第1-2話 今までの人生は、なかったことにしよう

​スーツ姿でゲームセンターをキョロキョロしながらおっかなびっくりで引っ張られながら歩く大吾と、そんな大吾の手を引く白いブレザー姿の女子高生。

ゲームセンターの奥の方に、暗がりの方向を目指しているようだ。


「ちょ、ちょっと宮本さん…だったっけ? 何しようとしているのか先に教えてくれると助かるんだけど」


手を引いていた白いブレザーの少女、宮本梓は声をかけられると足を止めて振り向いた。

悪戯っぽい笑みに右手の人差し指を唇の前に添えて静かに、とジェスチャーをする。その仕草だけでも多くの男性は色香を感じてしまうような蠱惑的な表情も相成って大吾はドギマギして視線を背けてしまう。


「苗字で呼ばれるのって、何だか父しか呼ばれてない気がして嫌なのよ。熱烈な愛を込めて「あずさ」って呼んでほしいわ」

「いきなり呼び捨てって。というか熱烈な愛を込めてはおかしいでしょう」

「あら、人類皆愛人って言うじゃない。私も焼き尽くすような愛情を込めて大吾さん、って呼ぶから良いでしょう? 」

「いや決してよくは無いんだけど…」


大吾は女性経験が無いわけでは無いが、梓のような蠱惑的な女性とは普通の会話さえ経験は無い。

ゲームが主流となったエヌ本ではオタクと呼ばれた人たちは寧ろ脚光を浴びた。ゲームに対する知識量が多く、プレイヤーとしても有能なことが多かったからだ。

その為、モテるという要素に対戦ゲームが強いというのが入って来た。イケメンで強いと特にモテるが、見た目がそこそこでもゲーセンの中だと強いとか大会上位入賞経験ありとかでもモテる。

故に格闘やFPSやTPS、パズル対戦などで既に名を馳せた、現在プロとして契約した人たちはモデルなどが彼女としていることが多い。

ゲームが強いと蠱惑的な女性が寄ってくるのだが、ゲームが強くなかった、殆どやらなかった大吾はそう言う蠱惑的な女性とは縁遠いものなのだ。

最も、プロ上位の人間や中学高校ぐらいでのクラス内では、と言う具合であって、ゲームが上手い=モテるのはプロや子供のうちだけであるが。


「いいじゃない。ね? いいでしょ?」

「まあ良い、のか? まあ良いや。焼き尽くされたくないから愛は込めないで良いから。こっちも込めないし」

「釣れない人なのね。燃えてきちゃうじゃない」

「鎮火してくれ鎮火。それで一体何をやらせようとしているんだ」

「さっき言ったじゃ無い。気持ちよくしてあげる、ってね。フフッ」


大吾は頭をひねりながらまた足を進めた梓の引っ張られて歩き出した。

勿論理解の追いついていない大吾は期待半分、不安半分と言ったところだ。

正直彼には梓が美人局に見えなくも無い。ゲームの腕か顔が良く無い限りこう迫って来られることなんてあり得ないからだ。

ここは断ろう。何かあってからじゃ嫌だ、と考え、引っ張られるのに抵抗をして動きを止めた。

急に引っ張っていた腕が止まったので梓は少しつんのめりそうになったが、掴んでいた大吾の腕を軸に姿勢を取り戻した。


「いきなり止まったら危ないじゃない」

「何をするのか知らないけど、俺は知り合いと来ている。だからもういかないと」

「あら、1人じゃないの?」

「同僚に連れてきてもらってるんだ。今電話で離れてるけどそろそろ戻ってくると思うし、俺が離れてたらあいつも困るだろうからさ」


嘘はついていないのでスラスラと喋れた大吾はこれ以上ない断りだと内心喜んだ。

梓は少し怪訝そうな表情をした後、大吾のポケットを指差した。

うっすらと光っており、何かしらの着信があるようだ。

同僚からかもと思い、大吾はスマホを取り出すとLINEであった。

差出人は同僚だったのでほっとしたのだが、開いてみると内容は期待していたのと全く違っていた。


『ワリィ、現場で問題発生したみたいで資料が必要だから1度会社戻るわ。ゲーセンはまた今度一緒に行こうぜ』

「げっ」

「あら、これで断る理由も無くなったわね大吾さん」


いつの間にか隣でスマホを覗き込んでいる梓は悪戯っぽく笑い今度は手に絡めるように抱きつき、引っ張り始めた。

断る理由がなくなった事と、体ごと引っ張られることで抵抗をし辛くさらてしまった。


「だ、だから何やるか分からないことには」

「だから気持ちいことだってば」

「具体的にだよ!」

「具体的にだなんて、女の子にそんなこと言わせたい何て趣味悪いわ大吾さん。でも、私は嫌いじゃないわ。寧ろ興奮してしまうぐらいなの。大吾さんと私は相性まで良いみたいね」


そうこうしているうちに1番奥に並んだゲーム台の前までやって来た。

やっている人たちも多く、立って見ている人たちもいる。

ゲームをプレイしていない立っている人たちの視線は大吾と梓に向く。

女子高生と大人がくっ付いていれば怪しげに見えるのでしょうがないことなのだが、大吾は照れと恥ずかしさから徐々に顔が赤くなって来た。


「今更私の胸に押し付けられている感触を感じ始めたのかしら?」

「ち、違うから! もう離してくれって!」

「ダメよ。さ、こっち」


そう言うと向かい合って並んだゲームの反対側に、壁に向かっている同じゲームがある方へと大吾を誘導した。


「初めてでしょう?」

「このゲームが? まあそうだけど。何なのこれ?」

「えっ!? …まさかそこまでだなんて。ニュースは見た方が良いわよ大吾さん」


知らない前提で喋りかけられたと思っていた大吾は梓の反応が悪くて驚いていた。

まるで1般常識の中でもわざわざ習わないでも知るようなそんな当り前を、大吾は知らないと口にしたかのような驚きと落胆ぶりだった。

大吾も流石にマズイことを言ったかも、と思い、注意深く画面を見てみた。

先ほどまでは2人のキャラクターが戦っているシーンだったが、画面が切り替るとオープニングが流れ始めた。そのオープニングは流石の大吾でも見覚えがあった。


「あ、これってスチールバトルって名前の」

「違うわ。スティール バトラーよ。通称SB。本当に興味が無いのね」

「何か、・・・・・・ゴメン」

「良いわ。最初から知らないの前提で決めたことだし。それにそっちの方が変な癖が付いてないから育て甲斐あるかも知れないじゃない」

「えっ? 育て甲斐って?」

「良いから。ほら座って。お金を入れたら、えっと、どこに仕舞ったかしら・・・ あったわ。お金を入れたらスタートボタン、1番右端のこれよ。押したらこのカードをそこのカードリーダーにかざして頂戴」


渡されたカードはSBのロゴが印刷されているカード。大吾は未だによく分らないままに取り敢ず財布から100円玉を取出して入れ投入をする。画面の左下にクレジットという文字があり、そこの数字が0から1に変った。

言われるがままにスタートボタンを押すと画面は切り替ってキャラクターたちが並び始める。

左端の空いた空間にカードを読込ませるかスタートボタンを押せと指示が出ていたので梓に言われた通りにカードをかざすと反応し、空いていた画面には3D調のキャラクターが現れた。


「キャラクターは取り敢ずそのまま、そのライガで良いわ。そのままボタン、左上のそれを押して、そう。次にモード選択では、トレーニングを選んで。そのレバーを倒せば選択肢も動かせるわ。そう、3段目のトレーニングをさっきと同じボタンを押して選択して頂戴。はい、よく出来ました」


顔の位置を大吾よりも少しだけ高くし、大吾の顔を覗き込むような中腰の姿勢の梓は微笑むような、母性本能をあふれ出したかのような微笑を浮べながら大吾の頭を撫でた。

大吾としては何でこんなことで褒められているのか、撫でられているのかはあまり分っていないようだが、梓がやることに一々反応してたら終らなくなりそうだと感じて大人しく頭を撫でられていた。


「さて、格闘ゲームを簡単に説明するわね。相手を殴って先にこの上のゲージをゼロにすれば勝ち。それだけよ」

「いやそうだけど、何か無いの?」

「細かく説明するには今だけじゃ時間が足りないわ。だからそうね・・・ 楽しさの為にも技を出しましょうか。ライガは基礎全てがある、いわゆる胴着系だからコマンドも使えれば他のキャラの大半に利用可能よ。まずは、ボタンは4つ使うわ。上がパンチボタンの弱と強、下がキックボタンの弱と強。レバーを倒せばその方向に動くのよ」

「ボタンは他にも付いてるけど、こっちは使わないの?」

「ゲーセンによってだけど同時押しが設定されてたりするわ。個人的には使うのはアリだと思うのだけれど、ゲーセンによって設定が違ったりするし、使わない方向性で行きましょう。スタートボタンはゲームを始める時に使うものだからゲーム中は使わないって認識で良いわ」


ボタンを押して見ると、白い道着を腰に巻き、筋肉質な体を見せて戦うキャラクター、ライガはジャブのような素振りのパンチや簡素なローキックを繰出している。左側に配置されているのが弱ボタンということだ。

逆に右側のボタンを押すとストレートやハイキックに変った。こちらが強ボタンということになる。

レバーは8方向に倒れ、斜め上や上に入れればジャンプし、右に倒せば前進、左に倒したら後退をし、斜め下と下に倒したらキャラクターはヤンキー座りを始めた。取り敢ず動ける範囲はこういうもので良いのだろう。


「レバーを下から右に円を描くように動かす基礎コマンド、通称波動コマンド。この波動はコムカプ株式会社が作った伝説的な原点、道端ウォーというゲームの主人公が波動破って技を使っていたことに由来するわ」

「レバーを下から右に・・・ 円を描くというか壁沿いに動かすってことで良いの?」

「ええ。そしてレバーが右に到達したのと同じタイミングでパンチボタンを押して頂戴。押すのはどっちでも良いわ」


言われた通りやったつもりの大吾であったが出たのは少し前進してパンチを繰り出しただけだった。


「えっと… これが?」

「そんなわけないでしょ。未経験者だもの、仕方がないわ。ほら、諦めないで何度もチャレンジして」

「お、おう・・・」


わけも分からず何度か繰り返しているとパンチの出し方が変わり、青い衝撃波を打ち出した。

それを出した時に梓は大吾の頭を撫でた。


「そうよ、よくできました。偉い偉い」

「偉くはないと思うけど、この青い衝撃波のことが波動ってやつなの?」

「そっちの技名は違うゲームなのよ。このゲームではライガだと雷撃刃って言うわ。見た目が青いし雷っぽく無いから不評なんだけどね。フフッ」


確かに雷には見えない。ライガというキャラクターネームに引っ張られすぎているように感じられる。

不評と分かっているならば変えれば良いのに、と大吾は思いながら口にはしなかった。

それは特別な思いがあったわけじゃなく、口出しした所で何も変わらないことだと分かっていたからである。


「次は下から反対周りで、後ろまで来たら今度はキックよ」

「これは何コマンドって言うの?」

「これは旋風コマンド。波動や鳳昇よりも知名度が劣るのだけれど、三種の神器の1つなのよ」


三種の神器というものは理解出来なかったが、大吾はこれを旋風コマンドと呼ぶ事だけは理解しておいた。

試してもてもすぐには上手くいかず、何度も試すうちに一度だけ、前に低空飛びをしながら三段蹴りを見舞っていた。

人間として、滞空時間が変に長いのとその間に一定の高度を保って前進する異様さは大吾には衝撃的だった。


「これって、空飛べるの?」

「いえ、これは飛び上がってるだけよ?」

「…ゲームにリアル思考はヤボなのかな」


そういうものなのだと大人しく受け入れようと思い直した大吾だったが、変なことを言う人、と口元を隠しながら微笑む梓の視線には耐えられず視線を逸らしてしまう。


「はい、そうしたら最後に鳳昇コマンド。これは難しいわよ。レバーは下、前、斜め前下の順番でパンチボタンよ」

「下に、前行って、斜め前下。最後は移動した間って事?」

「ええそうね。このコマンドは難しくてこれで挫折する人もいるぐらいよ」

「そんなに難しいのか…」


言われた通り、波動コマンドや旋風コマンドは何度もチャレンジしたとは言え時間にして1分もかかっていない。

対して鳳昇コマンドは残りの練習時間、12分程あったのだが、その全てを費やして1度も成功しなかった。

しゃがんでパンチをするか、少し前進してパンチを出すか、その違いだけであった。


「凄いわね…」

「初めてなんだから出ないのもしょうがないだろ」

「違うわ、出来るとは思っていなかったし。このコマンドは慌ててやると波動コマンドに化けるものなの。なのに大吾さんったら、1度も出ないんですもの。それが逆に凄いのよ」


褒められた気がしない、否、呆れられて出て来た言葉が恐らく凄いだったのだと大吾は思ったが、梓は純粋に凄いと思っていた。

何故なら教えてもらっている最中、出せないのに焦ることもなく、違うコマンドを一度も入力しなかったのだ。

彼女が初心者の頃は出せたりはしたが、多くは波動コマンドに化けてしまっていた。今だって緊張や焦りが加われば稀に化けてしまう。

1度も化けないことの凄さ、これは経験者にしか分からない点だ。

最も、狙っている技も出ていないので結果的には良いとはお世辞でも言えたものではないのだが。


「これなら… 大吾さん、また明日も来てくれないかしら? これるなら何時ぐらいに来れそう?」

「どうだろう… そんなに楽しみを見出せてないし」

「当たり前じゃない。たかだか15分程度やって理解されちゃったらやってる私たちが間抜けみたいじゃない」


そこまでは言ってない、と反論をしようとした大吾に畳み掛けるように言葉を紡ぐ。


「それに気持ちよくしてあげるって言ったでしょ。たっぷりと時間かけて快楽に溺れさせてあげるんだから、大人しく毎日通いなさい」

「溺れたくないし、毎日ここに来るのは無理だよ。仕事帰りは疲れてる時もあるし」

「そうなの… 大吾さんはどの辺りに住んでいるのかしら?」

「もう少しだけ先の方。Y浜市なんだ」


彼の仕事先自体はT京都なのだが、住まいは会社近くという訳ではなく、それなりに離れている。

会社の持ち物であるマンションなので家賃は多少低くなっているが、立地的と通常のマンションとしても使われているせいで思ってるほどは安く無い。


「あら丁度いいじゃない。なら明日はここの駅で待ち合わせをしましょう」

「何が丁度いいんだ?」

「何かが、よ。それじゃまた明日。お休みなさい大吾さん」


そう言って大吾の後頭部をなぞるように滑らし毛先まできたら指先で弾くと一歩下がり、投げキッスをした。

大吾は照れるでも無く、呆れたものの、暗がりの中でも彼女の顔が少し赤くなっているのがわかり、背伸びしているんだなぁ、としみじみ思っていた。

スカートを揺らしながら走り去る梓を見送りながら、大吾は舞い上がるでも無く、勘違いするでも無く


「(明日何させる気なんだろうかあの子は… )」


どちらかと言うと嫌だな、という気持ちを強く持っていた。

枯れているとかそうでは無く、『自分に絡んで来る美人な女の子』を全面的に信じられるほどお人好しでは無いというだけである。

少し明日が憂鬱になりつつ、彼女が立ち去って10分ぐらいしてから彼も帰路に着いた。

その待っている間、げーむをやっている他の男子たちから敵意を込めた視線に晒されてそういう意味合いでも明日またここに来るのが憂鬱になっていった。

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