第一話 フードコートで受験勉強

 僕がフードコートで受験勉強を始めたのは、ちょうど一ヶ月前、夏休み初日のことだった。


 ――受験は、高三の夏休みが勝負を分ける。


 耳にタコができるくらい聞かされた言葉を、噛み切れずにいつまでも口の中に残っている肉のように苦々しく感じながら、僕は自室からぼんやり朝の空を眺めていた。

 飲み込みたいのに、飲み込めない。

 いや、飲み込んだら負けじゃないかと思うくらいの根拠のない抵抗感に、僕はもどかしく夏休みの初日を迎えている。

「あちぃ……」

 今日も外気温は三十度を超えるだろう。

 図書館は涼しいけど、あのギスギスした雰囲気と圧迫感が耐えられない。

 だから僕は、近所にできたばかりのショッピングモールを目指すことにした。


「おおっ、これは!?」

 ショッピングモールの三階にある広いフードコート。開店時間とほぼ同時だったから一番乗りに近い。

 家族と来たことのあるお昼時とは大違いだ。

 あの時は人が一杯で、席を取るのも大変だった。ごちゃごちゃして窮屈な場という印象しかなかった。

「パラダイスじゃないかっ!」

 人が少ないことが、こんなにも快適に感じられるなんて。

 広い空間。どこに座ってもいいですよ、と僕を歓迎してくれるテーブルや椅子たち。

 まるで、この空間の王様になったような気持ちを僕は味わっていた。


 とりあえず荷物を置いて、ファーストフード店でコーヒーを買って来る。

 選んだのは、窓際に広がるカウンター席の端っこ。なんだか僕専用の特等席のように見えた。

「意外といい場所だ……」

 窓からは僕の住む街が見渡せる。

 採光には工夫がされていて、直射日光が当たることもない。


 今日はこの場所に夕方まで粘ろうという魂胆だ。

 フードコートに面するお店で飲み物を買っていれば文句は言われまい。昼食だってここで調達するつもりだし。

「それにしても広くて気持ちイイ!」

 僕は小さくノビをすると、両手を広げてカウンターにうつ伏せになった。そして木目調の真新しいプラスティックのカウンターに頬ずりする。図書館なんかよりも、こちらの方がずっといい。

 早速僕は、教科書と参考書やノートを広げ、カウンターを贅沢に使いながら問題集を解き始めた。



「ふわぁぁぁぁ……」

 勉強に集中していると、いつの間にか夕方になっていた。

 僕は両手を広げて派手にノビをする。声も少し漏れてしまった。図書館でここまでやると目立ってしまうだろう。


 それにしても、こんなに勉強がはかどったのは久しぶりだ。

 懸念していた昼食タイムも、そんなには混雑しなかった。おかげで、ずっと教科書と参考書を広げたままで特等席を独り占めすることができた。

 唯一の問題は、食費やコーヒー代がかかることだ。

「でも、これだけ勉強が進むのだから……」

 親を説得できる自信はある。

 それに、塾や予備校に通うよりは安上がりのはず。この勉強法で僕の成績が上がれば、の話だが。

「だったら明日からも頑張らなくちゃ!」

 僕は、夏休み中はずっとここで勉強を続ける決意を固めていた。

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