第4話 デートではないデート

 次の日、目覚めると体が少し重い気がした。まだ昨日の疲れがまだ残っているのだろうか。目覚まし時間がまだ鳴っていないということは七時は過ぎていないのだろう。中々起き上がる気が湧かないので、ふぅーと力を抜くともう一度眠りに入ってしまった。


 目覚まし時計の鳴る音がする。アラームを止め、体を起こし背伸びをした。体調はすこぶる良くなっている。

 だが、時計を見て驚愕した。既に起きる予定の時間を二時間近くもオーバーしているのだ。布団を蹴飛ばし、それなりの服に着替えた。朝飯の食パンを焼こうとしたその時、玄関のチャイム音が聞こえた。

 これはまずい。早めに起きて彼女から聞き出したいことをメモしておこうと思ったのに、ロクに飯を食う時間すらない。多少待たせても良かったのだが、そこまで頭は回らなかった。何も入れていないカバンだけ背負って、玄関を開ける。


「ごめん、待たせたな」

 彼女は「そんなに待ってない」と相変わらず冷たい返事をする。

 その服装を一目見た時、咢は固まってしまった。まじかこの子、昨日と全く同じ服を着ている。見間違いではないかと二度見した。目を疑う光景だった。恐る恐る聞いてみる。

「その服ってもしかして昨日と一緒の服……なわけないよな」

 愛想笑いしながら訊いてみたが、彼女は変わらぬ表情で言った。

「同じよ、似合ってるって言ってくれたよね」

 確かに言った。それに実際似合っているとも思った。だからと言って普通2日続けて着てくるか? 

 

「ところで、どこ行く? 美波さん」

 デートっていうのは男がエスコートするものだというイメージはあったが、だからこそあえて彼女に全て任せようと思った。これはあくまでデートではないのだ。

「京子って呼んで。その方が恋人っぽいでしょ」

 今まで女性の苗字すら呼んだことがないのに、名前だけ呼び捨て! 

 ハードルはこの上なく高かったが、ここで引き下がるわけにもいかない。

「キョ、キョーコ……今日はどこに行く?」

 勇気を出して放ったその言葉を聞こうともせず、彼女はスタコラと歩いて行った。

「……」

 このデートでは期待だけはしていけない。胸に深く刻み込んだ。


 彼女が連れてきたのは、普通のショッピングモールだった。この子のことだから、てっきり予想のできないような場所に連れられると思っていたため、むしろこのスタンダードなチョイスは予想外だった。

「中を見て回りましょ」

 彼女は宙ぶらりんになっていた咢の右手を握った。咢は触覚を麻痺させた。この子の手口はもう大体理解している。会話が下手くそなため、スキンシップで男を落とそうという策に違いない。神経を紛らわしてショッピングモールに入った。


 2人はモールの中を巡回する。洋服屋、ペットショップ、カフェと様々な店を見て回ったが、店内には入らなかった。時折彼女の顔を見たが、彼女はずっと俯いている。嘘でも楽しそうにすればよいのに。

「どっか行きたい店ある?」

 気を使って聞いてみたが、反応は無かった。顔を見たくてちょっと覗き込んでみると、面白くなさそうというよりどうしたらよいのかが分からないという困惑した表情だった。

 彼女にも立場があるのだろう。このデートで親密になって情報を聞き出す必要があるに違いない。下手くそなりにも頑張っているのだ。そう考えだすと、むしろ彼女のことが可愛く思えていた。

 結局どこの店内にも入らなかった。彼女は数十秒間ごとに何か話そうとしては諦めて黙り込む。いつの間にかこれの繰り返しにちょっとした楽しさを見出していた。


「ちょっと座るか」

 休憩用のベンチに並んで座った。彼女の方を見ると、時計をチラチラ見て俯いている。彼女の細部を観察した。

 いつの間にか自分に余裕ができている気がした。

「――なんていうかな、キョーコも大変だな。こんなデートなんてやらされて」

 彼女は少し動揺したような顔をした。

「ど、どういうこと?」

 彼女はきっと悪いやつじゃない。咢はそう信じることにした。根拠は後でついてくると。

「藤堂さんのこと知りたいんだろ? 教えてやるよ」

 目線がこっちに向く。二人の目と目が初めて合ったのはこのときだった。彼女の目は吸い込まれそうな黒い瞳で、緊張よりも何か不安になるような気がして目を逸らす。

「ただし、ただじゃ教えられない。俺の質問に一つ答えてくれたら、俺も藤堂さんについて一つ教える。どうだ?」

 彼女は少し黙って鋭い目つきで「いいわ」と答えた。このときばかりは咢の真意を理解したのかもしれない。もうこれがデートという設定は既に成立していなかった。

「じゃあ、まず俺から聞くぞ」

 覚悟を決めた。ただもうこの状況で遠慮する必要はない。

「キョーコは国王を殺すつもりなのか?」


 彼女はきょとんとする。まるで予想もしなかったかのような驚いた表情だった。

「よく分からないわ。そんなことするはずないでしょ」

「本当か。嘘はつくなよ」

「本当よ」

 やはりそうか、最初から何かすれ違いがあるようには感じていた。彼女が嘘をついているようには見えない。きっと本当のことを言っている。そもそも国王の暗殺を企てているのだとすれば、後2日しかない中で関係のない俺や藤堂さんと関わる必要が見当たらない。

「なら、お前のターゲットは――“藤堂明宏”なのか」

「ちょっと待って私の質問に答えてからでしょ」

 慌てて「ああ、すまん」と言った。推理に夢中になってルールを完全に失念していたのだ。

 彼女が質問しようとしたその瞬間、俺の後ろの方を睨んで立ち上がった。

「ど、どうした?」

「ちょっとお手洗いに行ってくる」

 こっちも向かず彼女は歩いて行ってしまった。その行動はあまりに急で怪しかった。なぜなら、トイレは反対側のすぐそこに見えているのだ。不審に思いこっそり後を追いかけたが、その姿はいつの間にか消え去っていた。


 慌ててモールの中を走り回った。彼女は逃げたようには見えなかったが、彼女が最後に見せたあの目つきは今までで一番殺気を帯びていた。一体何があったというのだろうか。


 すると、向こうの方で悲鳴が聞こえ、すぐにその声の方に向かうと、大勢の客が反対方向に走り逃げ惑っていた。そこでは全身血だらけの男が辺りを警戒しながら大声で叫んでいる。

「皆、逃げろ! 逃げないと殺されるぞ!」

 その男の顔には見覚えがあった。足綿恭介だ。彼は俺に気付くと睨んで言った。

「来るなら来い! こっちの覚悟はできている。前回は不覚を取ったが今度はそうはいかない!」

「おい、待て。何を言っている。俺はお前と闘う気はない。お前はどうしてここにいるんだ」


 恭介はポカンとしている。何か勘違いされてるのだろうか。

「俺はお前らを追ってきた。だからそれに気づいて襲い掛かってきたんじゃないのか?」

――こいつは俺に襲われたと勘違いしている。当然俺はこいつを襲っていない。なら、こいつを襲ったのは……


 反射的に能力を発動する。すると、突如2人の目の前に京子が現れた。突然現れた彼女に驚いたが、一番驚いていそうだったのは彼女だった。

「キョーコ……」

 このとき分かった。彼女は能力者である。それも実体を消すことができる能力なのだろう。その手には血がべっとりとついたナイフが握られていた。

「なんで私の姿が見えるの?」

「俺も能力者だからな」


 恭介が前に出てくる。

「その眼、やはり殺し屋になったというのは本当らしいな。なぜ親の職を引き継いだ? 普通に大学を出てまっとうな道を歩めば良いものを……」

「……私に選択肢なんてない」

「お前の父親は死んだ。もう父親の教育に従う必要もないだろうに」

「父はまだ死んでない」

 彼女の目はこれまでと違い精気は完全に失われていた。

「お前は殺し屋というものをどう思っているのだ? 自分が人を殺すことに何を感じて生きているのだ?」

「何も――ただ生きるために殺している。私は人を殺せば殺すほど“生きる”ということに近づく。そうしなければ死ぬ。ずっとそうやってきた」

 咢は完全に取り残されていた。困惑しながらも話の内容だけはしっかりと聞いていた。

 彼女はナイフを腰にしまった。咢の方を向く。

「今回は見逃すわ。次邪魔するようならあんたでも殺す」


 彼女は光のようなとてつもないスピードで走り去っていった。咢はその姿を茫然と見ていることしかできなかった。恭介は傷を手で押さえながら近寄って来る。

「まさか、お前に助けられてしまうとはな。ありがとう」

「別にお前を助けようと思って出てきたわけじゃねえよ」

 彼は何か悩まし気な表情をしている。

「なあ、一つ提案があるんだが……」

 

「俺たち、手組まないか?」


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