騎士の常識



「アルファロ王国騎士ビアンテ・レパード、ここに見事邪竜王ヒュンダルルムを討ち果たしたり!」

 なぜか、堂々とそんなことをビアンテは宣言した。

 見れば、ミレーニアさんもぽかーんとした表情でビアンテを見つめている。しかし、すぐに我に返った彼女は、ビアンテに激しい言葉を叩きつけた。

「何を言い出すのですかっ!! 邪竜王を倒したのはこちらのミズノシゲキ様でしょうっ!! 他人の手柄を横取りしようなど、王国騎士として恥を知りなさいっ!!」

 うん、もっと言ってやってください、ミレーニアさん。心の中で彼女にエールを送っていると、ビアンテは自信満々な様子でこちらへと歩み寄ってきた。

「一つお尋ねします、ミレーニア姫。姫はそこの異国人らしき男が邪竜王の首を落とした瞬間をご覧になられたのですか?」

「い、いえ……そ、それは……」

 不安そうな表情を浮かべて、ミレーニアさんが俺を見る。確かに、彼女がここに来たのは俺とドラゴンの戦いが終わってからだ。つまり、俺がドラゴンに止めを刺したその瞬間は見ていない。

 彼女が見たのは、首を落とされたドラゴンの死体と、その傍で倒れていた俺。その状況から、ミレーニアさんは俺がドラゴンを倒したと判断したのだろう。その判断に間違いはないのだが、俺がドラゴンを倒したという決定的な証拠とはならないわけだ。

「大方、その男は邪竜王の財宝をくすねようとしてここに忍び込んだのでしょう。そして忍び込んだのはいいが、死んでいる邪竜王を見て驚きのあまり気を失ったに違いない。ふん、私には分かるぞ? 貴様のその身体つきや体運び、決して日頃から鍛錬を積み重ねている人間ではあるまい? そんな人間が邪竜王を倒せるわけがないだろう!」

 ずびしっ、とばかりに俺に指を突きつけるビアンテ。確かに、俺は特に身体を鍛えている人間じゃないし、何か特定のスポーツをしているわけでもない。普段から身体を鍛え込んでいる騎士……つまり本職の軍人からしてみれば、俺が単なる素人であることなんて簡単に見抜けてしまうんだろうな。

「それに、敵を倒した時は名乗りを上げるのが我が国の騎士の常識。いくら敵を倒そうとも、名乗りを上げねば手柄とは認められぬのだ。仮に貴様が邪竜王を倒したとして、倒した時に名乗りを上げたのか? 上げていなければ、それは貴様の手柄とはならないぞ?」

「そんな騎士の常識なんて知るわけねえだろ! 俺は騎士でもなければ、アルファロ王国の人間でもねえっ!!」

 ふふふん? と勝ち誇った笑みを浮かべるビアンテ。俺を馬鹿にしたその態度に、それまで黙って聞いていた俺もつい言い返してしまった。

 それに、俺はドラゴンを倒した直後に気を失ってしまったから、名乗りを上げている暇なんてなかったし。

 仮に意識を失わなかったとしても、誰も聞いていないのに一人で名乗りなんて上げねえよ! そんなの恥ずかしいだけじゃねえか!

「だが、こう見えても私は寛大な人間だ。邪竜王の財宝の一部を貴様にくれてやろう。どこの誰とも知れぬ貴様のような人間には過ぎた褒美であろう? さあ、持てるだけの金貨でも持って、早々にここから立ち去るがいい。言っておくが、自分が邪竜王を倒したなどと口にはしないことだ。なんせ、邪竜王を倒したのはこのビアンテ・レパードなのだからな!」

 つまり、奴が言いたいのはこういうことか?

 口止め料として財宝の一部をやるから、自分が邪竜王を倒したことにしろ、と。

 いや、それはおかしいだろ? ミレーニアさんはドラゴンの財宝は倒した人間のものだって言ったぞ。ってことは、邪竜王の財宝は最初っから全部俺のものってことで、俺のものの一部を貰ったって、口止め料にはならないだろ? おまえの懐は全然痛んでいないじゃねえか。

「自分に都合のいいことばかり言ってんじゃねえよ! ミレーニアさんの前でこんなこと言いたくないけど、ミレーニアさんの国の騎士って馬鹿の集まりなのかっ!?」

「も、申し訳ありませんっ!! 我が国の騎士は決して愚かではありません! あ、あくまでも、このビアンテが特殊なのですっ!!」

 俺に向かって何度も頭を下げるミレーニアさん。そういや、このビアンテは文武に優れた人物だが、少々自信過剰でもあるって彼女は言っていたけど、自信過剰というよりは自分勝手というべきじゃないか?

 一方、そのビアンテはにやりと意味深に笑いながら俺を見ていた。その右手は剣の柄にかかり、今にも斬りかかってきそうだ。

「貴様……平民の分際でミレーニア姫の名を親し気に呼ぶなど、無礼にもほどがある! 王族に対する不敬罪で、この私が斬り捨ててくれよう!」

 俺に向かって素早く踏み込み、抜き打ちで斬りかかってくるビアンテ。どうやら、奴に俺を斬り捨てる口実を与えてしまったようだ。

 奴の腰から銀閃が迸り、その光が俺に向かって伸びてくる。当然、素人でしかない俺にその光──奴の剣が躱せるはずがなく。

 俺の耳に、金属同士がぶつかる甲高い音が響いた。

 あ、あれ? 甲高い音?

 気づけば、俺は腰から聖剣を引き抜き、奴の剣を受け止めていた。

 俺、いつ剣を抜いたっけ?



 剣を受け止められるとは思ってもいなかったのか、ビアンテは驚きの光を浮かべた目で俺を凝視した。

「わ、我が一撃を受け止めるとは……き、貴様、ただの素人ではなかったのかっ!?」

 いいえ、俺はただの素人です。とはいえ、そんなことを奴に教えてやる義理はない。精一杯の虚勢を張って、引き攣りそうになる口元を必死で笑みの形に歪める。

「お、おのれ……よくもこの私を謀ったな!」

 別に謀ってねえよ。おまえの目は確かだよ。そう言ってやりたいけど、奴が続けざまに斬りかかってくるのでそんな暇はない。

 袈裟斬り、横薙ぎ、斬り上げ、そして刺突。とてもじゃないけど、奴の攻撃は俺に見切れない。

 だが。

 だが、俺の身体は勝手に動き、奴が繰り出す攻撃を全て躱し、受け止め、いなしていく。

 邪竜王の居城の中に、何度も激しい金属音が響き渡る。

 怒りに顔を赤くしながら、ビアンテは何度も俺に斬りかかってくるが、俺は必死な様子のビアンテを至近距離からのんびりと観察するだけ。

 だって今の俺、ただ単に身体全体の力を抜いているだけなんだ。それなのに、俺の身体は勝手に動き、奴の攻撃を悉く防御していく。

 もう間違いない。俺の身体は今、誰かに勝手に操られている。邪竜王と戦った時もそうだったけど、俺の身体は俺の意思なんて関係なく、勝手にビアンテと戦っている。

 俺を操っている誰か……それって、やっぱりおまえなんだろ?

 心の中でそう呟き、俺は視線をビアンテから右手の聖剣へと移した。聖剣は特に俺に応えることもなく、ビアンテの攻撃を難なく受け止め続ける。

 唐突に始まったビアンテとの斬り合い。何回奴の剣撃を受け止め、何回奴の刺突を躱しただろうか。

 やがて、ビアンテの動きが俺の目にも明らかに鈍くなってきた。どうやら、疲労が積み重なってきたようだ。

 一方、俺だって疲れてはいる。だが、どれだけ疲れていても、俺の動きが鈍ることはない。だって、俺が自分で動いているわけじゃないからな。

「き、貴様……ど、どこまで私を……ぐ、愚弄する気だ……?」

 見るからに鈍くなった剣撃を繰り出しつつ、息も絶え絶えにビアンテが問う。

「に、逃げているだけでは……こ、この私には勝てない……ぞ……」

 奴が王国一番の剣士であることは、多分間違いないと思う。素人の俺でも、実際に奴の攻撃を何度も受け止めていればそれぐらいは分かる。

 ビアンテの攻撃は、その一撃一撃が速くて重い。もしも俺が聖剣に操られていなければ、初撃を防ぐこともできずに死んでいただろう。

 何を思って、奴が邪竜王討伐の手柄を欲しがったのか、俺には分からない。もしかすると、邪竜王を倒したという名声が、どうしても必要な理由があったのかもしれない。

 だけど、そんなこと俺の知ったことじゃない。別に邪竜王を倒した名声が欲しいとかじゃなく、あまりにも自分勝手な奴の態度が気に入らないだけだ。

 王国一番の剣士であり、高位貴族の跡取りでもある者がちょっと高圧的な態度を取れば、相手が平民ならすごすごと引っ込むとでも思ったのだろうか。

 それとも、アルファロ王国ではそれが普通なのかもしれない。だが、アルファロ王国どころかこの世界の人間でさえない俺には、奴やこの国の常識は通用しない。そんなものくそくらえだ。

 ふつふつと沸いて来る怒りに、聖剣が反応したのだろうか。それまで防戦一方だった俺の身体が、初めて攻勢へと出た。



 ふと気づくと。

 俺は両手に持った聖剣を振り上げていた。

 俺の目の前には、目を丸くして自分の剣をまじまじと見つめるビアンテの姿。

 奴の剣は、その半ばほどで断ち斬られていた。どうやら俺が……じゃなくて、聖剣が奴の剣を斬ったらしい。

 続けて、振り上げられていた聖剣が、呆然としているビアンテ目がけて振り下ろされる。

 それに気づいたビアンテは左手の楯を素早く構えるが、聖剣はその楯さえもすぱりと斬り裂いてしまった。

「わ、我がレパード家の家宝である宝剣『ナマクラン』と神楯『ガラクター』が……」

 自慢の武装をあっさりと破壊され、ビアンテは呆然自失といった様子だ。

 しかし、『ナマクラン』と『ガラクター』って……いやまあ、ここは異世界のようだから、響きが日本語と一緒だからって、意味も同じってものでもないのだろうけど。

 あ……本当に今更だけ、どうしてミレーニアさんやビアンテは日本語を話しているんだ? そういやあのドラゴンも日本語を話していたっけか……あれ? やっぱりこれっておかしいよね?

 思わず首を傾げた俺の脳裏に、とあることが浮かび上がる。

 それはこの聖剣が梱包されていた段ボールに、一緒に入っていたメモ書き。いわく、聖剣の取扱説明書に書かれていたことだ。

 確か、最後に「翻訳機能、オートモードあり」とか書かれていたはずだ。

 つまり、ミレーニアさんやドラゴンの言葉が理解でき、相手にも理解させているのも、この聖剣の力……翻訳機能ってわけか。

 そしておそらく、オートモードとは俺の身体を勝手に操ることなのだろう。

 一体何なの、この謎機能は? どういう原理で翻訳したり俺を操ったりしているんだ?

 なんか俺、思ったよりも遥かにとんでもない物をネットオークションで落札してしまったっぽい。

 一体、この聖剣は何なのだろうか。確か、「カーリオン」とかいうのが名前だったはずだけど……そういや、邪竜王はこの聖剣を知っているみたいだったな。

 もしかして、ミレーニアさんも知っているかも。聞いてみようか?

 なんてことを考えていた俺。ふと気づけば、ビアンテが俺の前に跪いていた。

「あ、あれ?」

「ま、参りました! 私の完敗です! つ、つきましては……お願いがございます! 私を……この私をあなた様の弟子にしてくださいっ!!」

 え?

 は?

 どういうこと?

 勝手に斬りかかってきて、負けたからって今度は弟子にしてくれ? それってあまりにも調子良すぎじゃね?

 俺の全身を単なる疲労感とは別のものが襲う。何か本当に疲れた。いろいろな意味で。

 とにかく、そんなことを言われて受け入れるなんて無理。そもそも、俺自身は単なる素人だし弟子なんて取れるわけがない。

「弟子とか無理。諦めてくれる?」

 と、俺は跪くビアンテに正直に告げた。


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