第8話 迫るタイムリミット!

 ヤギの家に向かって走りながら、俺は訊く。

「ところで、見たい番組って何時から始まるんだよ?」

「8時なんだけど、げっ、ヤバいね」

 マジか!?

 それって一時間後じゃねえかよ!

「私も全力で協力するから、アンテナ作りをお願い!」

「お、おう!」

 こりゃ少しも時間は無駄にはできないと、俺は頭の中で段取りを考え始めた。


「ただいま!」

「おばさん、お邪魔しますっ!」

「あら? 元気君じゃない。久しぶりね」

 俺だって久しぶりだ。ヤギの家に上がるのは。


 俺たちは階段を上ってヤギの部屋に入る。

 すかさず俺はヤギに指示を出した。この部屋懐かしい〜、と感傷に浸る時間はない。

「まず、カスピルウォーターをコップに開けて、缶を洗って、万能ハサミと一緒に持ってきてくれ。俺はその間に、その他に必要なものをメモしてるから」

「わかった!」

 普段だったら、ヤギにこんな風に命令したとたん「嫌よ」とふてくされるところだ。

 今は彼女だって必死なんだろう。

 制服のスカートを揺らしながら部屋を出て行く後ろ姿を見ながら、いつもこんな風だったらいいのに……とチラリと浮かんだ雑念を俺はすぐさま頭の中から振り払う。すでに時計は7時30分を回っていた。


 俺は鞄の中からノートを出し、スマホで参考サイトを見ながらメモを書き始める。

 ——ハンガー、アンテナ線、金属クリップ、ガムテープ、その他工具一式。

 これだけあれば、地デジアンテナが作れるはずだ。


「缶、洗ってきたよっ!」

 メモを書き終えたと同時に、ヤギが部屋に飛び込んできた。

 右手に洗ったばかりの缶とタオル、左手に万能ハサミが握られている。

「サンキュ! 引き続きで悪いんだけど、このメモの物もよろしく!」

「うんっ!」

 駆けていく彼女の背中。なんだかこういう共同作業っていいな……と思ったのも一瞬だけにしておいた。すでに時計は7時37分を回っている。


 俺はカーペットの上にタオルを敷いて、その上にアルミ缶を置く。そして万能ハサミを握り、思い切ってハサミの刃を缶に突き刺した。

 プスっと鈍い音がして、ハサミの刃がアルミ缶に吸い込まれていく。

 普通だったら缶の外側にちゃんと線を引いて、それに沿って切っていくところだろう。

 でも今は一分一秒が惜しい。たとえ不細工でも、テレビが写ればヤギも許してくれるはず。


 俺は3センチくらいの幅で、アルミ缶を縦に切っていく。

 手を怪我しないよう、細心の注意を払いながら。

 細長いアルミ板を2枚作ると、定規で長さを測り、両端をハサミで綺麗にそろえてピタリ15センチにした。


「ハンガーはこれでいい?」

 戻ってきたヤギが手にしているのは、クリーニングでもらえるプラスティックのやつだった。

「それで十分だ。サンキュ!」

 俺はヤギからハンガーを受け取る。

 違う、木のやつ! という古い映画のセリフがチラリと頭に浮かんだが、そんなジョークをかます余裕はない。すでに時計は7時50分を回っていた。


 俺はガムテープを使い、ハンガーの長い直線部分に2枚のアルミ板を並べて貼り付ける。両者の間を数ミリ開けながら。

 そして受け取ったアンテナ線の端を切り、同軸ケーブルの軸線と網線を出す。

 最後に、その軸線と網線をそれぞれ右と左のアルミ板にクリップで固定した。

 

「できたっ!」

「おおっ、完成ね!」


 このアンテナをテレビに繋げば映るはずだ。

 参考にしたサイトが正しければ、の話だが。

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