第6話 封筒



「さあ、着いたぞ。恐らくここだな」

 着いた場所は京子の住むマンションだった。3人は車を降りた。

「もし、俺の予想が当たっていたら、京子の部屋には藤堂が渡されたのと同じ封筒と写真があるはずだ」

「キョースケ、キョーコの部屋はどこだ」

「203号室だから2階だな」


 3人はそのマンションの中に入っていった。

「まさか鉢合わせることはないよな……」

「可能性はありうる。常に集中をきらすなよ」

 部屋の前まで来ると、恭介は美也がいなくなっていたことに気付いた。

「あれっ、お前の妹はどこ行った?」

「後で追いかけて来るって」

「そうか」

 先陣を切ってドアを開けようとドアノブに手をかけた。 

「気をつけろよ、咢。中にいる可能性もあるからな」

「ああ」

 ガチャガチャとドアノブを回した。だが、当然ドアには鍵がしまっている。鍵は電子ロック構造になっており、暗証番号とキーカードが必要なようだ。

「やっぱり鍵がかかっているな」

「お前の妹はほんとにこの鍵を開けれるのか?」

「任せておけよ、ほら来たぞ」


 走って来る彼女の手にはキーカードが握られている。

「ミヤお前、それどっからもってきたんだよ」

「管理人部屋にあったから忍び込んで取ってきたの。ちゃんと下調べしておかないと」

 ロック機器に手をかけるとピーと音が鳴り、カードをかざすとドアが開いた。

「今何したんだ? 勝手にロックが解除されたぞ」

「これが美也の能力、”微弱な電磁波”(マイクロボルト)だ」


 この能力に兄妹が気づいたのは母が亡くなった頃だった。マイクロボルトは体内で生成した電子で電流を流して電子機器を操作することができる。

「電気を流すことができる能力なのか」

「たぶんそうだと思います。私自身もよく分かっていないんですけどね。あまり使わないですし」

「死んだ俺たちの父と同じ能力なんだ」

 恭介は首を傾げた。

「それはちょっと変だな。能力ってのは遺伝しないものだったはずだが」

「そのはずなんですけどね。まあ何事にも例外はありますし」


 咢は美也を後ろに回らせ、そぉっとドアを開け中を覗いた。

「――誰もいないようだな」

「気を付けろよ」

 警戒心を高めながら、三人は部屋の中に入っていった。部屋の間取りは6畳程度であまり広くはない普通の部屋だった。

「大丈夫……みたいだな」

 

 ほっとした様子でつぶやくと机の上に見たことのある封筒を見つけた。

「これ、藤堂さん宛てのと同じ封筒だ」

「やはりか、俺がもらったのも同じものだ」

 封筒の中身を覗くと、そこには藤堂と咢、そして片桐の写真が入っていた。

「俺たちは同じ依頼を受け、互いにつぶし合っていたということか」

「しかし、なぜ父さんはこんなことを……誰かから命令されているのか?」

  封筒の中には、ターゲット3人がどこに住んでいるか、どういう暮らしをしているか、そしてどんな能力を持っているかが詳細に書かれていた。

「改めて思うがこれだけの情報をどうやって調べたんだろう」

「――もしもこれを渡したのが、父さんだったら考えられない話ではない。」

「どうして?」

「警察の情報データベースならかなりの情報量がある。父さんならその全てを閲覧することができるはずだ」

「でも、これを見てみてください」

封筒には写真と情報以外にメッセージのかいたカードも入っていた。そのカードにはこう書かれてあった。


――京子、久しぶりだな。突然だがお前に一つお願いがある。この封筒に入っている男たち、この者達を殺してほしい。小さいころから暗殺の技術を教え込んだお前ならきっと役目を果たすことができる。信じているぞ。

                               ――父より


「これを見てキョーコって人は暗殺を計画したみたい」

「キョーコの父親って何者なんだ?」

「殺し屋だ、それもかなりのやり手のな」

「とんでもねえ野郎だな。自分の暗殺業を娘に押し付けるなんて」

「いや、そうじゃない気がする」

 恭介はゴミ箱の中に入っていた紙を広げて見せた。それは京子の父親が娘に宛てた手紙のようだったが、文字が虫食いになっていてよく分からなかった。

「なんだこれ。なんて書かれてんのか分からねえぞ」

「わざとそうしてるんじゃないの? 他人にみられないように」


 恭介はずっと深刻そうな顔をしている。咢はそれに気づいていた。

「何か気になっていることがあるのか?」

「父さんの能力、“直交座標からの離脱”(フラットシフト)なら……この文章を作ることはできる」

「フラットシフト?」

「俺たちが住む空間世界と平面世界を繋ぐ能力だ。立体的なものを平面世界に落とし込んだり、その逆もできる。対象が生命を持たないものである必要はあるのだが。つまり、その能力を使えば文字を浮かび上がらせて他の紙に移し替えることができるんだ」

 恭介の顔色は徐々に悪化していく。

「ま、まあ、まだそうと決まったわけじゃないだろ」

「そうだな」

 恭介は深く深呼吸する。


他に何かないか部屋を散策したが、見つかったのは短刀や拳銃、毒薬などの暗殺に使われそうなものばかりであった。

「これ以上は何もなさそうだ。誰かに見つかって不法侵入者になる前に早く出るぞ」

「いまさら何言ってんだ」

「お前達はまだいいかもしれないが、俺は警察だ。こんなことがばれたら洒落にならないぞ」

 封筒はそのままに中身だけを抜いて三人は部屋を出た。そして、近隣住民に見つからないようにそっと家を後にした。


 車に乗ると、恭介が最初に喋り始めた。

「俺はこれから警察署に行こうと思う」

「父親のことか」

「ああ、一度父さんに直接会って訊いてくる。ここだけははっきりさせておかないといけない」


 車を出した。時刻はもう夕方になっている。

 早く戻ろうとスピードを上げたが、道は非常に込み始め中々進めない状況なった。

「俺たちはついていかないでいいな」

「そうだな、この件に関しては俺一人で調べる。お前らは残りの一人――片桐について調べておいてくれ」

「よく考えたら俺たちが接触していないのはこいつだけか」

「それに明日は国王の会見がある日だ。忘れちゃいないだろうな」

「分かってるよ、この様子だと何も起こらないんだろうけどな」

 車は動き出した。渋滞も少しはましになってきたようだ。


 突然恭介は叫んだ。

「伏せろ!」

 その瞬間、銃弾の音が聞こえ車正面のガラスにひびが入った。銃弾の音は連続で響いている。無事を確認しようと周りを見たところ、隣で運転していたはずの恭介が消えていた。後ろでは美也が怯えてうずくまっている。

 

 後ろにいる美也に向かって「じっとしてろ!」と言うと横のドアを開け、前方を覗く。荷台を積むトラックの上には、ライフルを所持した京子がたたずんでいた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る