第1-4話 それは、誰もが手にするソラノカケラ
大吾の家はマンションの1階、1番奥にある。
隣は階段となっており、孤立している印象を持つ入口だ。
玄関を開ければ真横に扉が1つあり、目の前には人2人が通れるぐらいの廊下にキッチンが右横にある。
廊下の左横には扉が2つ、正面にも扉が1つ。
正面の扉を開けると部屋の大半を占める大きさの階段タイプのロフトベットがあり、その下には大きめの椅子とテレビ、パソコンが置いてある。
テーブルは4台あり、うち2つはパソコンとテレビの台となっているが他の2台はキャスターを付けてあって移動が可能なようだ。
入り口の真横にはクローゼットがあり、ロフトの奥には本棚が置いてある。
本棚の隣が大きめの窓とさして広くはない空間ではあった。
「…………小さいのね」
「部屋を見渡してから何で俺を凝視して言うんだよ」
「まあ1人暮らしだとこんなもんだよね。寧ろ快適そうに見えるけどな。あれ、本棚スッカスカじゃん」
「あんまり本も読まないから。本棚というか棚のつもりで買ったぐらいだし」
大吾はK東地方に来てからは仕事の忙しさも手伝ってあまり自分の時間を取っていなかった。
実際本を読む方ではなかったが、一応購入することが多いタイプだったので棚も用意したのだが、その余裕さえ無い。
「しょうがないわね。明日黒峰に言ってゲームストやアルカルディア、エレ通などなどの私のコレクションを持って来させるわ」
「うわっ、なんか相当凄いコレクションな気がするんだけど! オレも読んでいいよね?」
「ええ勿論。1ページ300円で良いわよ」
「お金を、しかも1ページ毎に取るんかーい!」
2人のやりとりを見ながら、大吾はこれから彼女たちが何をするつもりか未だに理解は出来ていなかった。
勿論GS4を買わされた時点でゲームをするのだろうが、彼女たちは自分のを持っていそうだとも感じている。
ならば何故大吾は買わされたのか、分かっていなかった。
「じゃあ、セッティングしてしまいましょうか。あ、大吾さんはお風呂にでも入って今日の仕事の疲れを癒して来て頂戴。それともお背中、いえ、隅々まで洗いましょうか?」
「そのサービスオレがして欲しい!」
「分かったわ。黒峰を呼んであげる。彼、スーツで見えないけど結構筋肉質なのよ。力一杯たわしで洗うように言っておくわ」
「だから何でオレには辛辣なのさ!」
そんな2人のやり取りを見ながら大吾はとても不安を感じていたが、それを汲取ったのか、梓は大吾に向き直ると、優しめに微笑んだ。
「大丈夫よ大吾さん。少しやりたいことがあるの。だから、お風呂に突撃ドキドキパニックイベントは次回に持越しよ」
「そんなイベントが起きない方が良いんだけど…。取り敢ず本当に辞めてよ」
そう言残して、行く分か不安を感じながら大吾はお風呂場へと向っていった。
梓たちが何をするのかさえ分っていないが、別段大吾は気にしていない。
恐らくはゲーム機に関することだろうと思っているからだ。
事実、それは間違っていない。
梓は由貴と強力してGS4の置場とアケコンの置場をセッティングしているのだ。
GS4は熱が籠らないようにスチールラックに乗せて通気性を良くし、アケコンもスチールラックの上だが動かないように固定をしている。
テレビの正面にある椅子に座って出来る高さに調整し、通常のコントローラーなども置けるようにフック付きの籠も用意してラックの横に取付けていた。
時間にして20分弱、大吾は梓たちが気に成ることもあって早々に切上げてお風呂から出てきたのだ。
スーツ姿から着替えてラフなシャツにジャージといかにも家の中でしか着ない服という出立ちだ。
「お帰りなさい。さ、そしたらこっち座って」
梓に誘導されて自分の椅子へと座らされた大吾。
目の前にはボタンが8つ付いていて、レバーがある箱がある。
絵でしか見てなかったが、先ほど買ってきた奴かと大吾は早々に理解はしたものの、これが何なのかはイマイチ分っていない。
強いて言うならゲームセンターで触ったゲームのコントローラーと似ていると感じることぐらいだろう。
「スティール バトラー、通称SBはesリーグの格ゲー部門で使われる正式タイトルの格闘ゲームよ。大吾さんにはこれからこれを特訓してもらうわ」
「格闘ゲームは初心者お断りとか言われたりするけど、そんなのやってみたら案外初心者ばかりじゃん! って思えるから硬くして構えなくて良いからさ。木辛みたいなリアル美人JKに教わるなんて、一生使ってもあり得ないぐらいのことだから。オレと変って欲しいよ」
「ならそうしましょう。これからやる精神的鍛錬である百足を身体中に這わせる特訓は覇王がやるのね」
「格闘ゲームと絶対関係無い特訓キタ! ただの苛めだから!」
梓はそんなやり取りをしながらでも手を休めずに着々と準備を始めていた。
ゲームは既に起動しており、アカウント名に『ニセハラ ダイゴ』と書かれている。
ニセハラとは何だ? 打ち間違えか? と大吾は思ったが、特段気にせずに質問もしなかった。
そして画面が切り替り、スティール バトラー 通称SBの画面へと切り替っていく。
「まずはシステムの説明からかしら」
「格闘ゲームでシステムって意外と大切だからね。オレも最初の頃ないがしろにしてたけど、理解しているのとしていないのじゃ全然違うし」
「五社の良いところをシンプルに詰め込んだ作品だから難しく考えなくていいわ」
慣れた手つきで梓はアケコンを操作し、トレーニングモードを選択。
カーソルを動かすことなく、迷ったり選んだりせずにライガにしたが、そこで動きが止まった。
「…大吾さん、コマンド苦手だったわよね」
「梓さんにやらされて初めてやっただけだけど、あんまり上手くはいかなかったよね」
「……ここは変えた方が良いかしらね」
そう呟くとキャラクターを変えて渋い男性を選択した。
その男性はサングラスをかけ、モヒカンのような髪型の金髪。
ドックタグを付けていることから軍人なのかもしれない。
厳つそうな肉体をしているので一般人とかそう言うオチは無いだろうキャラクターだ。
「キャラクターに関しては後回しで良いから。まずはシステムよ」
「なら何で選びなおしたのさ」
「揚げ足とってると衣に包んで揚げるわよ覇王」
「物理的に揚げられる!?」
スタートボタンを押して設定を弄り、ゲージがマックス状態を保持にした。
そしてトレーニング相手も2Pで動かせる様にすると、普通のコントローラーを覇王に渡した。
「分かってるとは思うけど」
「システムを教えるんでしょ? 大丈夫大丈夫。覇王さんに任せなさい」
「………まあ良いわ。攻撃ボタンが四つある事は話したわよね。今回話すのは共通システムのことよ。まずは硬直、キャラクターの動作している間なのだけれど、動くことができないの」
「例えばこうやってハイキックしてる時にパンチボタン押しても蹴り終わるまでパンチしないでしょ? このキックが終わるまでを硬直って言うんだよ」
キックをしたキャラクター、ライガは確かにハイキックをして1回転した後に両足が地面に着くまでパンチを出さなかった。
その間由貴はパンチボタンをうるさいくらいに連打していたのだが、キックが終わるまではパンチは出していない。
硬直は各動作ごとに設定されているので短いものや長いものもある。
しかし、今の説明としては硬直というものが何かさえイメージできれば良いので細かくは説明をしていない。
「硬直している間は他の動作が殆ど出来ないのよ。例えばガードも出来ないわ。硬直の細かいことやフレームに関しては後回しにしておくわね。流石にそっちは初心者が理解するのには難しいから」
「それはどうも。で、硬直ってのがあると変に攻撃出来ないんじゃないの」
「攻撃しないと勝てないじゃ無いの。大吾さんってば、お茶目なのね」
「……絶対お茶目とは違うと思うんだけどなぁ、オレは」
それとなく寄り添ってくる梓が腕に絡んでくるのを肘で離そうとしつつ、大吾は考えていた。
硬直している間はガード出来ないのならば危険なのでは無いかと思うからだ。
でも梓の言う通り、攻撃をしないと勝つことは出来ない。
つまりは…
「相手の硬直を狙え、ってこと?」
「そうだよ。そんなにチャンスは無いかもだけど。硬直中に確実入れるって言うのは確反、確定反撃って呼ぶんだけど、それは大チャンス」
「勿論相手もそれを狙うから、その為のシステム。プレイキャンセルよ」
梓は由貴を一瞥すると、由貴も理解したようで再度ハイキックをした。
が、ライガのハイキックが頂点に達したあたりで由貴はボタンを押した音がすると、ライガの中心から緑色の縁が発生すると真っ直ぐに立っている、最初のポーズに戻っていた。
「通常攻撃のみしか使えないのだけれど、これを使うと瞬時にニュートラルポーズに戻るの。硬直が長い攻撃をして、ガードされちゃうとさっき覇王が言った確反されちゃうから、これで危ない時は防ぐわ。やり方は攻撃中にボタンを3つ同時に押すだけ」
「これが使えればひたすら攻められそうだね」
「いやいやそうでも無いから。木辛、ゲージをマックスじゃなくて最大値にして見せた方が良いよ」
「そうね。口で言うより見せた方が分かりやすいものね」
そう言って梓は設定を変えた。
ゲージに関する項目を、無限となっていたものを1つ下げて100%という数字に変えた。
戻るとライガはまたハイキックをし、緑色の縁が発生した後にニュートラルポーズみ戻った。
「さて、分かるかしら」
「分かるかって…… さっきと同じにしか見えないけど」
「さっきゲージを弄ったんだからそこ見ようよ」
「ゲージ? ライフは満タンだけど…?」
「そう言えば初心者なんだっけ。ゲージって言ったら画面下の赤色で満タンになると青色になるこっちだよ」
言われた方を見てみると左右に1つずつゲージがあり、左の
1P側は青色の満タンのゲージ。
右側には半分減っている赤色のゲージがある。
「このゲージを半分使うってことなのかな?」
「ええ。だから連続して使うには最大2回までなの」
「ついでにそのゲージの上に黄色い細いゲージがあるでしょ? そっちもゲージなんだけど、トリックゲージって言うんだ。っと、木辛、こっちの説明良いよね」
「そこまで言って後ににはし辛いわよ。そのプレイキャンセル、通称プレキャンは通常攻撃にのみキャンセルをかけられるんだけど、こっちはトリックキャンセル。通称トリキャン。技から技へのキャンセルが出来るのよ」
そう梓が言い終わると、由貴はライガで電撃刃を打ち出した。
打ち出した直後にライガが黄色く光ると旋風コマンドで出る飛雷進を出して飛び道具を追いかけるように飛び浴びせ蹴りを行なった。
「基本はコンボで使うんだ。ゲージの半分を使うからこっちも最大2回」
「プレキャン、トリキャンは今後絶対使う要素だからちゃんと覚えておいてね」
「トリキャンはニュートラルポーズに戻らないんだな」
「あくまで技から技に繋ぐだけだから。欠点はゲージが溜まっていると意図しなくてもトリキャンしてしまうことがあることかしら。上位の人でも牽制の時や迎撃だけの時は技の硬直後に技っていう連携を使わないようにしている人もいるぐらいよ」
「あと同じ技は出せない。雷撃刃の後に雷撃刃とかはムリだよ。それに技の後に通常攻撃や投げもダメだよ」
つまり、技の後の隙を消すようなフォローとしては使いにくいシステムと言うことだが、大吾はそこまで理解できていない。
出来ていないが、何が可能で何が不可能かだけは理解した。
そしてそれだけで十分なのだ。
「次はラースよ。ライフが30%を切ったら勝手に発動するわ」
「ま、これも見せた方が早いよ。の、前にていてい」
不意に由貴が操るライガが梓の操るキャラにパンチを2発打ち込み、飛龍拳で打ち上げた。
そしてライガの全身が黄色く光ると雷撃刃を打ち出し、落ちて来たキャラはそれに引っかかってダメージを与えた。
「左のキャラのライフの下に数字が出たでしょ? トレーニングモードでしか出ないダメージ数値。今ので36ってのだけ覚えておいてよ」
「次やる時1発で決めないとケツバットよ」
「簡単なコンボだけども叩かれたくないんだけど!」
「叩く? 何をいっているのよ覇王。入れるのよ」
「余計に嫌だ!!」
そんな賑やかな会話の中、少しもニコリともせずに本当に機嫌でも損ねたような表情の梓は無言で設定を弄る。
ライフの項目を30%と29%に変更して再開すると梓のキャラには変化が無いが、由貴のライガには変化があった。
正確にはそのライフバーに、だが。
ライフバーが赤く点滅するようになったのだ。
「これがラースよ。簡単に言えばいっぱい殴られた怒っていつもより力が発揮してます状態」
「単純に全ての攻撃が1.2倍になるんだ。だから、さっきと同じコンボでも…!」
また由貴が操るライガかパンチ2発に飛龍拳、黄色く光って雷撃刃を出した。
全てがヒットした梓のキャラはライフがほとんど見えないくらいに減ってしまった。
そして先ほど36と書かれていた場所には40と書かれている。
「…? 1.2倍じゃないのか? 36の1.2倍だと43ぐらいだろ」
「コンボには倍率ってのがあって素直に1.2倍されないんだけど、まあ気にしないって方向で」
「これがあると倒しきれなかった相手でも倒しきれるようになったりするから要注意。これに対抗するにはボムが大切になるわ」
そう言うと敢えてライガに近付いてから梓はボタンを4つとも押した。
すると梓のキャラの中心に爆発が起こり、ライガは吹っ飛ばされた。
「本来はコンボをされている時にやるの。そうすれば逃げられるから」
「わざわざ当てに来なくても良いのにぃ!」
「逃げる時… そもそもコンボって?」
梓と由貴が同時に、それこそ芸人のようにすっ転んだ。
最も、梓はアケコンを膝に置いていたので肘をカクッとした程度だし、由貴も椅子から少しはみ出たぐらいではあるが。
「えっと、そうよな。知ってて当たり前じゃないものね。格ゲーマー同士での付き合いが長いから専門用語なことだと完全に失念していたわ」
「まあ連続攻撃ってこと。さっき話した硬直だけと、殴られても硬直が生まれるんだ。その硬直の間に次の攻撃を当てていくことをコンボって言うんだ」
「コンボ中は相手のミスか今のボム以外では大人しくダメージを受けるしかないの。格ゲーはこのコンボをいかに多く、効率的に相手にぶつけていくか、って言うものなのよ」
「差し合いで飯食ってる人もいるけどねぇ」
ライフをゼロにするには少ないチャンスで大ダメージを与えることが必要不可欠。
故に何度も攻撃を叩き込むコンボだ。
差し合いはギリギリの間合いで攻撃を先んじて当てたりすること。
そこからコンボに持っていく人も、一撃が大きいからとそれを繰り返して倒そうとする人もいる。
ゲームにもよるが、差し合いがメインの格ゲーは昨今姿を消し気味で、数は少なくなってきている。
これが先ほどのラースと組み合わさればその威力は凄まじく高いものとなる為、逆転性の高いゲームとしても知られている。
「おおまかに言うとシステムはこの辺を覚えておけば良いわ」
「まあ基礎の基礎だけど、結構大切だから。土台あってこそだし」
「他にもガーキャンとかシールドとかあるけど、一気に詰め込んだら可哀想だし、何よりゲームを楽しむにはキャラを動かさないと、ね」
そう言って梓はアケコンを大吾の膝の上に置くと至近距離でウィンクをした。
何と無くイケないことをされた気になり、大吾は視線をそらすと、楽しそうに微笑む梓が視界に入り、余計に恥ずかしさが増した。
集中すればきっと大丈夫。
そう言い聞かせる大吾の視線は未だに手元のレバーであった。
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