『銀の弾丸』



 とりあえず、『銀の弾丸』には入団しないものの、俺も今回の狩りには参加する方向で話は纏まった。もっとも、俺は後方での待機組だけど。

「……以上が、今回のミッションだ。詳細なデータは各自の端末に送る。後でよく目を通しておけ。ミッションの開始は今から約一時間後の午前9時ジャストだ。それまでに準備を済ませておけよ!」

 ブレビスさんのその言葉を合図に、ブリーフィングは終了した。

 団員たちは各々準備のために会議室を後にする。

「仲間になれないのは残念だが、今回だけでもよろしくな!」

「サムライの子孫の剣の腕、期待しているぜ!」

「おまえが危なくなったら、俺が援護してやるからよ。安心しろって」

 と、団員たちが口々に俺に声をかけてくれた。本当に嬉しい。思わず泣きそうになるぐらいに。

「シゲキ、ちょっといいかしら?」

「何です? セレナさん」

 俺が団員たちと話をしていると、セレナさんが近づいてきた。

「前線に立たないとはいえ、今のその格好じゃいろいろとまずいでしょ? だから、シゲキも装備を整えないと。でも……シゲキは団員じゃないから、『銀の弾丸』から無償で装備を支給するわけにもいかないのよ。ごめんね、ウチもそんなに裕福ってわけじゃないから……」

 なるほど。つまり、正式な団員ではない俺に『銀の弾丸』の備品は使わせられないってことか。『銀の弾丸』が傭兵団である以上、予算やら備品やらは限りがあるだろうし、分からない話でもない。

「だから実費で装備を買い取ってもらわないといけないの。そ、その、こんなことを聞くのは失礼だけど……シゲキって、お金、持っている?」

 何とも言い辛そうなセレナさん。確かに、俺って金持っているようには見えないよな。

 ちなみに、この時代は既に紙幣やコインなどはほぼ廃れており、オンラインマネーが主流である。それでも全く流通していないわけでもなく、地域によってはオンラインマネーよりも昔ながらの紙幣やコインの方が信頼性が高い所もあるとか。

 更にはコインには美術的な価値が付くとかで、実際の価値よりも上として扱われるそうだ。

 当然、俺がこの時代のオンラインマネーなんて持っているわけがない。だけど、俺にはこれがある。

「これで足りるかな?」

 そう言いながら俺がポケットから出したのは、あのドラゴンの財宝から持ち出した宝石の一つだった。

 宝石の価値だって時代によっては変動するだろうが、それでも無価値ってことはあるまい。実際、俺が差し出した宝石を見たセレナさんの目の色が覿面に変わったし。

「こ、これ、ほ、本物っ!? イミテーションじゃないわよね? 鑑定してみてもいい?」

 どうやら、この時代でも宝石は高価なものらしい。しかも、俺がドラゴンの財宝から持ち出してきた宝石は、揃いも揃って粒が大きいからな。果たしてこれが何カラットぐらいあるのか俺には分からないが、もしかすると一財産になったりして。

 俺が差し出した宝石を持って、部屋を飛び出して行ったセレナさん。しばらくそのまま会議室で待っていると、再びどたばたと彼女が部屋に飛び込んできた。

「ま、間違いなく本物だったわっ!! し、しかも裸石ルースとはいえ三・六カラットの大粒のルビー! カットも素晴らしいし、傷もほとんどない! これは相当な値打ちものよ!」

 興奮気味のセレナさん。さすがは邪竜王が蓄えていた財宝だな。相当な価値があったようだ。

「ほ、本当にこれをもらってもいいの? これってシゲキにとって大事なものじゃない?」

 おそらくセレナさんは、この宝石が家宝か何かと思ったみたいだ。きっとそれぐらい価値があるものなのだろう。

 だけど、俺にとってはそれほど思い入れのあるものでもないし、偶然手に入れたようなものだ。ここでセレナさんに渡しても全く後悔はない。

「それを代金に支払いますから、俺の装備を一式お願いしてもいいですか?」

「任せて! ウチの予備の装備の中から、とびっきりの物を見繕ってあげる!」

 どん、と自分の胸を叩くセレナさん。改めて気づいたけど、彼女って結構胸あるな。

 そうして、俺は彼女に連れられて装備を見に行くことになったのである。



 まず、最初に手渡されたのが、青地に銀のラインが入ったツナギのような服だった。どうやらこれが『銀の弾丸』の制服のようなものらしく、防弾防刃素材でできているらしい。

 そして、そのツナギの上から、同じ素材の都市迷彩柄のジャケット。このジャケットは更に金属片──チタンプレートだそうだ──を裏地に縫い留めて防御力を高めてある。そのため、結構重いが文句は言えない。

 そして、左の脇下にはオート拳銃を収めたホルスター。九ミリ口径の軍用オートで、セレナさんいわく「扱いやすい基本的な拳銃」らしいが、試射させてもらったところ標的に全く命中させることはできなかった。それどころか、想像以上に大きかった反動と銃声に思わずすっ転びそうになったのは俺だけの秘密である。

 きっと、傍で見ていたセレナさんにはバレバレだっただろうけど、優しい彼女はそれに気づいていないふりをしてくれた。本当、感謝である。

 その後、セレナさんから銃の扱い方を教えてもらいながら何発も撃ってみたが、やっぱり当たらなかった。どうやら俺には射撃の才能がないようだ。自分で言っていてちょっと悲しい。

 結論。俺がこの銃を使うことはない。多分。

 その他の装備として、目元を覆うような暗視ゴーグル。団員たちのほとんどはブレビスさんと同じサーモスキャナーをインストールしているので、このゴーグルは一応備品として購入したのはいいが、使われることなくこれまで倉庫の奥で埃を被っていたそうだ。

 それをこの機に処分しようとするセレナさん、実にしっかり者である。

 だが、今回の作戦は昼間に行われるので、この暗視ゴーグルの出番はないだろう。それでも、何となく格好いいので額の上に装備しておこう。

 そして、やはり死蔵品だったらしいガスマスク。毒ガスや細菌などを防ぐお馴染みの装備である。

 この時代、大気が汚染されている場所がかなりある──旧シカゴエリアは比較的汚染されていない──らしく、ある意味で必需品ともいえる装備である。それなのにガスマスクが死蔵されていたかと言うと、やはり肺にフィルターを内蔵するようなサイバーパーツが普及しているからだそうだ。

 確かに嵩張るガスマスクより、身体の中に直接防毒装備を入れた方が安心できるよな。咄嗟の時にも対応できるし。

 更には予備のマガジンを四つ、それを肩から腰へと回したハーネスに装着する。

 そして、腰には俺の大切な聖剣。これがないと、きっと俺は何もできないからな。

 後はマイナイフを聖剣とは反対側の腰に装着し、準備完了である。

「さて、そろそろ作戦開始の時間よ。準備はいいわね」

「はい、俺の方は大丈夫です!」

「シゲキがこれまで着ていた服は、作戦の間にクリーニングしておくからね」

 ぱちりと片目を閉じながら、セレナさんが言う。そのセレナさんも俺と同じようにツナギの上に迷彩ジャケットを羽織り、そして大型のライフルを手にしている。

 七・六二ミリのアサルトライフルで、普通の同口径のライフルよりも火薬の量が多い強装弾を使用しているとのこと。

 つまり、それぐらいじゃないと今回の獲物は狩れないってことか。

「じゃあ、行きましょうか」

「はい」

 俺はセレナさんの後に続いて歩き出す。俺は前線には出ない後詰めなので、実際に俺がロックリザードと戦う機会はないだろう。

 それでも、やはり緊張するものは緊張する。これは俺にとって初めての戦場なんだ。ドラゴンと戦った時はいきなりだったし、ビアンテと戦った時も突然だった。

 そのため、緊張なんてしている暇はなかったけど、今回は違う。今回は自分の意思で戦場に赴くのだ。

 正直言うと、すっげえ恐い。身体も僅かに震えている。だけど、不思議と行きたくないとは思わなかった。

 腰に感じられる聖剣の重みが、俺に安心感を与えてくれるからだろうか。それとも、ブレビスさんやセレナさん、そして《銀の弾丸》のみんながいてくれるからだろうか。

 とにかく、ここからは気持ちを今以上に引き締めていこう。

 でも。

「……ドラゴンの次は蜥蜴の変異体か。つくづく、俺って爬虫類に縁があるよなぁ」



 キャンプ地こそ現地の廃ビルに手を加えて使っていたけど、『銀の弾丸』の本来の本拠地は三台の大型トレーラーである。

 移動用の足も兼ねたこのトレーラーたち、一台目は通信設備を充実させた作戦司令室、二台目は団員のフリースペース、三台目は銃器などのメンテナンスを行う作業スペースとなっている。先程、セレナさんが俺の宝石を鑑定したのも作業用トレーラーらしい。

 他にも作業用トレーラーにはバイクが三台搭載されており、主に偵察などに使われる。今回は足場のよくない廃墟の中の作戦であるため、このバイクは使われないそうだ。

 時間があったらあのバイク、少し乗せてもらおうかな? こう見えても俺、四輪と二輪の中型免許持っているんだ。二輪の中型は高校生の時に、四輪の中型は高校卒業してすぐに取得した。四輪の時は合宿で取ったけど、あの合宿も楽しかったよな。

 そういや『銀の弾丸』の団員たちって、合宿で集まっていた連中と何となく似ている気がする。ってか、年の近い奴らが集まると、どうしても同じような感じになるのかもしれない。

 そんなバイクたちのすぐ傍には、俺の目を釘付けにした物もある。それは人の形をした機械……すなわち、ロボットである。

 いや、ロボットというよりパワードスーツとでも言うべきだろうか。今はしゃがんだ形で固定されているが、立ち上がれば全長三メートルほどになると言う。

 ずんぐりむっくりでやや不格好な外見だが、俺的にはそこがいい。スタイリッシュなデザインのロボットよりも、泥臭くて不格好なデザインのロボットの方が好きなんだよな。

 このロボット兵器、サイバネクスド・パワードアーマーってのが正式名称らしいが、「戦場の正装」という意味でコンバット・タキシード──略称CT──と呼ばれることの方が多いらしい。

 正装とまで呼ばれるほど、この時代の戦場ではよく見かける兵器なんだとか。兵器としては安価な部類になるが、それでもやっぱりそれなりの値段になるとのことで、『銀の弾丸』では一機購入するのがやっとだった虎の子である。

「できれば最新型か、古いタイプでも数が欲しかったんだが、さすがに先立つモノが足りなくてなぁ……」

 と、ブレビスさんがぼやいていたっけ。

 さて、話を戻そう。今、作戦司令室トレーラーの前には、『銀の弾丸』のメンバーが勢揃いしていた。実際にロックリザードを狩る実働部隊の面々は、夕べブレビスさんが着ていたような全身を覆うプロテクターのような防具と、その上から俺と同じ都市迷彩のジャケットを装備している。

 整列した俺たちの前に、セレナさんを従えたブレビスさんが立つ。いよいよ、これからロックリザードの狩りが始まるのだ。

 ロックリザードは夜行性であるため、連中は今ぐらいの時間帯から眠りに入る。その寝入り端を奇襲するのが今回の作戦……というより、ロックリザードを狩る際の常套手段らしい。

「おまえさんらも既に知っていると思うが、奴らは物陰などに潜んで眠る。だが、物音には敏感だ。極力音を立てずに近づき、一気に仕留めろ」

 今回の目的は少なくとも五匹は狩ること。そうすれば十分採算が取れるらしい。五匹以上狩ることができれば、それは団員たちのディナーになるというわけだ。

 セレナさんを始めとした数人が、司令室トレーラーに向かう。彼女たちはトレーラーの中から偵察用の小型消音ドローンを操り、ロックリザードが潜んでいる場所を探し出す。その情報を頼りに、ブレビスさんが率いる実働部隊が獲物を狩っていくことになる。

「セレナ。偵察部隊の指揮は任せる」

「了解しました」

 びしっと敬礼し、セレナさん以下数名がトレーラーの中に消えると、すぐに数機の小型ドローンが音もなく飛び立った。ドローンは俺が知るドローンよりも更に小型で、その大きさは十センチぐらい。あの大きさで一時間は継続飛行が可能で、各種の通信装置まで搭載しているというのだから、この時代の技術力は凄まじいの一言だ。

 国という枠組みが崩壊しても、人類の技術の進歩は止まっていないということだな。いや、技術を進歩させなければ、生き残ることができなかったのかもしれない。

 実際、人々が暮す都市や街はかなり発展しているという。旧時代のインターネットを更に発展させた世界規模のネットワークが存在するそうだし、俺の知らない未来技術がいくつもありそうだ。その辺り、機会があればセレナさんやブレビスさんから詳しく聞いてみたい。いや、この時代の人々が暮す都市──未来都市に実際に行ってみる方が早いかも。

 俺がそんなことを考えている内に、ブレビスさん率いる実働部隊が動き出した。彼らは統率された動きで音もなく廃墟となったシカゴの街へと消えていく。

 今、狩りは始まったのである。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る