持金を記録してあるだけだが、このカードがあればこの時代で買い物ができるというわけだ。

 一体、いくらぐらい入っているのかな? 後でセレナさんに聞いてみよう。

「さあ、そろそろ実働部隊が獲物を持って帰ってくるわよ。そんなにだらけていると、団長から大目玉だからね」

 セレナさんのこの言葉に、マークを始めとした後詰め組が姿勢を正した。どうやら、セレナさんは彼らにとって憧れの存在らしい。

 その気持ちは分かるな。セレナさんって、きびきびとしたボーイッシュな美人だし、ブレビスさんの娘だけあって面倒見もいいし。

 マークたちからすれば、彼女は「憧れのお姉さん」なのだろう。しかも、普段から一緒に生活しているとなると、その想いは相当強そうだ。

 かく言う俺も、セレナさんには既に憧れていたりする。とはいえ俺の場合は恋愛とはまた違った、純粋な憧れだけど。

 やっぱり、俺には香住ちゃんが一番です。

 そんなセレナさんに注意され、マークたちが姿勢を正した時。

 それは現れた。

 すぐ近くに転がっていた瓦礫を吹き飛ばすようにして、それが咆哮を上げながら姿を見せたのだ。



 全身を灰色の毛皮に覆われた、巨大な生物。

 後脚で立ち上がったその全長は、優に3メートルを超えている。体重も100キロや200キロどころではなく、下手をしたら400キロぐらいあるかもしれない。

 灰色熊。もしくはグリズリー。その名前ぐらいは誰もが聞いたことがあるはずだ。

 誰もが認める北米大陸最大最強の生物であり、それでいながら人間の土地開発に生活圏が脅かされ、地域によっては絶滅危惧種にまでなっている哺乳類最強の一角。

 そのグリズリーが、この時代にも生き残っていた。しかも、汚染で激変した生態系の影響を受け、更に凶暴な存在となって。

「……で、デス……グリズリー……」

 そう呟いたのは、一体誰だっただろう。

 3メートルを超える巨体ながら、足の裏にまで生えた毛深い体毛によって、ほとんど足音を立てずに移動する恐るべき巨獣である。

 また、その毛皮にはレーダー波を吸収する作用もあるようで、レーダーにも全く反応しない。巨躯と膂力、そして隠密性を兼ね備えた、恐るべき大型狂獣。それがデスグリズリーである。

 差し込む陽光に、デスグリズリーの鋭い爪がきらりと光る。

 口元からはぼたぼたと涎を垂れ零しながら、再度巨熊が咆哮した。

 そして、その咆哮に応えるかのように、大きな炸裂音が連続して響く。

 はっとして振り返った俺の視線の先で、セレナさんが強装弾を装填したライフルを構えており、その銃口からは煙がたなびいていた。彼女がデスグリズリーに向けて発砲したのは明らかだ。

「まさか、こんなところにデスグリズリーがいるなんて……あなたたちはトレーラーの中に! 早く!」

 セレナさんの言葉通り、デスグリズリーは本来ならもっと北部の地域──旧カナダに近い地域──に棲息していて、この辺りにはいない変異体なのだそうだ。だが、何らかの理由で本来の棲息地から離れ、こんな所まで彷徨い出てきてしまったのだろう。

 マークたちに指示を出したセレナさんは、再びライフルの引き金を引いた。だだだだっ、という連続した炸裂音が響き、その反動を受けて彼女の身体が小刻みに震える。

 おそらく、彼女はデスグリズリーを倒そうとは思っていない。ただ、この巨熊の注意を自分に向けようとしただけだ。

 実際、彼女が放った七・六二ミリの強装弾は、グリズリーの身体にめり込むものの痛打を与えた様子はない。

 強靭な毛皮とその下の分厚い皮下脂肪が、七・六二ミリ強装弾の恐るべきパワーをほぼ吸収してしまっているのだろう。

 だが、デスグリズリーも何も感じないわけではない。たとえそれが僅かなものであろうとも身体中を襲う痛みに、兇獣は苛立ちと怒り、そして興奮を高めていく。

「早く! 早く逃げなさい!」

 再び飛ぶセレナさんの指示。だが、当のマークたちは恐るべき変異体を目の当たりにした恐怖で身体が動かない。

 戦闘経験の浅い彼ら「新兵」たちは、意識せずとも身体が勝手に動いてくれるほど場慣れしていないのだ。

 傷を受けて凶暴化した灰色熊が、後脚で立ち上がる。そして、その巨体でのしかかるように、手近にいた者──マークだ──へと覆い被さるように襲いかかった。

「マークっ!!」

 俺の喉から飛び出した切羽詰まった声。その声に応えるかのように、空中に赤黒い花が咲いた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る