Crazy Psycho Story

もみあげマン

継続を捨てる少女

「私、未来継続を操作できるの」


「は……?」


少女の突拍子もない発言に対し、隣を歩く青年は首をかしげるほかなかった。


「ミスキ、それは」


「そのままの意味だよ。

私、嘘をつくのは好きじゃないから。

信じられない?」


「だ、だって……僕らは出会ってからまだ数回も会ってないじゃないか。

僕はまだ、君を信じられるまでのプロセス手続きを踏んでない」


彼が眼前の少女──ミスキと言葉を交わすに至ったのは偶然の産物による。

待ち合わせしていた相手からドタキャンされ、これからどうしたものかと思考を巡らせていた青年。

そのような状況下に置かれた彼が、たまたま見ず知らずの少女に声をかけられた……ただそれだけの話。


(そりゃ、可愛い子だなと思ったし、お近づきになれたらとも考えたけどさ)


青年は青春を謳歌したい人間の1人であり、自らの嗜好に合致する少女からの誘いとあっては断れるはずもなかった。


『来週もまた、会えないかな?』


『うん、また、この時間にこの場所で』


短い時間を共に過ごし、言葉を交わす中で淡い感情を自覚した青年は再会を乞い、少女は受け入れた。

それが彼と彼女の始まりであり、繰り返されてきた再帰的なやりとり。

青年が思い描く青春ストーリーアルゴリズム


だが、あと何度かは繰り返されるだろうと考えていた行動ステップ実行は、今しがた少女によって狂わされたバグった


(ここで、どう切り出せば良いんだ……?)


異性との接点が少ない青年にとって、少女が望む回答を用意することなど至難の技である。

もっとも、こんな状況で満点の回答を引き出せる男性は世の中に存在するのかあやしいところではあるのだが。


「やっぱり信じられない、かな?」


「いや、その、ごめん。

困らせたかったわけじゃないんだ」


うつむく少女に対し、青年はあわてて謝罪を口にする。


ミスキのこんな顔が見たかったわけではない。

彼女を否定したかったわけでもない。

好きな子が提供してくれた話題を拒絶したかったわけでは、断じて、ない。


「信じないわけじゃないんだ。

ただ、今の僕が肯定しても薄っぺらいんじゃないかなって」


「……」


「もっと君のことを……お互いのことを知ってさ。

そうしたら、上辺だけじゃなく、真実のtrueな君を理解できると思うんだ」


だから時間が欲しいと、青年は少女に願った。


「拒絶じゃ、ないの?」


伏せていた顔を上げながら、ミスキがぽつりと呟く。

驚きで彩られた表情から繰り出された問いかけは、僅かながら困惑の音色を含んでいた。


「保留、かな。

受け入れるか拒絶するか……それは君のことをより知った探索した時に決める。

それじゃ、駄目かい?」


「私が今、ここで打ち明けたことについては考慮してくれないの?」


「それを鑑みた上でも、やっぱり待って欲しいと思った。

時間をかければきっと、公正に判断判定できるようになるはずだから」


青年はただまっすぐにミスキを見つめる。

眼前の少女が冷静に、正しく物事を判断してくれるようにと信じることにしたのだ。


「そう、なんだ。

それじゃあ──」


故に、嬉しそうな声音を奏で始めた少女の姿に安堵してしまった。

それが、合図だとも知らずに。


「──残念」


少女の諦観とも取れるため息が漏れると同時、青年の中で何かが砕け散った。


「え?」


間抜けな声を出しながら、青年は地面に倒れ伏した。

だが、視覚が途切れ痛覚が反応しなくなった青年は、自分の状況を全く飲み込めない。


崩れ落ちた青年を無感情に見下ろすミスキ。

その視線は、壊れて使えなくなった消耗品を眺めるかのごとく冷めきっている。


「必要のない未来継続は捨てられる……これって当たり前のことなんだよ?」


己の身に何が起こったのか──そんなことすら把握できない青年に対し、少女は説明を始める。

理解できない、そう表情で語る青年に対し淡々と事実をぶつけていく。


「君の待ち人は条件を満たさず消え去った。

だから私は君という次の計画に移った。

君と私は、あの場で出会うべくして出会った。

ここであの話を切り出すために」


狂ったバグではなく予定調和仕様だったことを突きつける。


「君は岐路に立たされた。

そして受け入れた。

結果としてこの状況がある」


これは現実なのだと、地面に転がる青年に言い聞かせる。


「君という未来継続は否定された。

それでも生き残りたいなら……世界計算回帰resetさせるしかないんじゃないかな」


そんなことできるならね、と少女は口を歪ませる。


青年の姿は既にない。

存在理由を失ってしまった彼は既に掃除ガベージコレクトされてしまった後だった。

この世界に彼の痕跡はすでになく、やがてミスキの記憶stack traceからも消え去ることだろう。


「あーあ、今回も失敗しちゃったね」


ミスキは己の失敗を他人事のように嗤った。

その口ぶりは1人の人生を消し去ったとは思えないほど軽やかだが、笑い声に余裕はない。


「今度はちゃんと未来継続を操作できるって伝えたのになぁ。

前回よりはマシな反応だったけど、続行を望むcontinueなんていただけないよ」


一人の青年が抹消される結末に至った、そう考えるミスキの心情には悪意もなければ善意もない。

消え去った未来継続に割ける思考リソースなど彼女の中には存在しないというだけの話。


なぜなら、ミスキは。


「誰か……私を、限られた未来限定継続から救い出してよ……」


未来を選べるからこそ、彼女は世界に囚われ続けているのだから。

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