週末と新たな異世界
そして、待ちに待った週末が遂にやってきた。
筋肉痛に耐えながら過ごしたこの一週間、ほんっとうに長かった。結局、筋肉痛は3日ほど続き、その後はゆっくりと痛みが消えていった。これからは少し身体を動かす習慣をつけようと決意した俺である。
それはさておき、一週間がこんなにも長く感じられたのはいつ以来だろうか。きっと小学生の頃以来じゃないかな。
今思えば、あの頃って毎日が冒険のようで楽しかった。
それはさておき、今は金曜日の夜。時間としては午後の8時少し前。バイトは予め調整して週末は空けてある。当然ながら大学は休みだし、来週提出しなければならない課題も既に終わらせた。
これで、心置きなく異世界へと行けるってものだよな。
聖剣の充電も充分。宝珠はしっかりと青く輝いている。
この前は着の身着のままで異世界へと行ってしまったが、今回はできる限りの準備をしてから行こう。
服は長袖のTシャツに、下は丈夫なジーンズ。足回りは俺が持っている中で一番がっちりとしたトレッキングシューズを選択した。
Tシャツの上にはデニムのジャケット。そして、腰にはあの聖剣と俺のお気に入りのナイフ。
このナイフ、実は俺自身が作ったものなんだ。
高校生の頃に家族ででかけたとある観光施設で、鍛造体験というのをやっていた。母親と弟と妹が観光地で買い物などをしている間に、俺と父親はその鍛造体験をやってみたんだ。その時に作ったのがこのナイフである。
施設の人にあれこれと指導してもらいながら、赤く熱した鉄を何度もハンマーで叩いて形を整えていく。二、三時間ほどかけて何度も鉄を叩き、作り上げた俺だけのナイフ。
研ぎや焼き入れこそ施設の人にやってもらいはしたが、それでもこのナイフが俺の自作であることは変わりない。
全長二十五センチほどで、刃渡りが十五センチぐらい。刃とハンドルが一体化した武骨な作りで、ハンドルには叩いた鉄の上に紐が巻き付けてあるだけの簡素なナイフ。
だけど、この簡素な作りが俺はとても気に入っている。このお気に入りのナイフを、俺は異世界へ持っていくつもりだ。
異世界でもナイフはいろいろな局面で役に立つだろう。俺は剣帯とは別のベルトに、このナイフを収めた鞘を通した。この鞘も、ナイフを作った時にその体験施設でオマケでもらえたのである。
後は、背負ったリュックの中に簡単な食料とちょっとした医薬品。子供の頃はよく家族でキャンプなどに行ったので、多少は野外生活の心得はある。
ポケットの中にはスマホ、腕には自動巻きの機械式腕時計。たとえ電波が届かなくても、スマホのアプリは役に立つかもしれない。そして、自動巻きの腕時計は壊れさえしなければ動いてくれるので、時間を計る時などにも役立つだろう。
それから、以前にあちらの世界から持ってきた短剣や腕輪、宝石などもリュックの中に入れてある。
向こうの世界ですぐにミレーニアさんと再会できればいいが、その保証はないからな。そのため、向こうで金に換えられそうな物は絶対必要になる。
逆に、こちらの世界の紙幣やカード、免許証などは持っていかない。硬貨はまだしも向こうにはきっと紙幣なんてないだろうし、向こうでカードや免許証をなくしたら困るし。
一応、数枚の硬貨をポケットに入れ、準備は全て整った。
「忘れ物はないよな……? じゃあ、行くぞ」
玄関でトレッキングシューズを履いた俺は、聖剣の宝玉をぐっと押し込む。
途端、宝玉から溢れ出す激しい光。前回と同じように、俺は激しい光に呑み込まれていった。
突然、俺の後頭部にごりっとした感触。
え? なに、この感触?
思わず振り返ろうとした俺を押し止めるかのように、後頭部にある何かはさらにぐりぐりと俺に押しつけられる。
「勝手に動くな」
そして、背後から聞こえる押し殺した声。
マスクか何かを通したような、くぐもった声が背後から聞こえてきた。
肩越しにちらりと背後を窺うが、周囲が暗くてよく見えない。どうやら、今俺がいるのは夜の屋外のようだ。
向こうの世界から転移する時に夜だったから、こっちの世界でも夜ということなのか、それとも単なる偶然か。そういや時間の流れって、向こうとこっちで同じなのかな?
と、どうでもいいことを考えてしまうのは、いつもの現実逃避なのだろうか。
「そんな軽装でここにいるなんて、おまえさんはどんなマヌケだ? それとも、全身義体の内改造タイプのフルボーグ野郎か?」
更に続けられる声に、俺は現実逃避から引き戻される。聞こえた声から判断するに、どうやら声の主は男、それも俺より年上だと思う。
「両手を上げて、ゆっくりとこちらを向け。変な真似をしたら、その瞬間に頭に風穴が空くと思えよ?」
言われた通り、俺は両手を上げてゆっくりと後ろを向いた。
俺の後ろにいたのは、全身を迷彩色で塗装したボディアーマーのような物を着た人物だった。
迷彩色と言っても、緑と茶色の迷彩ではなく灰色系の迷彩。確かこれって、都市迷彩って言うんだっけ?
だが、最も俺の目を引いたのは迷彩色のボディアーマーではなく、その男が手にしているものだった。
おそらく、先程俺の後頭部にごりごりと押しつけられていたであろうそれ。
それは間違いなく銃だった。それも拳銃ではなく、もっとゴツいライフル銃。
「ど、どうしてファンタジー世界に銃が……?」
「あ? 何寝ぼけたこと言っていやがるんだ、おまえさんは?」
顔全体を覆うマスクの奥で、男は一体どんな表情を浮かべているのだろうか。
だけど、親しげなものではないことはまず間違いないだろう。
当然ながら、銃口を突きつけられるなんて初めての経験だ。しかも、その銃は見るからに高火力そうなライフル銃。
まるで、俺に向かって口を開けている猛獣が目の前にいるようなプレッシャーに、いつしか俺の身体は小さく震えていた。
「おいおい、そんな軽装でここにいるようは奴が、銃口向けられたぐらいでビビってんじゃねえよ。ここには銃よりももっと恐ろしい奴らがいることぐらい、おまえさんも承知してんだろ?」
「じゅ、銃よりも……?」
「ったく、どこまでもトボけた野郎だな、おまえさんは。だが、俺たちの敵ではなさそうだ」
俺に突きつけた銃口を下ろしつつ、男は一度呆れたように肩を竦めるとそのまま一人で喋り出した。
「おう、セレナか。俺だよ、俺。愛しのパパだよ。は? 気持ち悪いから止めろだぁ? ったく、憎まれ口ばかり達者になりやがって。小さい頃はあんなに俺に懐いていたってのによぉ……まあ、いいや。それより、哨戒中におかしな野郎を発見した。……ああ、どう見ても不審者って奴だな。害はなさそうだが、念のため人手をこっちに回してくれ。ここで見つけた以上、一応は保護しないわけにはいかねえだろ。……はぁ? 現在地点? そんなモン、一々説明しなくてもGPSですぐ分かっだろ?」
いや、一人で喋っているわけではなく、どうやら無線か何かで誰かと連絡を取っているみたいだ。
しかし、銃といい男の言葉にあったGPSといい、どうやらここはファンタジー世界ではないようだ。
てっきり前回同様ミレーニアさんやビアンテのいる、あのファンタジー風の異世界に来たとばかり思っていたのだが、もしかして、俺が来たのはどこかの戦場だったりするのか?
そもそも、ここって俺が知っている地球世界のどこか? それとも、よく似ているけどやっぱり全く別な異世界?
銃口が下ろされたことで、俺は安堵の息を吐き出すも、脳裏にはいくつもの疑問が駆け巡っている。
一人混乱する俺を、迷彩ボディアーマーを着た男はまじまじと見ていた。
「……体温の分布からして、内改造フルボーグじゃねえな。それどころか、サイバーパーツらしきものは全く見当たらねえときたもんだ。おまえさん、もしかしてドルイド……自然原理主義者か?」
「ど、ドルイド……? 自然原理主義者……?」
「ドルイドって連中は、サイバーパーツで身体を強化することに異を唱える連中で、生まれたままの自然な姿こそ、人間の本当の姿であるって言い張っていやがる連中だが……おまえさん、そんなことも知らねえのか?」
表情は見えないけど、男が呆れていることは俺にもよく分かった。
とはいえ、この人は悪い人ではなさそうだ。俺の何気ない質問にしっかりと答えてくれたし、さっきちらっと聞こえた無線の会話では、俺を保護するとか言っていたし。
とはいえ、完全に信頼してしまうのはまだ早いだろうけど。
そんな男の視線が、俺の腰に佩いた聖剣へと向けられる。
「このご時世に、銃ではなく剣を腰にぶら下げているたぁ……酔狂な野郎だな、おまえさん」
再び肩を竦める男。夜とは言っても、なぜか周囲はぼんやりと明るい。その朧気な明かりのおかげで、俺は目の前の男を観察することができた。
改めて男の全身を見てみれば、SF映画にでも登場しそうな出で立ちだ。
全身を覆う都市迷彩色のボディアーマーみたいな物は、何となく強化スーツといったイメージだし、手にしたライフル銃以外にも腰のホルスターには大型のオート拳銃。肩から腰へと伸びるサスペンダーみたいなものには、予備のマガジンらしき物とナイフが装着されている。
刀剣類と違って銃器にはそれほど詳しくはないが、それでも見たことのない銃ばかりだな。ってか、俺の知る銃よりももっと未来的なデザインのような気がする。
「おい、
「そーどまん……?」
「おまえさんみたいな酔狂な奴を、侮蔑の意味も含めてそう呼ぶんだよ。何せ銃器が大手を振っているこの時代に、好き好んで剣類を使う物好き連中だからな。しかも……おまえさんの場合は、光学剣ではなく実体剣ときたもんだ」
光学剣……俺の推測だけど、きっとそれはいわゆるレーザーブレードやフォトンソードって奴のことだろう。
そして、ここまでの男との会話で俺は一つの確信を得た。
ここは俺が暮していた地球世界のどこかではなく、やはり全く別の異世界、それもファンタジー世界ではなく近未来的な世界に違いない。
銃器があり剣が時代遅れであること、そして、レーザーブレードとかサイバーパーツとか、SF映画などに出てくる要素があることから俺はそう確信した。
やがて、遠くから複数の足音が聞こえてきた。おそらく、先程目の前の男が要請していた応援の人員だろう。
目の前の男と同じようなボディアーマーを着た人間が二人ほど現れ、俺に向かって銃を構えるが、それを俺の前にいる男が制する。
「まあ待ちな。どうやらこの剣士野郎、見るからに怪しいが敵ってわけでもなさそうだ」
「で、ですがブレビス団長……」
団長? この男、それなりの立場にいる人物みたいだぞ。でも、どうしてそんな立場の人が哨戒なんてやっていたんだろう?
「詳しいことはキャンプで聞く。おい、剣士野郎。怪我したくなかったら、大人しくついて来いよ?」
とりあえず、ここは言う通りにした方が良さそうだ。そう判断した俺は、ブレビスと呼ばれた男の言葉に素直に頷いた。
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