第1-3話 求めるものは、「最強」と言う名の称号

指定された次の日、大吾は憂鬱なままであった。

同僚にも相談できず、かといって一方的だったとは言え約束した以上はすっぽかす事など出来ない生真面目さのせいで、盛大にため息をつきながらゲームセンターの最寄駅に降り立った。

比較的混むこの駅は大勢が降りるので1番慣れにくい人混みの中、どうにか改札を出て左右を見渡した。

今日も平日なので梓は制服だろうと白いブレザーを目印にキョロキョロしていたが、まだいないようだった。

正確な時間を言われたわけじゃ無いから仕方がないが、大吾は今更そのことに気付き、困ったようだった。


「思ったより早かったのね。楽しみにしてくれてたのかしら」


不意に後ろから声をかけられて振り向いた。

その声は昨日の梓であることは振り返らなくても確信があったのでお金が欲しければ他の人を当たるように言うつもりで、大吾は振り返りながら口を開いた。


「梓さん、俺からおか…」


言葉を遮ったのは誰でも無く、誰もいない。

ただ梓の服装に驚いて言葉が消えてしまったのだ。

昨日の制服姿と打って変わり、白いワンピースにニーソックス。花柄のカチューシャを付けているが、彼女の肩までの髪型、ハイグラデーションボブなのでお洒落で付けているのだろう。服装にそぐわない大きめのボストンバッグには女の子らしからぬキャラクターの缶バッジが取り付いている。

清楚さを強く打ち出した姿に止まっていると、梓はクスクスと笑いだした。


「どうしたの? 気持ち悪いものを見たような顔しちゃって」

「い、いや、その、ず、随分様変わりしたなって」

「似合わなかったかしら?」

「いやいや。何でも着こなせるんだね梓は」

「その言い方。まるで援助交際するおじ様がご機嫌を取ってサービスして貰おうとしているみたいよ大吾さん。ありがとう」


凄く嫌なイメージを付けられた気がするが、大吾はそれ以上触れないことにした。

何を言っても梓に勝てる気がしないからだ。


「じゃあ行きましょうか」

「何処に?」

「何処って… フフッ、こっちよ」


ボストンバッグを投げて来たので慌ててキャッチするとその隙をついて大吾の右腕に梓は絡まってきた。

ワンピースという薄い生地の服装のせいで昨日の制服よりも温もりも柔らかさも伝わってきて、暑いからと上着を脱いでいたことを大吾は後悔した。

彼も男なのだから、警戒していようが何だろうが美人な子に密着されて照れも生まれるし焦りもする。

意味深な態度ならば平気な彼だがストレートに来られると流石にダメなようだった。

引っ張られて到着したのはゲーセンからほど近いゲーム屋だった。


「ここは?」

「ゲームショップΛよ。私はよく来るわ」


3階建ての建物で、入り口周りにはゲームの宣伝が流れるモニターが3台。

1階は各ハードに分けたゲーム売り場となっており、レジ前にはゲーム機器なども売っている。

梓は少しの躊躇も探すそぶりもなく、GS4のソフトの棚からスティール バトラーを抜き、レジに進んでいく。


「いらっしゃい」

「これと、GS4本体を1つ。あとアケコンは… この鷹は二つあるかしら?」

「1つはサイレントになるけど良いかい?」

「構わないわ」


レジでの店員と梓の会話は大吾には全く理解できなかった。

が、取り敢えずゲームを買おうとしているのだろうと静観していると、梓が振り返り、手招きを始めた。


「どうしたの?」

「どうしたのじゃないわよ。ほら、支払い」


大吾は一歩下がったが、咄嗟的に梓は腕を掴んで離さなかった。


「いや何で俺が君に買ってあげないといけないんだよ」

「私は持ってるからいらないわよ。これは大吾さんの分よ。自分のなんだから自分でお金は払うべきだわ」

「それは俺もそう思うけど、俺のを買うってのに相談もないのは酷くないか?」


梓に引っ張られる腕を引っ張り返して抵抗をしてみせる大吾だが、梓が諦める雰囲気を見せないので少し諦め気味であった。


「家で練習できるじゃないの」

「そんなにやりたいなんて言った覚えないんだけどな!」

「今ならリアルJKまで付いて来るお得キャンペーン実施してるんだから腹をくくりなさい。なんなら脱ぎたてショーツまでお付けしちゃうわよ」

「どんなキャンペーンだよ!?」


大吾としてはゲームを買うぐらいならば最悪良しと思っていたのだが、この会話のせいで、まるで梓目当てで購入したかのようになるのは流石に頂けないと考えていた。

これならば純粋にねだられた方が幾分かマシだったと思っている。

何故なら店員や後ろにいた他の客まで、大吾と梓の関係を怪しんでいるからだ。

今日は制服ではないがリアルJKと発言した梓に、明らかに会社帰りのスーツ姿の大吾。

援助交際を疑われかねない組み合わせだ。


「仕方がないわね。毎日大吾さんを裸エプロンでお出迎えして『台所でする? お風呂場でする? それともコ・コ?ってしてあげるわ」

「一般的なのと微妙に違うからね、それ。と言うかそう言うことしないのらば買うよ。だから絶対やめてよ」


大吾は渋々レジの前に立った。

レジに表示されていた金額は、明らかに尻込みするような値段であったが、意を決してカードを出した。


「一括払いで」

「まいどありがとうございます!」

「はぁ… 梓さんも本当にやっちゃダメだからね」

「ええ。裸エプロンはやらないわ」

「裸エプロンは、じゃなくてさっき言ってたサービス全てだ」

「勿論。裸エプロンを辞めてニーソックスも履くことにするわ。裸エプロンじゃなくなるけれども、フェチ度はアップするものね」

「あのなぁ!」

「あら、怒られる筋合いは無いわよ。だってさっき言ってたことは辞めるんですもの。約束はちゃんと守っているわよ」


大吾は頭を抱えたが、これ以上喋ればもっとひどい状況になりそうな気がして購入させられたGS4とアーケードコントローラー、アケコンを持った。

しかし、アケコンは2つあるが、片手に2つ持てるほどに小さい代物では無い。

梓がニマニマしながら1つを持った。


「あら大変。大吾さんったら買い過ぎで1人じゃ持てないじゃない。大吾さんの大誤算、かしら?」

「買わされたの間違いだし、オヤジギャクはオヤジが言うもんだ」

「これは仕方がないからお家まで運んであげないといけないわね。仕方がないからよ、仕方が無いから」


最初からそれが狙いだったと言わんばかりの笑みに、大吾はため息をついた。

どう言った所で諦めなさそうな梓相手にどうしようかと考えたが、とてもじゃないが上手くいく気がしなかった。

渋々彼女に付いて店を出ると、急に梓は立ち止まったので、危なく大吾はぶつかりそうになった。


「おっと、危ないな。急に立ち止まるなよ」


それに答えない彼女の視線は店を出てすぐ右を見ていた。

視線を移すと、そこには右側は肩までの長さで、左側は肩に届かないというアシンメトリーな髪型で、その色は灰色。左前髪だけはピンク色に染めている、なんともパンクな髪型をした女の子が立っていた。

服装もパンク気味で手が完全に隠れるぐらいに袖が長い黒色のシャツには骨の手が胸に書いてある赤いハートを握りつぶしている。

濃い紺色のジーンズはダメージ加工がされているもので、黒いゴツゴツしたブーツ。

黒縁の眼鏡に帽子も被っているせいで女の子だと思うよりも先に男の子かと一瞬疑いそうになるような子だった。


「知り合いの子?」

「………」


梓は黙ってボーイッシュな子を見つめると急に踵を返して向いていた方向と逆に進み始めた。


「ちょっ、ちょっと! それは酷いでしょ! この前の返事を聞き」

「ごめんなさい断るわ」

「食い気味に断られた!?」


梓にしては珍しくめんどくさそうに手でシッシッとジェスチャーをして追い払おうとするが、相手の子は寧ろ距離を詰めて来た。


「なんでだい? オレの何が不満なんだよ」

「こう……なんていうか……言い表しにくいような……うーん…………… 存在?」

「全否定って! 小学校だったら学級会開いちゃう事案だからね?!」

「私、小学校とっくに卒業してるのよ。貴方と違ってね、覇王さん」

「オレだって卒業してるから!」


覇王と呼ばれたその女の子は少し涙目を浮かべ、肩が弱々しく震え始めた。

それを見てしまった大吾は再度歩き始めた梓とは逆の、覇王の方向に歩き出した。


「大吾さん?」


覇王の前にまで来ると、手に持ったアケコンを差し出した。

不思議そうに差し出されたアケコンと大吾の顔を交互に見比べる覇王に、大吾は


「重いんだ。持ってくれ」


と無理矢理押し付けた。


「えっ、えっ!?」

「さて、それは俺のだからこのまま付いて来てくれ。問題ないよな、梓さん」


いつの間にか足を止めて見ていた梓は観念したように両手を小さく上げた。


「大吾さんが良いならいいわ」


自分がやった手法で、招き入れた以上、梓には反対は出来なかった。


「ってことて、何に揉めてるのか知らないけど、仲良くしてくれよ」

「えっと、はい。どうも、です」


訳が分らないし、何だろうこの人、怪しいんだけど・・・ と言わんばかりの訝しみの表情を隠すことなく表に出す覇王と呼ばれた女の子は、大吾が思っていた程幼くは無さそうな印象を持った。

最初は梓と同い年かそれよりも下だと思っていたが、近付いてみると化粧もよくしており、カラコンで眼が青色になっている。

幼い顔立ちではあるのだが、雰囲気や警戒心の持ち方から梓よりも自分の年齢に近いのでは、という印象があったのだ。

勿論大吾の直感に近いことでもあるし、女性に歳を聞くのはマナーとして良く無いと思っているので確かめようとは思うことは無かった。

先に進んだ梓に追いつくと、黒塗りの縦長なベンツが横付され、扉が自動的に開いた。

大吾はそう言えばこの子お嬢様なんだっけ、と遅まきながら思い出し、乗込む梓の後に続き、覇王と呼ばれた女の子もその後ろに付従った。

中は座席がただあるような一般的な車じゃなく、冷蔵庫もあればL字に座るソファのような椅子だった。

手慣れた梓は横向きのソファの中央に座り、大吾と覇王はそれぞれ縦向きのソファの右と左に別れた。


「さてと、まずは覇王さん、で良いのかな? えっと、中国とかそっちの人なんですか?」

「ひえっ!? ち、違うよ! オレは日本人だし!」

「プレイヤーネームのことなのよ大吾さん。ゲームをやる時に名乗る偽名、いやペンネームって言った方がしっくりくるわね。本名でやる人の方が少ないのよ」


そう言って梓は不意に胸ポケットから一枚のカードを取出した。

黒が基調となり、赤色で炎の輪郭を描くように線が引かれたカードだ。

大吾は何か分らない様子だったが、その大吾の様子を見た覇王は顔を引きつらせた。


「うわ、この人これさえ知らないとか日本人なのかこっちが疑いたくなるんですけど」

「仕方がないでしょ。大吾さんは昨日初めてSBをやったぐらいの天然記念物なのだから。それでこのカードがSBをやる上でかかせないプレイヤーカードよ。ここに大吾さんの情報が全て刻まれていくの」

「それで、管理は国がやってるから国籍とリンクしちゃうから作り直しとかが効かないんだ。あれ、これ作る時に役所に行って話し聞かなかった?」

「まだ作ってないから」


役所までいかなければならないのは面倒だと強く感じる所だが、大吾としては別に無くても構わないとも思っていた。

これから長く続けていくか分らない上にゲームセンターでやるかさえ怪しい所だと感じているからだ。

が、梓はフフッ、と笑い得意げな笑顔を浮べて先ほど取出したカードを指に挟んで大吾の視線を遮るように見せつける。


「いえ、これが大吾さんのよ」

「・・・・・・いや役所とか行ってないけど?」

「あら、それよりリアルJKの胸ポケットで暖められて、今も温もりを感じるこのカードを早く取ってクンカクンカしなくて良いのかしら?」

「しないから・・・」

「えっ、しないの!? じゃ、じゃあオレ! オレがする!」

「黒峰、警察署は近くにあったわよね。1度そっちへ。変態を降ろして無い事無い事言って罪をでっち上げるわよ」

「せめてあることだけにしてよ!?」


賑やかだな、と思いつつ何で自分のカードを作ったんだと不思議に思っていると、梓はそれを察したのか、カードを大吾の手の平に無理矢理置いてから腕に絡まって真横へと座ってきた。

相変らずの薄着のせいで体温をよく感じてドギマギしてしまう大吾であったが、先ほどと違って間近に人がいる分目線を背ける程では無かった。


「GS4でやる時もこれを読込ませてやるのよ。だから大切なの」

「役所の件はどうなってるんだ?」

「ほら、手を煩わせる訳にはいかないじゃない? ちょこちょこっとアクセスしてデータを引抜いてコピーをしてプリンターしただけらしいわ。知らないけれど」


明らかに重罪を犯しているのだが、あくまで自分の罪ではないと言切る梓。

恐らくは実行した人たちも梓の名前を出すことは一切無いのだろう。

完全に戸籍を勝手に弄られたので良い気はしない大吾だが、それで悪用されているw明けでも無いからと取り敢ずは咎める気も、注意することも辞めておくことにした。

やぶ蛇かも知れないので突っつくことも遠慮する、慎重な性格をしているのだ。


「そう言えばペンネームなら覇王さんも本名は別にあるってことだよね」

「勿論。でもワザワザ教える必要は」

「倉木 由貴(くらき ゆき)でしょ。それも芸名なんだから、それぐらい自分で言った方が日本語の勉強になるわよ中国人の覇王さん」

「日本人だってば! それに一応芸能人なんだから簡単には・・・ね?」


そう言いながら大吾を見た由貴だったが、大吾はキョトンとしていた。

大吾はテレビも持って入るが、別段芸能人がどうとかに興味はなく、専らニュース専門なのだ。


「えっと、ごめんなさい」

「き、気にしないでよ! 何かオレが悪いみたいな空気になっちゃうし!」

「悪いみたい、では無くて悪いでしょ? その膨らみを感じられない胸を張って悪く無いだなんて見苦しいわよ」

「何で『キシン』はイチイチオレをディスらないと喋れないのかなぁ!」


キシン? と聞き慣れない単語を聞いた大吾はそこで訝しんだ表情を浮べた。

由貴はそれには気付かずに話し続けていたが、梓はすぐに気付いて、いや、由貴の話しを最初から受け流していたからこそ直ぐさまに理解できたのだ。


「キシンって私のことよ」

「会話の流れでそれは分ったけど、それが梓さんのペンネーム?」

「プレイヤーネームよ。樹木とかの木に辛いて書いて『木辛』。ほら、私の名前の漢字みたいじゃない?」

「何でそんな名前なのかと思ってたけど、梓って名前からだったのか」


梓という字を分けて木辛、それでキシン。

表示上では自分の名前が使われているが、会話したことがなければ誰も気付かないようなネームにしていたようだ。


「覇王ってのは何で?」

「いや〜、ネット配信してた時に付けてからずっと使ってて。何か強そうじゃん?」

「でも弱いのでしょう?」

「そんなこと無いから! ポイント8000溜めた中級者だから!」


ポイントという単語で大吾はまた頭を捻った。

ゲームの勝敗でポイントは付加されていき、そのポイントの総量が多い者は強者という構図も大吾は知らないからだ。

頭を捻っている大吾を見た梓と由貴はギャーギャー騒いでいたのがスッと止まり、お互いに大吾に釘付け状態に陥った。

ポイントのことなんか当たり前と言うよりも常識範囲内だった2人は衝撃的だったようで、少しの間口がパクパク動いて声にならないようだった。


「え、何?」

「何じゃなくて… 本当にこいつで良いのか木辛。オレの方が明らかに良いって」

「腕前や知識量で選んだわけではないのだけれど… 少し不安になって来たわ」


何だかとてもがっかりされているのを感じる大吾だが、それで焦ったり、テンパったりはしない。

知らないことが恥では無いからだ。

第1他の有名スポーツなどが流行っていた時も、全国民がやっているわけじゃないし、全国民がルールを把握している訳では無いからだ。

大吾のような人は珍し目であっても絶対数としてはいない訳では無い。

そのことで梓が大吾に見切りを付けたところで大吾は痛手では無いのもある。

正直、大吾はまだ自分の状況をよく理解は出来てない。


「まあ、筋はこれから見るわけだし、保険として貴方をキープしておくのも悪くはないかもね、覇王さん」

「キープかぁ、悪い響きじゃないね」

「良い加減に教えてくれても良いんじゃないか? 何の話しなんだよ」


ふと車が停まったので大吾は外へと目を向けた。

見慣れた風景に見慣れたマンション。正しく大吾が住んでいる家だった。


「……何で家知ってるんだ? 場所伝えてないよな」

「戸籍をいじった時に住所も見たのではないかしら。知らないけど」


それは完全に犯罪じゃねぇかと思いながら、あくまで自分は関係ないを貫く梓に軽く尊敬さえ覚えながら大吾は頭を抱えた。

音もなく移動していた黒いスーツ姿の運転手がドアを開けて梓と由貴をエスコートしながら車から降ろしていた。

その後ろに付いていくように降りると、運転手がゲーム機器を取り出して大吾と由貴に渡し、もう1つは自分で持って歩き始めた。


「……梓さんは持たないのな」

「私箱入り娘だから箸より重いものを持ったことが無いのよ」

「さっきそのアケコンってやつ持ってただろうが」


少し気が重いと感じながら、2人の後を、梓が迷わす大吾の家を目指して歩くのに少し頭を抱えながら大吾も家へと向って行った。

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