タイムオーバー
「そ、そこを何とか! お願いします、師匠! 師匠の剣を受けて、私はまだまだ自分が未熟であり、今まで自分がいかに驕っていたのかを痛感させられました! つきましては、師匠の下で一から修行をやり直したく思います! 何卒……何卒この私を師匠の弟子に!」
跪いたまま、一方的に言葉を捲し立てるビアンテ。
だから、俺に弟子入りしたって何の修行にもならないから。凄いのは聖剣であって、俺じゃないから。
そう言いたいけど、言ったら言ったでまた面倒なことになりそうな気がする。
この聖剣の能力を知れば、ビアンテは俺から強引に奪おうとするかもしれない。もしそうなったら、俺ではビアンテに太刀打ちできないし。
10万円もしたこの聖剣、奪われるわけにはいかないからな。
そしてミレーニアさんはと言うと、頬を赤くしながら陶然とした表情で俺を見ていた。
「す、素晴らしいです、ミズノシゲキ様! ビアンテをまるで赤子を相手にするかのように、一方的にあしらうとは……さすが神々が遣わした、邪竜王を倒した勇者です!」
あ、そういやミレーニアさん、俺のことを神々が遣わしたとか言っていたっけ。すっかり忘れていた。
「あ、あの、ミレーニアさん? 俺は別に勇者とか大層な者じゃありませんので……そ、それに今更ですけど、俺の名前は『茂樹』が名前で『水野』は姓ですから、茂樹と呼んでもらえると嬉しいです」
「まあ、そうでしたか。それは失礼致しました。では、これからはシゲキ様と呼ばせていただきますね」
「では、私も師匠のことはシゲキ師匠と呼んでもよろしいでしょうかっ!?」
「別に俺を茂樹と呼ぶのは構わないけど、あんたの師匠になるつもりはないから」
「では、シゲキ先生と呼ばせていただきますっ!!」
「同じじゃねえかっ!!」
跪くだけじゃなく、そのまま土下座しそうな勢いのビアンテ。この国にも土下座があるのかどうか知らないが、いつまでも跪かれているのも落ち着かない。ほら、俺ってやっぱり小市民だし。
「いい加減、立ち上がってくれないか? いくら頭を下げられても、弟子を取るつもりはないぞ」
「は、失礼します! シゲキ師匠のお言葉に従わせていただきます!」
だから師匠になるつもりはないって。何回言ったら理解するんだよ。
まったくこのビアンテという奴は、どこまでも人の言うことを聞かない奴だよな。
とりあえず、話の最初に戻ろう。俺とミレーニアさんは、ビアンテに王国まで戻ってミレーニアさんの無事と邪竜王が倒されたことを知らせて欲しいと考えていたんだ。
そのことをビアンテに頼めば、奴は思いっ切り顔を顰めやがった。どうやら、戻るに戻れない理由があるらしい。
それを尋ねたところ、ビアンテは言い辛そうにしながらもゆっくりと語ってくれた。
「は? 王命を受けたわけではなく、勝手に飛び出してきたのですか?」
目を丸くして驚くミレーニアさん。どうやらビアンテの奴、王様から命令を受けてここに来たのではなく、勝手に飛び出してきたらしい。
「は……はい、実はそうなのです……。たとえ邪竜王に勝てなくとも、ミレーニア姫さえ助け出せれば、命令違反をした罪はどうとでもなると考えて……」
アルファロ王国の騎士にとって、命令違反は重罪らしい。いや、どこの軍隊でも命令違反の罪は軽くはないものだけど。
どうしてまた、そんな軽はずみなことをしでかしたのやら。
ミレーニアさんがその辺りのことを尋ねれば、奴は俺とミレーニアさんの顔を何度も窺いながら答えた。
「さ、最近、私の評判があまり良くないことに、自分でも気づいておりまして……」
その良くない評判を一気に覆そうと、大きな手柄を立てようとしたらしい。いくら大貴族の跡取りで王国一番の剣士だからって、俺に取ったような態度でいたらそりゃ評判も悪くなるよな。
「王国と関係のない俺が言うのも何だけど、そういうのって普段の態度が大切なんじゃないのか? しかも、騎士って奴はいろいろと礼節とかも重んじるものだろ?」
「はい、師匠のおっしゃる通りです。自分がこれまでいかに自信過剰で愚かな人間であったか、師匠に負けたことではっきりと理解致しました。今後は騎士らしい礼節を心がけたいと思います!」
一見すると単なる素人でしかない俺が、実は自分以上の剣の達人だった。奴の視点から見ればそう映っていて、それが大きな衝撃だったわけだ。
日本では謙虚を美徳と捉えるが、他の国ではまた違ってくる。それが異世界であれば、尚更謙虚はいいことばかりではないのだろう。ある程度は、自分の実力を示すことも大切なんだろうな、きっと。
だが、ビアンテはその「ある程度」を計り違えた。そのため、過ぎた自信が周囲から反感を買ったといったところか。
「……ですが、既に邪竜王は師匠に倒され、ミレーニア姫もまた、師匠によって救い出されており……私の出る幕などまるでなく、焦った私は愚かにも師匠の手柄を自分のものにしようと……誠に申し訳ございませんでした!」
再び跪き、深々と頭を下げるビアンテ。弟子にするつもりはないけど、そこまで謝られたら、小心者の俺としては許さざるをえない気分になってきた。
「その件はもういいよ。あんたの気持ちも、まあ、分からなくはないし、そうやって自分が悪かったってことも理解したようだしさ」
「あ、ありがとうございます、師匠!」
「でも、弟子入りとかはないからな」
「そこを何とか! 何卒! 何卒っ!!」
本当、こいつ暑苦しい。誰か何とかしてください。お願いします。
さて、実はビアンテにはまだ問題があるそうだ。とはいえ、それはすぐに解決しそうだけど。
「じゃあ、あんたが使っていた剣や楯は……」
「はい、我がレパード家に代々伝わる大切な家宝でした。それを壊してしまったとなれば、私は父になんと申し開きをすればよいやら……」
はあ、と大きな溜め息を吐くビアンテ。こいつ、家宝まで勝手に持ち出してきたらしい。
命令違反だけではなく家宝まで勝手に持ち出して、それを壊してしまったとなれば、取り返しのつかない失点ばかりだ。
まあ、その家宝を壊したのは他ならぬ俺である。状況的に仕方なかったとはいえ、多少の責任は俺にもあるだろう。正確には俺ではなく聖剣の仕業だが、それを言うわけにはいかないからな。
「家宝の代わりになるかどうかは分からないけど……この剣を持っていけば? 楯も邪竜王の財宝の山を探せば一つぐらいあるだろう」
そう言って、俺は先程見つけた宝石がちりばめられた宝剣をビアンテに差し出した。どうせこの剣は重すぎて、俺には使えないし。
俺と違って鍛え込んでいるビアンテであれば、きっとこの剣を上手く使いこなすだろう。
「あ、ありがとうございます! この宝剣は新たな我が家の家宝として、子々孫々伝えていくことをここに誓います!」
そう言ったビアンテが、すらりと剣を引き抜く。そして、ゆっくりと剣の目利きをする。
「こ、これは……この剣は間違いなく『ナマクラン』以上の業物でしょう。本当に私がいただいてもよろしいのですか?」
「い、いいよ、いいよ。遠慮なく持っていけ。しかし、邪竜王がわざわざ貯め込んでいた剣だけあって、やっぱり相当な値打ち物だったか」
値打ち物だと分かった途端、ちょっぴり剣をあげたことを後悔する俺は、やっぱり器の小さな人間なのだろう。
でもまあ、ビアンテの問題が一つ解決したと思えばいいや。
そして宝の山を俺とビアンテで掻き分けたところ、思った通り楯もあった。こちらも相当価値のある物らしく、ビアンテは再び俺に頭を下げていた。
「さて、これで問題は一つ解決したかな? いや、家宝を勝手に持ち出して壊したことには変わりないから、やっぱり親父さんに怒られるかもしれないけど」
「そ、それは……仕方ありません。悪いのは私ですし……」
がっくりと肩を落とすビアンテ。その様子からして、ビアンテの親父さんってきっと怒ったら恐い人なんだろうな。
気づけば、城の外はかなり日が傾いていた。もうすぐ空の色は赤く染まるだろう。もっとも、この世界にも夕焼けがあるとは限らないけど。
「今から王都を目指すのは危険です。今日はこのまま、ここで夜を明かしましょう」
と、ミレーニアさんが提案した。確かにいくらグリフォンが空を飛べるとはいえ、夜間の移動は危険だろう。夜行性の危険な動物や魔獣だっているに違いないし。
「わたくしが幽閉されていた部屋であれば寝台などもありますから、それほど不自由することなく一晩過ごせるかと思います。食べる物だって、探せばどこかにあるでしょう」
一つの部屋で三人か。王女様であるミレーニアさんと一緒の部屋で寝ても大丈夫なのかと思ったが、ミレーニアさんやビアンテいわく、一緒に固まっていた方が安全であろうとのことだった。
確かに、これまでは邪竜王を怖れて他の動物や魔獣なんかはここに近づかなかったようだが、それもいつまで続くか分からない。逃げ出した邪竜王の眷属たちだって、戻って来るかもしれないし。
それに、部屋の中で二人っきりになるわけじゃないから問題ないよな? 一応、俺とビアンテで交替しながら見張りをするつもりだし。
俺がそう言えば、ミレーニアさんは不満そうだった。どうやら、自分も見張りをするつもりだったらしい。
だけど、女性であり王女様でもあるミレーニアさんに、夜の見張りをさせるわけにもいかない。俺とビアンテが二人がかりでそう説得して、何とか理解してもらった。
「……わたくしだけ仲間外れなんて酷いです」
「仲間外れとかじゃなくてですね……」
「うふふ、分かっていますよ。冗談です」
ぺろっと舌を出しながら、そんなことを言うミレーニアさん。うん、やっぱりミレーニアさんは天使のように可愛いな。
そして、夜となった。
暗くなる前に塔を順番に探したところ、食料を溜め込んでいる倉庫を発見した。その食料で軽く食事を作る。
ちなみに、作ったのは俺である。貴族の嫡男や王女様が、料理なんてできるわけがないし。
勝手の分からない台所で、四苦八苦しながらも何とか食べられる物を作る。一人暮らしをしている関係で、最低限の料理スキルはあるのだ。
そして食事を済ませた後、俺たちは寝ることにした。ミレーニアさんが閉じ込められていた部屋で、彼女が寝台で寝て、俺とビアンテは他の塔から探し出してきた毛皮などを床に敷いてその上で寝る。
まず最初に俺が見張りの当番で、途中でビアンテと交替する。時計やスマホなんてないから、具体的な時間は当然分からない。でも、大体真夜中だろうって頃合いで、ビアンテと交替して眠る。
毛皮の上で横になって考えてみれば、今日は激動の一日だった。朝早くから異世界に飛ばされ、ドラゴンと戦い、天使みたいなお姫様と出会い、そして自分勝手な騎士とも戦った。
これまで平凡な生活をしていた俺にしてみれば、激動と表現するしかないとんでもない一日。
果たして、これから俺はどうなるんだろうか。このままこの世界で生活していくしかないのだろうか。
そんな不安を感じながらも、疲れ果てていた俺の意識はすぐに眠りに囚われた。
目が覚めた。
枕元の時計を確認すれば、今はまだ朝の六時。今日は日曜で、大学はないしバイトは夕方からだったはずだ。
「……もう一眠りできるな……」
そんなことを寝ぼけた頭で考え、俺は再びベッドに潜り込む。
そして。
そして、唐突に思い出した。
昨日の出来事に。突然、異世界へと飛ばされてドラゴンや騎士と戦い、お姫様と出会ったことを。
がばりと身体を起こした俺は、再び部屋の中を見回す。確かに、ここは俺が借りている部屋だ。そして、昨日は確かに土曜日で今日は日曜日。慌ててテレビをつけて確認してみたが、今日は間違いなく日曜日だった。
「……もしかして、あれは夢……?」
異世界での出来事。あれは全て夢だったのだろうか。
そう思った俺の左手が、右腕に装着されていたとあるものに偶然触れた。
「こ、これは……」
慌てて右の袖を捲り上げてみれば、そこにあったのは間違いなく邪竜王の財宝の山から拾った腕輪だった。宝石で装飾された、見るからに価値のありそうな腕輪。当然、俺はこんな物は持っていない。
そして上着のポケットを探れば、そこには数粒の宝石と豪華な短剣が確かに入っていた。
「……あ、あれは夢じゃなかったのか……?」
そう呟いた俺の目が、ベッド脇に立てかけられていたあの聖剣を捉えた。
どうやら、俺が異世界で行った冒険は、夢ではないようだ。
「……帰ってきたのか、俺……」
誰に聞かせるでもない、安堵と残念さの入り混じった呟き。その呟きが、俺の部屋の中に広がり、そして静かに消えていった。
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