第5話 妹
屋内の駐車場は夏の日照りが入ってこない代わりに、熱がこもっている。そんな中待たされている咢は、ぼーっとしながら壁にもたれ恭介の車を見つめていた。
「早く来ねえかな……」
咢は恭介の帰りを待っていた。彼は怪我を治療すると言って灼熱と化した警察庁の駐車場に咢を待たせているのだ。
先ほどモール内の店で買ったドリンクを飲んで暑さに耐え忍んでいると、体格の良い警察官の服を着た男が心配そうにこちらに近づいてきた。
「君、大丈夫か。ふらふらじゃないか」
「大丈夫ですよ。ちょっと人を待っているだけですから」
その男はポケットから飴玉を取り出して咢の手に握らせた。飴玉の袋には塩飴と書かれていた。
「これで塩分を取るといい。体調には気を付けてな」
「すいません、ありがとうございます」
よく見るとその男の右手には5本の指全てに金の指輪を付けている。優しさを見た後に嫌な金持ちの一面を見せつけられて、なんとも言えない気持ちになった。
「すまない、待たせたな」
恭介は帰ってきた。傷を隠すためか袖の長いシャツとジーパンに着替えている。よく見ると彼はルックスもスタイルも割と良いため、まるでモデルのようにも見えた。
「あれ。父さん、何してるの?」
「父さんだって?」
そういえば見覚えがある。あの写真の人か。
「キョースケ、帰って来ていたのか。どこかに行くのか?」
「ああ、ちょっと友人と調べものにね」
恭介は咢の方に回った。
「紹介するよ、こちら父で警察庁長官の足綿鳴鹿」
「こんにちは、如月咢と言います」
「ナルカと言います。息子と仲良くしてやってね」
彼はニタァと笑うと用事があると言って立ち去っていった。
「良い父親さんだな。急に襲い掛かってくる馬鹿な息子とはわけが違え」
恭介は気まずそうな顔をする。
「昨日はほんと悪かったよ。とりあえず車に乗ってくれ」
咢が助手席に座ると、恭介は車を出した。
「さて、話してもらおうか。お前はなぜ俺を襲ったのか」
恭介はハンドルを握ったままチラッとこちらを見た。
「そうだったな、順を追って説明していくか」
ショッピングモールでの事件の後、咢は彼と行動を共にすることを決めた。この一連の奇妙な事件の数々を知るための情報共有の相手として。まだ信用したわけではなかったが、協力はできると判断したためだ。
「俺は足綿恭介。お前も知っている通り警察庁の警部だ。俺は今ある極秘任務を受けて行動している」
「極秘任務?」
「俺の父である長官から受けた任務だ」
恭介はその任務について事細かく話してくれた。それは驚くべき内容だった。
「――つまりお前は、父の命で美波京子、藤堂明宏、そして片桐耕作の3人の暗殺を頼まれたということなんだな」
「ああ、そうだ」
それはあの奇妙な依頼とそっくりだった。彼らが二日後に国王の暗殺を企んでいるという所も丸っきり同じだ。
咢は『一革堂』に送られてきた依頼の内容を伝えた。
「ええ!? どういうことだ、全く一緒じゃないか」
「そうなんだ、ありえないくらいにな」
2人はこの謎について話しあった。
「もしかすると、俺たちが想定できないような大きな事が動いているかもしれねえな」
「アギト、だとすれば確かめておきたいことが一つあるんだが…… 美波京子の家に行ってみないか?」
「なんでキョーコなんだ」
「俺たちが互いに闘うことになったのはこれらの指令のせいだ。だとしたら、彼女も同じような依頼を受けて行動しているんじゃないか」
「なるほどな、その可能性は高いかもしれん」
「家がどこにあるかはもう調べはついている。あとは彼女の家の電子ロックを開けれる人さえいれば、中を調べることができるんだが」
その時、咢は少し悩んだ。心当たりがあった。
「一人、それができる人物を知っている」
「ほんとか」
「そいつの家まで連れて行ってくれないか」
その住所を言うと車はルートを変更し、あるアパートの前で止まった。
「協力してくれそうなやつなのか?」
「連れて来れるかは分からんが頑張ってはみる。ちょっと待っててくれ」
咢は覚悟を決めていた。きっと今しかない。これ以上先延ばしにしていたら彼女とは二度と顔合わせできないだろう。
階段を昇りそのドアの前に立つと、大きく深呼吸した。
チャイムを鳴らす。
「はーい」
ドアはゆっくりと開く。そこには1年前と変わらない妹の姿があった。彼女はパジャマのような家着を着ている。
「お兄ちゃん……。どうしてここに」
「入ってもいいか?」
真剣な眼差しで見つめた。もう後戻りはできない。
「うん……」
部屋は綺麗な和室だったが、大量の参考書のようなものが山積みになっていて部屋の半分を埋め尽くしている。まるで倉庫のようだった。
「ここに座って」
指定された座布団に座ると、美也はお茶の入ったコップをちゃぶ台に一つ置いてくれた。
「最近はどうだ、仕事の方は上手くいってるのか」
「上手く入ってる方だと思うけど。ただ最近はずっとパソコン見てるせいで視力が落ちちゃってショックなんだけどね」
彼女は笑って答えた。1年間もほったらかしにしていた兄がやってきたというのに彼女は機嫌の悪い顔一つしなかった。
「俺のこと、怒ってるよな。あんなことをして連絡もせず勝手ばっかしててよ。ほんとすまなかった」
深く頭を下げた。彼女にずっと謝りたかった。咢にとってこれは唯一の繋がりなのだ。どんなことでもする覚悟はあった。
「なにそれ。頭上げてよ。私ちっとも怒ってないよ」
頭をそっと上げると、彼女はお茶を飲みながらまた笑っていた。
「別に私が何か被害が受けたわけじゃないんだから、あんまり気にしないでよね。それにお兄ちゃんにはお兄ちゃんなりの考えがあると思うから、私はどんなことしてても気にしないよ」
「俺を許してくれるのか」
「だって家族なんだよ。私が許さなかったら誰も許せないでしょ」
彼女の笑顔はまぶしかった。ちょっと涙ぐんではいたが、もうかっこ悪い所は見せまいと咢も笑った。
「でも、なんで施設の時は俺に対して冷たくなっていたんだ?」
「あ~、あれね。やっぱりそういう風に見られてたんだ……。また今度ちゃんと話すよ」
隠すようなことなのかとも思ったが、問い詰めるのはやめておいた。
「あと、お兄ちゃんの仕事のことも知ってるよ、殺し屋してるんでしょ」
「え……」
驚愕した。まさか知っていたなんて
「ど、どうして知ってるんだ?」
「藤堂さんって人が来たの、あの事件の数日後に。『あなたのお兄さんを私の店に働かせてほしい』って」
美也は藤堂との会話を話してくれた。
「藤堂さん、言ってたよ。『咢君の力が私には必要なんです』って。」
「あの人がそんなことを。美也は反対はしなかったのか」
「『お兄ちゃんがそれでいいなら』って言ったよ。でも、感謝しなきゃだめだよ。あのままだったら牢屋の中で一生を棒に振る所だったんだからね」
美也は本当にいい子だった。こんなにも自分のことを思っていてくれていたなんて思いもしなかった。
「今日は何か用事でもあって来たの?」
「あ、そうだった。実は今、――」
現状を全て話した。美也は真剣に話しを聞いてくれた。
「ふ~ん、なんだか妙な話だね。分かった! お兄ちゃんの手伝いするよ。その様子だと私がいないと何も分かりそうにないしね」
「手伝ってくれるのか!」
「任せてよ。何たって私は優秀な天才美少女プログラマーだからね」
美也は元気よく決めポーズをした。何とも頼もしい妹だ。
「先に行ってて。準備してくるから」
咢は先に車に戻った。
「どうだった、協力してくれそうか」
「ああ、ばっちりだよ」
数分経つと美也も降りてきた。動きやすい軽装に着替えてきていてなんとも可愛らしい姿であるが、背中にはパンパンに詰め込んだ大きなリュックを背負っていた。
「何入れてんだ、美也」
「パソコンとか電子機器を諸々」
「そんなにいるか?」
「一応持っとくの! 車なんだから別にいいでしょ」
美也と楽しげに会話しながらふと恭介の方を見ると、彼は美也の方をじっと見つめていた。
「もしかして俺の妹に見とれてんのか?」
「お前の妹なのか」
恭介は顔を赤らめた。
「言っておくが、お前だけには嫁がせねえからな」
「な、何を言ってる。早く乗れ! 行くぞ」
兄妹は車に乗ると、恭介は急いで車を出した。時間は二時過ぎになっていた。
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