歴史



 それは、本当に些細なことが原因だったらしい。

 よくある小さな地域紛争。宗教がどうとか、民族がどうとか、核開発がどうとか、俺が住んでいる日本でもニュースでよく聞くような、本当に些細なことだったそうだ。

 だが、最初こそ本当に小さな地域紛争だったが、その火種は瞬く間に大きな炎となり、世界全体を飲み込んでいくことになる。

 世界中に吹き荒れる戦争の嵐。それはいわゆる、第三次世界大戦という奴だったのかもしれない。

 さすがに核ミサイルに核ミサイルで応じるような核戦争こそなかった──局地的には核兵器も使われたと言われている──ようだが、それでもその時に使用された高度に発達した大規模破壊兵器の数々は、世界の環境を一変させてしまった。

 破壊された自然環境に激減した生物。その中には当然ながら人類も含まれていた。そして、減じた生物たちの代わりとなるように突如現れた、今までに見たこともない奇怪な生物たち。

 どうやら、大量に用いられたBC兵器──生物兵器や化学兵器によって環境が激変した結果、既存の生物たちが未知の生物へと変貌したのだと生き残った人々が理解するまで、それほどの時間は必要としなかった。

 これらの未知の生物は、変異体とかミュータントとか呼ばれ、生き残った人類の数を更に減らす原因ともなったそうだ。

 激減した人口によりいつしか「国」という枠組みが崩壊し、人々は都市や街の規模で寄り集まって生活するようになっていく。

 しかし、その生活は決して楽ではなかった。変異体という新たな脅威や、荒れた土地による食料自給率の減少、そして何より生活に必要な物資の不足など、生き残った人類には問題が山積みとなっていた。

 それでも、人類は生き残った。

 都市や街でそれまで以上に結束した人々は、力を合わせて変異体を退け、荒れた土地でも育つ作物を研究し、各分野の技術を更に進歩させ、破壊されたかつての大都市に眠る様々な物資を掘り起こし。

 世界規模の戦争が終結──どの勢力も戦争を続けるだけの体力がなくなり、自然と停戦していった──してから、すでに二十年近い時間が経過しているらしい。

 そんな荒廃した未来世界。それが今俺がいる世界だった。



「……とまあ、これが世界史の概略だけど……理解できた?」

 こくん、と首を傾げながら俺に尋ねたのは、俺に歴史をレクチャーしてくれたセレナさんだ。

「もっとも、時間旅行者であるシゲキなら、こんな歴史は知っていて当然なのかな?」

「いや、時間旅行者って言われても、俺自身はそんな自覚はなくて……それより、俺のことブレビスさんから聞いたんですか?」

 あのおっさん、俺がこの時代の人間ではないことを他には喋るなとか言っておきながら、しっかりと娘には話していやがるし。案外、口が軽いのかもしれないぞ、あの人。

 そんな俺の考えを見透かしたのか、セレナさんはにっこりと笑いながら言葉を続けた。

「大丈夫よ。シゲキが時間旅行者だってこと、知っているのは父さん以外には私だけだから。私も他の人間に話すつもりはないしね」

 話したって誰も信じようとしないだろうし、と続けるセレナさん。確かに、セレナさんの言う通りだよな。

 それよりも、彼女から聞いた歴史の方だ。

 この時代が俺の住んでいた時代の未来かどうかは分からない。もしかすると、俺が住んでいた時代とはどこかで分岐した未来かもしれないし、まったく違う世界の未来なのかもしれない。

 だけど、この世界の概略は分かった。

 世界規模の戦争が原因で、あまりにも変化し過ぎた未来世界。それがこの世界ってわけだ。

 後は、当然ながら俺が住んでいる時代よりも様々な技術が進歩している。例えば、ブレビスさんが身体にインストールしている装置類……サイバーパーツと呼ばれる技術とかだ。

 超小型で高性能な機器や装置を身体に埋め込み、自分自身を強化する。それをこの時代の人々は「サイバー化」と呼ぶらしい。

 ブレビスさんの両腕もまた、自身を強化するために自ら機械の腕に交換したのだとか。傭兵などの荒事を請け負う人たちにとって、別に珍しくもないことなのだそうだ。逆にサイバー化で身体を強化しないと、変異体という脅威には抗えない。中には脳以外は全てサイバー化している者もいると聞いた。

 もうそこまで行くと完全にサイボーグであり、脳以外を改造した者を示す「フルボーグ」という言葉もあるらしい。

 俺からすると自分の身体を自ら機械化するのはちょっと抵抗があるが、その辺りは時代による認識の違いだろう。この世界のこの時代では、身体を機械化することはそれほど特別ってわけでもないようだし。

 ちなみに、目の前のセレナさんもまた、いくつかサイバーパーツをインストールしているとか。でも、詳細は教えてもらえなかった。

 サイバーパーツの中には戦闘用ではなく美容用のものもあるし、中には外見が生身そっくりの「内改造型」と呼ばれるものや、生身の身体ながらも強化培養された「バイオ系」と呼ばれるものもあるそうなので、彼女がインストールしているのはそっちかもしれない。

 そして、ブレビスさんやセレナさんが所属する傭兵団|銀の弾丸《シルバーブリッド》だが、彼らは変異体を狩るのを主な仕事としているとのことだ。

 変異体の中には、食料となるものもいる。環境の汚染で食べ物が激減したこの時代、変異体とはいえ自然素材の食料はとても貴重なのだとか。その食用変異体を狩ることが彼らの主な仕事というわけだ。

 なお、この世界の食料はほとんどが合成食料らしい。専用に培養したバクテリアなどから合成した人工食料が、家庭の食卓に並ぶのだそうだ。

 ちなみに、少し食べさせてもらったが普通に美味しかった。合成する段階で栄養なども計算されており、味も自然素材に近いものに加工するそうで、見た目と味だけなら俺の知る食事と大差ないと言ってもいいだろう。



「私たちが狙っている獲物は、ロックリザードと呼ばれる大型の蜥蜴タイプの変異体よ」

 そう言いながらセレナさんが手元の小さな機械を操作すると、空中に実にリアルな3DCG──だと思う──が投影された。

 CGの横に添付されている説明文は英語だった。俺の拙い英語のリーディング能力で何とか理解できたのは、この蜥蜴の化け物の全長が3メートルほどもあり、身体の中に溜めこんだ拳サイズの岩を砲弾のように吐き出す能力があることぐらいだったけど。

「強靭な顎は人間の身体ぐらい簡単に食いちぎるし、尻尾の一撃をまともに受ければ、致命傷にもなりかねない。更には皮膚も岩のように硬く、小さな口径の拳銃弾だと簡単に弾かれるし」

「つまり、とっても危険な生物ってことですね?」

「そういうこと。その分肉は高値で売れるし、味も極上よ。今回の仕事が上手くいったら、シゲキにも特上のリザードステーキをご馳走するわね」

 ぱちりと片目を閉じながら、すっごく美味しいわよ、と続けたセレナさん。

 ロックリザードね。おそらく、こいつがブレビスさんが言っていた、「銃よりも恐ろしい連中」なんだろうな。

 そしてなんとなくだけど、蜥蜴の肉と聞いて鰐の肉を想像した俺である。とあるイベントで鰐の串焼きを食べたことがあるが、結構美味しかったしこいつは期待しても良さそうだ。

 なお、『銀の弾丸』のメンバーは全部で三十人弱ぐらい。その中には非戦闘員もいるそうなので、実質的な戦闘員は十人ちょっと。そして、その十人の中にセレナさんも含まれているとのことだった。

「今私たちがいるのは、かつてアメリカ合衆国と呼ばれた土地の、シカゴと呼ばれた都市の跡地よ。ここはかつて五大湖工業地帯の一角でもあり、畜産などでも有名な場所だったけど……今ではご覧の有様ね」

 セレナさんの視線が窓の外へと向けられる。窓の向こうに広がるのは、どこまでも続く廃墟だ。確かシカゴはアメリカでも有数の都市の一つだし、かつてあったという第三次世界大戦で集中的に狙われた場所なのかもしれないな。

「以前は数百万の人口を誇った都市も、今では変異体が生息しているだけ……か」

 何とも侘しい限りだが、これもまた栄枯盛衰の一つだろうか。

 それよりも、今俺がいる場所ってアメリカだったんだな。シカゴが廃墟になっていたことより、そっちの方が俺には驚きだ。



 そして、夜が明けた。

 もしかして夜明けが聖剣の転移のキーではないかと思っていたが、そういうわけではないらしく、俺は『銀の弾丸』のキャンプ地で目覚めを迎えることができた。

 補強を施されたビル。このビルは『銀の弾丸』がシカゴの廃墟で狩りを行う際、いつも拠点とするビルらしい。そのビルの一室に設置した仮設ベッドで一夜を明かした俺は、部屋から外へと出た。

 ビルの中には既に起き出した『銀の弾丸』のメンバーが数人、忙しそうに動いていた。俺を見かけたメンバーたちは、気さくに声をかけてくれる。

「よう、あんたが団長が拾ってきたって噂の迷子だろ?」

「これからメシだけど、良かったら一緒にどうだい?」

「へー、本当に銃じゃなくて剣を持っているんだな。噂通りだ」

「見た目も東洋人の血が濃そうだし、もしかしてあんた、サムライの子孫か? カッコイイな!」

 なんて、物珍しさもあるのだろうが、みんな気の良さそうな人たちばかりだ。これは後でセレナさんに聞くことになるのだが、ここのメンバーたちのほとんどが団長であるブレビスさんに拾われた人たちらしい。

 様々な理由から親を亡くした子供や、行く当てのない人たちなどを見つけると、ブレビスさんは片っ端から拾い集めては自分の所に連れてくる。そのため、彼らにしてみればブレビスさんは恩人であると同時に家族であり、同じような経緯で拾われた俺のことも新しい家族だと思ってくれているらしい。

 なお、我が家は侍の家系などではなく、先祖は立派な百姓である。とはいえ、俺が侍の子孫だという誤解は解かないでおいた。だって、その方が格好いいし。ちょっとぐらい、見栄を張ってもいいじゃないか。

 そんなわけで、俺はあっと言う間に『銀の弾丸』のメンバーたちと打ち解けた。比較的年齢が近い者たちが多かったことと、団員たちが気のいい連中ばかりであったこと、そして誰もが同じような境遇であったことが、俺を快く迎え入れてくれた大きな理由だろう。

「お、もうウチの奴らと仲良くなったのか? よしよし、仲がいいことはいいことだぜ」

 食堂として使っている大きな部屋で、俺が団員たちと楽しく話していると、団長であるブレビスさんがやってきた。その後ろにはセレナさんの姿もあり、俺の見て小さく手を振ってくれた。

「よし、揃っているようだな。じゃま、今回の狩りのブリーフィングを始めるぜ」

 どうやら、この部屋は単なる食堂ではなく、会議室も兼ねているらしい。

 部屋の中をぐるりと一望しつつ、ブレビスさんが口を開く。

「……と、その前に、だ。もう皆も知っているだろうが、そこにいるシゲキは昨夜俺が保護した。だが、こいつは『銀の弾丸』には入団しない」

「えー、『銀の弾丸』に入れよ、シゲキ!」

「そうだよ! こうして出会ったのもきっと運命だからさ!」

「俺たちとシゲキなら、絶対上手くやって行けるって! だから『銀の弾丸』に入団しろよ!」

 周囲のメンバーたちから、俺を引き止めようとする声が上がる。まだ出会って一時間ぐらいしか経っていないのに、そんな反応をしてくれることがとても嬉しい。

 だけど、俺はここに留まることはできないんだ。

「無理を言うんじゃねえ。シゲキにはシゲキの都合ってモンがあンだよ。そこは理解してやれ」

 ブレビスさんがそう言うと、団員たちは静かになった。それでも、皆が俺に期待するような目を向けてくれる。

 本当、ここの連中っていい奴らばっかりだ。できることなら、俺だって《銀の弾丸》に入りたい。だけど、それだけは絶対に無理なんだ。ごめんな。

「よし、じゃあブリーフィングに入るぜ。セレナ、データを映せ」

 指示を受けて、セレナさんが機器を操作して空中に映像が浮かび上がる。その映像を元に、今回の作戦の具体的な指示がブレビスさんから出されていった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る