能力発動



 聖剣が送られてきた翌日、俺は聖剣が梱包されていた段ボール箱を片付けようとして、それに改めて気づいた。

「……USBケーブル? なぜにこんな物が一緒に送られて……?」

 それは、どこにでもある黒いUSBケーブルだった。ほら、スマートフォンの充電に使うようなアレである。

「そう言えば……」

 俺はとあることを思いつき、今も腰に佩いていた聖剣を抜く。うん、皆まで言うな。自分でも分かっているから。でも、何となく剣って腰にぶら下げたくなるじゃない?

 そして、改めて聖剣の柄を見てみる。柄頭の青い宝玉のすぐ下に、小さな穴があいていることに、俺は今日の朝に気づいたんだ。

「これって、USBケーブルが繋がるってこと?」

 スマートフォンのケーブル端子とそっくりなその穴……いや、もうこれ、絶対に接続用の端子だろ。ひょっとして、スマートフォンのようにこれで充電しろってか?

 よくよく柄頭の宝玉を見てみると、仄かに輝いているような気がする。もしかしてこれは……

「柄の中にバッテリーが仕込んである? で、LEDか何かで柄頭が光るギミック?」

 俺は早速、聖剣とケーブルを接続し、USB端子の先にコンセント用のアダプタを装着してコンセントに差し込んでみた。

「おお、やっぱり!」

 コンセントに差し込むと同時に、これまで青かった宝玉が赤へと変わる。おそらく、充電中という意味なんだろう。

「結構凝った作りだな、この聖剣」

 コンセント近くの壁に聖剣を立てかけて、改めて段ボール箱を片づけようとした。

 だが、段ボール箱にはまだ入っているものがあった。それは、一枚の紙切れ。

「何だこれは? えっと……取扱説明書?」

 そう。

 そこにはプリントアウトされた文字で、確かに取扱説明書と記されていた。



聖剣カーリオン 取扱説明書

 ・能力の使用は、一日一回限定。

 ・能力を一回使用するごとに、3時間の充電が必要。

 ・充電中は柄頭の宝玉が赤くなります。これが青くなれば充電終了。

 ・当剣の取り扱いには、十分注意をすること。

 ・万が一不測の事態が生じても、当方は一切責任を負いません。

 ・翻訳機能、オートモードあり。


 以上のことが、その紙切れ……いや、取扱説明書に書かれていたんだ。

「……一体何のことやら……」

 俺は無造作に取扱説明書──という名のメモ書きを目の前のローテーブルの上に放り投げた。

 充電云々は、やっぱり間違いなかったようだ。その辺りは理解できる。

 だが、聖剣の能力って何だ? 一日一回限定? どういう意味だ?

 それに翻訳機能? オートモード? 何のこっちゃ?

 俺は充電していた聖剣からケーブルを外し、目の前に翳すように持ち上げてみる。

 どうやらバッテリーはそれほど減っていなかったようで、十分そこそこの充電で宝玉は青くなった。

「この聖剣、柄頭が光るだけじゃなく、他にも何かギミックがあるのか?」

 俺は聖剣をいろいろな角度から眺めてみる。

 銀色の真っ直ぐな刀身。西洋剣らしく幅広で両刃の拵えだが、もちろん実際の刃はない。だが、それなりに重量があるので、鈍器として十分に凶器となるだろう。少なくとも、これを腰にぶら下げたまま外を歩けば、お巡りさんに声をかけられるに違いない。

 鍔と柄は金色。素材は不明だが、金属ではないようだ。そして柄頭の宝玉。最初はプラスチックかと思ったが、触れてみるともっと固くて冷たい。おそらく、水晶か何かの鉱物を使用していると思われる。

 改めて見てみれば、実に凝った拵えである。とても観賞用の模造剣とは思えない。いや、観賞用だからこそこの造りなのかも。

「案外、本物の聖剣だったりして」

 あえて、そんな冗談めいたことを口にしてみる。だけど、段々と俺の中ではこの聖剣がただのオブジェや模造刀の類には思えなくなってきた。



 フローリングの床に腰を下ろし、ぼーっと手にした聖剣を見つめていた俺。

 と、不意に腹が減っていることに気づいた。そういや、今日は大学もバイトもないからと、朝起きてからずっと聖剣を弄り回して朝食さえ食っていなかったっけ。

 とりあえず、パンでも食べようかと思って立ち上がろうとする。

 その際、聖剣の切っ先を床に当てて、柄頭に手を置く。おっと、いかん。このまま聖剣を杖代わりにして立ち上がると、聖剣の切っ先に傷が……いやいや、賃貸物件のこの部屋の床に傷が付いてしまう。

 俺は周囲を見回して、近くにあった小さなクッションを引き寄せる。そして、そのクッションの上に聖剣の切っ先を当てた。

 こんなことしなくても普通に立てばいいと思うだろうが、切っ先を地面に突き立てて柄頭に腕を置き、そのまま仁王立ちするって……何となく浪漫を感じないか?

 ほら、ヒロイック・ファンタジーの英雄なんかが、決戦の前などでよくそんなポーズを取るだろ? つい、俺もやってみたくなったんだよ。

 もちろん、誰も見ていないことは確認済みだ。そもそも、ここは俺が一人暮らしをしている部屋だから、俺以外に誰もいるはずがないけど。

 クッションに切っ先を当て、柄頭を右手でぐっと握り締める。そして、それを基点にして立ち上がろうとして……かちりと何か音がした。

 ん? 何だ、今の音? 何か、柄頭の宝玉が少し動いたような……あれ? 宝玉の光が強くなっている? これもこの聖剣のギミックか? 柄頭を押し込むことが、宝玉の光が強くなるスイッチ? ってことは、もう一度宝玉を押し込めば、光が消えたりする?

 俺は慌ててもう一度宝玉を押し込んでみるが、光は消えるどころかどんどん強くなっていく。

「な、何だよっ!? い、一体何が起こっているんだっ!?」

 部屋の中を完全に埋め尽くした光に、俺は思わず目を閉じる。そして、光が消えたことを瞼越しに確認して恐る恐る目を開けて……俺はそのまま目を限界まで見開いた。

 なぜなら、俺の目の前にでっかいドラゴンがいたからだ。



「人間よ、我が城に何用だ?……と、聞く必要もなかろうな。おそらく貴様の目的はミレーニア姫であろう?」

 擦れ擦れではあるが、確かに目の前のドラゴンはそう言った。

 ……ドラゴン……だよな? 俺の目の前にいるのは、大型のバスよりも更に大きく、真っ黒な身体の翼の生えた蜥蜴といった外見の生き物。

 え? 何? どこかの遊園地のアトラクション? あれ? 俺、自分の家にいたはずだけど……いつの間に遊園地に来たの? もしかして、俺って自分でも知らないうちに夢遊病にでもなった?

 ぼけーっと突っ立ったまま首を傾げる俺を、目の前の黒いドラゴンは真っ赤な目でじとっと見つめている。

 うわー、すっげえリアルだな、このドラゴン。今にも動き出しそうで本物そっくりだ。もちろん、本物のドラゴンなんて見たことないけど。

 ってか、今、このドラゴン、動いていなかったか? あ、そうか。これ、ロボットか。いや、今のロボットの技術って半端ないな。

 まじまじとロボットのドラゴンを見つめる俺。そして、そんな俺にロボットのドラゴンはぶはーっと息を吹きかけた。

 うげ、硫黄臭いっ!! こんなところまでリアルに再現しなくても……あれ? 何か変じゃね?

 今、ドラゴンの喉の奥に、ちろちろって赤い炎みたいなものが見えたような……え? そんな細かい所まで再現している? ま、まさか……

「ほ、本物……っ!?」

「如何にも。我こそは邪竜王ヒュンダルルム! この世界に破壊と殺戮をもたらす存在なり!」

 その言葉が聞こえたと同時に、目の前の黒いドラゴンが轟と吠えた。

 その吠え声だけで、俺は尻餅をつき、そのまま後ろにごろごろと吹き飛ばされた。単なる吠え声なのに、まるで何かに殴りつけられたかのような衝撃で頭がぐわんぐわんする。

 一説によると、竜の吠え声には物理的な衝撃や、心を挫く効果があるなんて言われるけど……。

 実際、俺は目の前のドラゴンの吠え声を聞いただけで、後ろに吹っ飛ばされてふらふらするわけだし……や、やっぱり、この黒いドラゴンは本物……?

「ど、どういうことだよっ!? どうして本物のドラゴンが……っ!?」

「ここは我が居城。我がいるのは当然であろう? そして貴様の目的は、我が人間たちの言うアルファロ王国より攫ってきたミレーニア姫の救出であろう。だが、我が健在である以上はミレーニア姫を救い出すことなど不可能と知れ!」

 再び吠える黒いドラゴン。再び後ろに吹っ飛ばされる俺。がつんと頭を床に打ち付け、目の前に火花と星が散る。

 いってえっ!! ってことは、これはやっぱり夢じゃない……?

「ど、どうして突然本物の竜が……っ!?」

「我が居城までたった一人で来た度胸と努力は褒めてやろう。だが、貴様はここで死ぬのだ! 我が炎に焼き尽くされてな!」

 黒竜がくわっと大きな口を開いた。その中に、ちろちろと瞬く星のように見えるのは……有名なドラゴンの炎の息吹、ドラゴンブレスって奴だろう。

 ドラゴンの喉がぼこりと膨れ上がり、そして吐息と共に真紅の炎が吐き出された。

 まるで火炎放射器のように、俺に向かって真っすぐに伸びる炎。

 その炎を見た時、俺は瞬間的に悟ったね。

 あ、俺はここで死ぬんだな、って。

 どうして、突然目の前にドラゴンが現れたのか分からない。どうやらここは俺の部屋とは違う場所のようだが、どうして俺がここにいるのかも分からない。

 でも、俺がここで死ぬのは間違いないようだ。

 真っ赤な炎が俺に向かって真っすぐに伸びてきて──炎は俺の全身を呑み込んだ。



 思わず目を閉じた俺を、真紅の炎を包み込む。

 今まで感じたことのないような高熱が、俺の身体を瞬く間に焼き尽くす。

 って、あれ?

 確かに熱いことは熱いけど……真夏の町中、強烈なアスファルトの照り返しの中を歩くよりずっと熱いけど、身体を焼き尽くすほどじゃない……?

 おっかなびっくり目を開いた俺の目の前で、真っ黒なドラゴンもまた、真紅の目を見開いて俺を見つめていた。

「き、貴様……い、一体何者だ。我が炎を斬り裂くとは……そして、その剣は……ま、まさか……」

 いや、ドラゴンが見ているのは俺じゃない。俺の手の中にある例の聖剣だ。

 あれ? 俺、今……?

 気づけば、俺は両手で持った聖剣を振り下ろしていた。一体、いつの間に俺は剣を構えて、そして振り下ろしたんだ?

 頭の中がクエスチョンマークで埋め尽くされる。そして、そんな俺に向かって、ドラゴンは右手──ってか、右前脚?──を振り上げ、そのまま勢いよく振り下ろす。

「うわあああああああああああああああああああっ!!」

 俺の喉から悲鳴が迸る。いや、迸ったのが悲鳴だけで良かった。正直、チビらなかった自分を誉めてやりたい。

 なんてことを考えているのは、きっと恐怖を紛らわせるための現実逃避って奴なんだろうな。

 俺の頭上に迫る鋭い爪。おそらく、俺なんて簡単に真っ二つにできるであろう鋭さと勢いのあるその爪が、俺の脳天へと達する。

 がきん、という固い音と同時に、俺の両肩にずしりとのしかかる重圧。そして、痺れるような痛みが両腕と両肩を駆け抜けた。

 あれ? 腕と肩? 痛みを感じたのは脳天じゃなくて?

 再び閉じてしまった目を開けてみれば、俺の目の前約十五センチの所で、ドラゴンの爪の先が止まっていた。いつの間にか、頭上に翳したあの聖剣で、振り下ろされたドラゴンの爪を受け止めたようだ。

「や、やはり……その剣は……その聖剣は……神の裁きの雷を纏い、いかなるものも斬り裂くと謳われた……あ、あの伝説の聖剣かっ!!」

 くわっと目を見開いたドラゴンが、俺の聖剣を見つめながらそんなことを言った。


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