近未来世界
俺たちが今いる場所は、廃墟となったどこかの都市のようだった。
崩れたビルの残骸があちこちに転がり、かつて自動車だった鉄くずが無造作に放置されている。
折れた信号に、割れて飛び散った窓ガラス。だが、住人の気配はまるでない。
先程も感じたように、夜間でも周囲はぼんやりと明るい。よく見れば、崩れたビルのコンクリート──だと思う──が、仄かな光を放っていた。
これは後で聞いたのだが、周囲の倒壊したビルには蓄光コンクリートなる、俺にとっては未知の建築材が使われているからだそうだ。
昼間の内に太陽光を吸収し、夜になると光を放つ素材だそうで、節電効果が高いためによく使われているらしい。
本来なら街灯なみの輝度があるそうだが、ここが廃墟となって久しいため、この程度の薄明かりしか発しないのだと教えられた。
だけど、人気のない廃墟がぼんやりと光っているのって、どこか不気味だよな。
そんな動くものは何もない廃墟を、俺と俺を取り囲んだ迷彩ボディーアーマーの男たちが黙々と歩いていく。
やがて俺たちの前方に、崩れかけたビルが見えた。
周囲のビルと同じように、崩壊寸前に見えるビル。だが、そのビルには他とは違う点が一か所だけあった。それは、ガラスの割れた窓の向こうに明かりが灯っている点である。
つまり、あの廃墟の中には誰かがいるのだ。そしてそれは、今俺の周りを取り囲んでいる迷彩ボディアーマーたちの仲間だろう。
ブレビスと呼ばれた団長さんを筆頭に、男たちが警戒していることがよく分かる。ただし、彼らが警戒しているのは不審者である俺ではなく、周囲の廃墟の方だった。
そういや、ブレビスさんは「ここには銃よりももっと恐ろしい奴らがいる」って言っていたよな。おそらく、その「恐ろしい奴ら」ってのを警戒しているのだろう。
そんな男たちに囲まれて、俺は明かりの灯るビルへと足を踏み入れたのだった。
「では、改めて自己紹介だ。俺の名前はブレビス・ブレイド。
「俺は水野茂樹っていいます。茂樹が名前で、水野が名字です」
補強を施した廃ビルの一室で、俺とブレビスさんは向かい合っていた。
それほど広くはない部屋で、あるのは簡素な机が一つとパイプ椅子が二脚。これってあれだ、刑事ドラマに出てくる取調室みたいだ。
机の上には、俺の荷物が広げられている。リュックに入っていた薬品や食料、ナイフなど、そしてあの聖剣。
俺の身許を確認するために、ブレビスさんに一旦全ての荷物を提出することを求められた。ブレビスさんは絶対に返すからと言ってくれたが、正直ちょっと心配だったのは俺だけの秘密である。
だけど、特に盗まれたようなものはなさそうだ。バックパックの中に入れてあった宝石や腕輪、そして短剣なんかも机の上にきちんと並べられていた。
「しっかし、随分と骨董品ばかり持ち歩いていやがるな。特にこの四角い奴……もしかしてこれ、大昔に流行したっていうスマートフォンじゃねえのか?」
ブレビスさんの注意を引いたのは、宝石などではなくスマホだったらしい。彼は俺のスマホをあれこれと弄り回している。
まあ、見られて困るようなもの、入っていないから別にいいけど。それでも、やっぱり自分のスマホを勝手に弄られるのはちょっと気分悪い。
「しっかし、稼働しているスマートフォンなんざ初めて見たぜ。まだ動いている奴があったんだな。おっと悪ぃ、勝手に弄ってよ」
そう言って俺に向かってスマホを放り投げるブレビスさん。
彼は今、あの迷彩ボディアーマーを脱いで素顔を晒している。
彼の年齢はおそらく四十歳ぐらい。彫りの深い顔立ちで、渋いおじさんといった印象だ。
赤毛の髪を短く刈り込み、瞳は灰色。がっちりと鍛え上げられた全身はまさに兵士。傭兵団の団長って言っていたので、おそらくは相当なベテラン傭兵だと思われる。
そんなブレビスさんの両腕は、どうやら義手みたいだった。両方の肩から先が、金属製の義手になっている。しかも、その義手がまるで本物の腕のように、実に滑らかに動いているのだ。
「で、シゲキはここで何をしていたんだ?
「え、えっと、その……じ、実は気づいたらここにいまして……」
「なんだそりゃ? もしかしておまえさん、ヤバい
まさか、別の世界から来ました、とは言えない。それこそ、ヤバい薬でも使っていたと思われるのがオチだ。
「うーむ……体温からすると、変に興奮したり、逆に落ち込んでいたりしているわけでもなさそうだから、別に薬をキメているわけじゃなさそうだが……」
まじまじと俺を見るブレビスさん。そういや、さっきも体温がどうとか言っていたよな。もしかして、ブレビスさんには俺の体温が見えているのか?
「どうした、変な顔して? ああ、俺にはおまえさんの体温の変化が見えるんだよ。俺の目には、サーモスキャナーがインストールされているからな」
人差し指で自分の目を指しながら、にやりと笑うブレビスさん。
サーモスキャナーってことは、あれだろ? よくテレビなどで見る赤とか青とかで温度の変化が示される、サーモグラフィーって奴。あれと似たようなものが、ブレビスさんの目には見えているってことか?
「そんなに驚くことでもねえだろ? 傭兵や兵士なら、暗視装置としてよくインストールしているじゃねえか。しっかし、そんなことも知らないとは……おい、剣士野郎。おまえさん、本当に何者だ?」
ブレビスさんの両眼がすぅと細められ、全身から何ともいえない雰囲気が発せられる。
さて、どうしよう。こうなったら、狂人と思われるのを覚悟で全てを話したほうがいいかもしれない。でも、念のために聖剣についてだけは秘密にしておくか。
そう判断した俺は、自分が21世紀の日本で暮していたことを説明していった。
最初こそ、こいつ頭大丈夫か? といった表情をありありと浮かべていたブレビスさん。だが、俺の話を聞く内に、その表情は徐々に真剣なものへと変わっていった。
そして俺が全てを話し終えた時、彼ははーっと大きな息を吐き出した。
「まさか、おまえさんが単に酔狂な剣士野郎じゃなく、本物の
パイプ椅子に大きく座り直し、天井を仰ぎ見るブレビスさん。どうやら、俺の言ったことを信じてくれたらしい。
だけど、自分で言うのもなんだが、よく信じてくれたよな。俺だったら相手の頭を疑うような話だったはずだけど。
そんな疑問が顔に出ていたのか、ブレビスさんはまたにやりと笑うと机の上に身を乗り出した。
「おう、おまえさんの話は信じるぜ。なんせ、嘘を吐いている様子がねえからな」
「そんなこと、分かるんですか?」
「おうよ。さっきも言ったように、俺の目にはサーモスキャナーがインストールされている。こいつは体温の変化を視覚化する装置だ。人間、嘘を吐く時は僅かに体温が変化するもんさ。とはいえ本当に些細な変化だが、慣れればこいつは嘘発見器としても使えるんだぜ?」
と、ブレビスさんは自慢気に言う。人間は嘘を吐いたり緊張したりすると、僅かながらも体温が上昇するって聞いたことがあるな。そんな体温の変化を、ブレビスさんは見極めたらしい。
「とはいえ、おまえさんが時間旅行者だってことは俺以外には話すなよ? 頭がイカれていると思われるだけだぞ?」
「はい、ブレビスさんの言う通りにしますよ」
「おう、そうしろ。で、話は変わるがよ、シゲキはこれからどうする? 当然ながら、この時代に当てなんてねえだろ?」
ブレビスさんの言う通り、この世界……というか、この時代に当てなんてあるはずがない。これが前回のファンタジー世界であれば、一国のお姫様や騎士という立場の人物に知り合いがいるが、ここではそんな知り合いはいるはずもない。
「で、おまえさんさえ良ければ、ウチの傭兵団で働かないか? なぁに、銃を持って前線に立て、なんて言わねえよ。後ろでバックアップをしてくれればいい」
ブレビスさんによると、傭兵団と言っても戦う人員ばかりではないそうだ。後方での支援──例えば、食事を作ったり装備の整備をしたり、中には事務専門の人だっているらしい。
「もちろん、おまえさんにその気があれば、銃の扱い方ぐらい教えてやるぜ? この時代、銃ぐらい使えないと生き残れないからな」
おお、いいな、それ。剣類もいいけど、銃類にもまた別の魅力があるよな。それに、前から一度ぐらいは本物の銃に触れてみたかったんだ。
でも……果たして、俺がこの世界にいられるのはどれだけの時間だろうか。
ミレーニアさんたちと出会ったあのファンタジー世界では、大体半日前後ぐらいの滞在だったはず。おそらく、この世界でもそれは変わらないだろう。となれば、ブレビスさんの傭兵団に入っても俺はすぐに行方不明になってしまうことになる。
思った以上にいい人らしいブレビスさん。見ず知らずの俺の世話を引き受けるぐらい、この人は面倒見がいい人なのだろう。そんなブレビスさんに、あまり心配かけるのも悪いよな。
「すみません、ブレビスさん……ブレビスさんの申し出はとても嬉しいのですが、俺にも事情がありまして……」
「ふぅーん、そいつぁ時間旅行者ならではの事情って奴か?」
「はい、そんなところです。おそらく、俺がここにいられるのは明日中か、それよりも短いぐらいじゃないかと思います」
「そうか……残念だが、仕方ねえな。なんせおまえさんは、世にも珍しい時間旅行者だからな、話のネタ的にもウチの団員になってくれたら良かったんだがな」
俺は話のネタかよ! ってか、俺のこと他の団員に話す気満々だったよ! 俺のことはあまり話さない方がいいって言ったの、他ならぬブレビスさんだよねっ!?
どこまで本気でどこまで冗談なのかは分からないが、それでも俺がこの世界にいる間は、ブレビスさんの
俺とブレビスさんの間である程度話が纏まった時、それを見計らったようにドアがノックされた。
「もう話は終わった?」
そのドアが勝手に開き、そこから赤毛の美人が顔を覗かせた。
年齢は俺よりちょっと上ぐらいだろうか。もしかすると、俺と同じぐらいかもしれない。
ブレビスさんによく似た赤毛を肩の辺りで切り揃えた、ちょっとボーイッシュな印象の女性であった。
「こら、セレナ。勝手にドアを開けるんじゃねえよ。まあ、話しは終わっていたけどよ」
赤毛の女性──セレナさんに、ブレビスさんがにやりと笑って答えた。
「紹介するぜ、シゲキ。こいつは俺の娘でセレナってんだ。歳も近そうだし、仲良くしてやってくれ。だが、俺の愛娘に変な真似をしやがったら、おまえさんのナニを撃ち抜くからな?」
と、ブレビスさんは腰の大型オート拳銃をぽんぽんと叩きながら俺に言う。
「そ、そんな真似はしませんよっ!!」
おそらく真っ赤になった顔でブレビスさんに食ってかかる俺を、セレナさんは微笑みを浮かべながら右手を差し出した。
「よろしくね、不審者くん。えっと、シゲキって言うんだ?」
「あ、は、はい、シゲキです。こちらこそよろしく」
彼女の右手を握りながら、俺は自分の名前を告げる。
きっと今、俺の顔は先程以上に真っ赤になっているだろうな。
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