ネットで買った聖剣が本物のケン

ムク文鳥

第1章

ネットオークション



「へえ……これ、いい出来じゃないか?」

 パソコンのモニターに映し出された一振りの剣を見て、俺──みずしげは思わず声に出して呟いた。

 モニターに映し出されているその剣は、偶然見つけたとあるネットオークションに出品されているものだ。

 いわゆる、両手持ちの西洋剣。サイトに記載されている出品情報によると、全長は約110センチほど。その内、刀身部分が約80センチで柄が約30センチらしい。

「これ、素材は何でできているんだ?」

 俺は出品情報を更に見てみるも、その剣の素材は明記されていないようだ。

 もちろん、この剣は本物ではないだろう。おそらくどこかの誰かが作った、オリジナルの模造剣ってところか。少なくとも俺は、これと同じデザインの剣がどこかのコミックや映画などに登場しているのを見かけたことはない。

 モニターの向こうに存在するその剣に、憧れの眼差しを向ける。俺は昔から、このような刀剣類に強い憧れを抱いてしまうんだ。

 この気持ち、男であればきっと理解してもらえることだろう。

「……『聖剣カーリオン』……? このオリジナルの剣の名前か……」

 ネットオークションへの出品名として、そう記されている。ちなみに、現時点での落札価格は1万8000円。結構高いな。

「普通に売っている模造刀でも1万以上するしな。この出来なら当然と言えるかも。もしかすると、もっと高くなるかもなぁ」

 現在の預金残高はどれぐらいあったか、と俺は記憶をほじくり返す。

 幸い、先日バイト代が振り込まれたばかりなので、預金には余裕はあるはずだ。親からの仕送りも僅かながらあるし、10万を超えなければ買ってもいいかも……いや、できれば是非手に入れたい!

 一目見たその瞬間から、聖剣は既に俺の心に深く突き刺さっていた。



 あれから……ネットで聖剣カーリオンを見つけてから数日。

 俺は毎日、例のネットオークションで聖剣の値段の変化に注目していた。

 もちろん、一日中パソコンの前に陣取って、ネットを見続けていたわけではない。親元離れて一人暮らしをしているとはいえ、現在の俺の身分は大学生。当然ながら大学にも行くし、バイトだってある。

 だが、空いている時間のほとんどを、この数日はパソコンのモニターに齧り付いている状態だった。

「……現時点での落札価格は4万9600円……どこまで上がるんだよ……」

 俺はモニターを見つめながら悪態を吐く。どうやら俺以外にも、この聖剣に魅力を感じている者が相当数いるってことか。だが、オークションの終了まであと数日。終了間際の駆け込み入札は常なので、おそらく落札価格はもっと上がるだろう。

「本当に10万を超えたりしてな……」

 冗談にならない冗談を、誰に聞かせるでもなく呟く。

 預金残高を改めて確認したところ、やはり俺が出せるのは10万が限度だ。しかも、その後は相当切り詰めた生活をしないといけないだろう。

 それでも、俺はこの聖剣を手に入れたいと考えていた。

 もちろん分かっている。この聖剣はただのオブジェだ。見て楽しむか、飾って楽しむだけの単なる飾り物。そんな玩具とも言っていい物に10万も出すなんて、馬鹿げていると普通なら考えるだろう。

 だけど、誰しもどうしても欲しくなる物ってあるだろ? 俺の場合、それがこの聖剣だったってだけだ。それに価値観なんてものは人それぞれ。俺にとって、この聖剣は十分10万の価値がある。

 どこの誰が作ったのか知らないが、俺はこの聖剣の制作者を神の刀工と認めてもいいね。



 そして、いよいよオークションの最終日を迎えた。

 この数日、俺は本当に落ち着かなかった。

 そりゃあ、大学に行って講義を受けたし、仲のいい友人たちと一緒に馬鹿話をしたりもした。バイトに行けば一生懸命仕事したし、時にはちょっと気になっているバイト仲間の女の子となんでもない話をして、浮ついた気分になったりもした。

 それでも、ふと脳裏をよぎるのはあの聖剣のこと。

 一体、今の落札価格はいくらだろうか。まだ10万は超えていないよな。

 と、そんなことばかりが頭の中を駆け抜けていく。

 そしてその日のバイトを終えた俺は、自転車に飛び乗って自宅──下宿している学生用のワンルーム──へと急いで帰った。

 荷物を置くのもそこそこに、俺はパソコンの電源を入れる。起動画面をそわそわした気持ちで眺め、起動終了と同時にネットを接続、オークションサイトへとログインする。

「……落札価格7万9820円……まだ10万は超えていなかった……」

 安堵の息を吐き出しつつ、俺は今の時間を確認する。オークションの終了は本日の午後9時。現在は8時ちょい過ぎなので、オークション終了まであと約一時間。

 おそらく、これから駆け込み入札が始まるだろう。果たして、最終的にはどこまで値段が上がるか、それが問題だ。

 落ち着かない気分で手早く晩飯を食べ、その後はモニターの前で尻に根を生やす。今後、オークション終了まではトイレにも行かない覚悟だ。

 じりじりとした思いを押し殺しつつ、俺はモニターを見つめ続ける。聖剣の落札価格はどんどんと上がり、現在は9万近くになっていた。

 止まってくれ! そのまま値段よ、上昇は止まってくれ! と胸の中で叫ぶものの、落札価格はじりじりと上昇していく。既に9万5000円を超えた。終了時間まであと10分弱。ここからが本当の勝負だろう。

 俺はサイトの入札価格の記入欄に、既に「100000」の数字を入力済み。後は「入札」のアイコンをクリックすればいいだけ。

 マウスカーソルを入札アイコンに重ねたまま、俺はモニター下に表示される現在時刻をじっと見つめる。

 終了まであと1分。小刻みに上昇を繰り返す落札価格。9万8250円、9万8300円、9万8310円……どうやら誰もがこの辺りを勝負所と考えているらしく、上昇の仕方が実に小刻みになってきた。

 そして、遂に落札価格が9万9000円を超えた。終了まであと30秒。俺はいよいよ集中してタイミングを見計らう。

 9万9220円、9万9350円、9万9580円……じりじりと落札価格の上昇は続く。

 そして、オークション終了1秒前。俺は遂に入札のアイコンをクリックした。同時に、落札価格が10万の大台に乗り、オークション終了の文字が表示される。

 おそらく、俺と同じようなタイミングで10万の価格を提示した者だっているだろう。もしかすると、それを見越して10万を僅かに超えた金額を応札した者だっているかもしれない。

 果たして、誰が聖剣を手にするのか。俺は逸る気持ちを抑えつつ何度もメールを確認する。そして、何度目かのチェックの時、俺のメールフォームに一通のメールが届いたのだった。



「おおおおおおおおおおおおっしゃぁあああああああああっ!!」

 思わず喝采を上げる俺。いかんいかん、落ち着け。今は夜の9時過ぎだ。余りうるさくすると、近隣から苦情が来るからな。

 このアパートは学生用ということもあり、同じ大学の学生も多い。できればトラブルは避けたい。

 深呼吸を数回繰り返し、改めてメールを見る。

 うん、間違いない。そのメールはオークションの落札者に届けられるもの。つまり、俺があの聖剣を落札したのだ。

 後は通常のネットオークション同様、支払いなどの手続きを済ませる。これで数日待てば俺の手元にあの聖剣が届くだろう。

 そういえば、出品者ってどんな人なんだろう? やっぱり、あの聖剣を作った当人なのかな?

 出品者の評価などを確認してみるが、これまでの評価は見当たらない。もしかすると、今回が初めてのオークションへの出品なのかも。

 出品者も気になるが、それよりもやはり聖剣だ。早く現物をこの手にしたくて、その日はわくわくし過ぎてなかなか眠れないほどだった。



 そして数日。遂に俺の元に宅配便が届いた。もちろん、中身はあの聖剣である。

 運んで来た兄ちゃんが示す伝票に印鑑を押し、俺はにまにましながら宅配便の箱を抱える。

 うん、なかなかしっかりと梱包してあるな。よし、梱包状態は「大変よろしい」をあげようじゃないか。

 逸る心を抑え込み、俺は慎重に梱包を解いていく。中身は10万もする聖剣なんだ。下手に傷でも付ければ目も当てられない。

 段ボール箱を開け、梱包材に包まれた聖剣を取り出す。

「おお……」

 同時に、俺の口から声が出た。遂にあの聖剣が俺の手の中にあるのだ。

 持ってみると結構重い。予想ではもっと軽いかと思っていたんだが……この聖剣、もしかして金属製? てっきりFRPとかでできていると思っていたのに。

 だが、この重さが逆にいい。俺はゆっくりと梱包材をはがし、遂に念願の聖剣を直接手にした。

「……これが聖剣……すげえ、思ったよりずっと格好いい……!」

 革製らしき茶色い鞘に収まった、黄金の鍔と柄を持つ聖剣。左右に大きく張り出した鍔が、実にいい感じだ。

 更に俺が気に入ったのは、柄頭にあしらわれた宝玉。薄い青色の丸い宝玉が、なんともヒロイックな雰囲気を醸し出している。

 梱包されていた段ボールの中には、この聖剣を腰に吊るすためのベルト──剣帯って言うんだっけ? それも付属されていた。はは、この出品者、実にいい仕事をするね。

 早速、俺は剣帯を腰に巻き、聖剣を腰に佩いてみる。

「うわぁ……」

 どうしたって、気分は高まる。こうして聖剣を実際に腰に佩いてみれば、自分がどこかの戦士か騎士にでもなったみたいだ。

「……よし、いよいよ抜くぞ……」

 俺は右手で柄をしっかりと握り、左手で鞘をぎゅっと掴む。そして、遂に俺は聖剣を抜いた。

 かしゃん、という鞘走りの音と共に、聖剣は難なく抜けた。窓から差し込む陽の光を受けて、銀色の刀身がぎらりと輝く。

「この刀身、やっぱり金属製だ。でも、鉄じゃなさそうだな」

 鏡のように輝くその刀身を見つめ、俺は呟く。

 鉄にしては全体の重量が軽いんじゃないだろうか。おそらく、聖剣の重量は鞘を含めても1キロ前後ぐらいか。もっとも、俺は本物の剣なんて握ったこともないから、この重量が本物の刀剣類と比べて重いのか軽いのか判断できないけど。

 俺は聖剣を鞘へと収め、剣帯ごと腰から外す。

 早速、ネットオークションのサイトに商品に対する評価を書き込まないと。もちろん、評価は最高の評価だ。

 オークションサイトに評価や感想などを書き込んだ俺は、再び聖剣を手にしてにまにまと一人悦に入っていた。

 この聖剣、どうしようかな? このまま箱に入れてしまっておくのは勿体ない。壁にかけて飾ろうか? それとも、飾り台のようなものを探してきて、そこに立てかけてみるのもいいな。

 部屋のどこに聖剣を飾れば最も見栄えがいいか、などと考えつつ、その日はずっと聖剣を腰に佩いたまま過ごした俺だった。

 もちろん、家の中でだけだぞ。


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