第3話 足綿恭介


 彼は次の武器となる物を探していた。その表情には余裕が滲み出ている。


 彼の能力は“対となる世界”(ミラーワールド)。もう一つの世界を作りだし、その世界に自分と対象者を飛ばすことができるものだった。作り出した世界は現実の世界とリンクしているため、現実世界で動かした物は向こうの世界にも反映される。現実世界に戻った今、勝ちを確信していた。


「まいったな。まさかこんなに強いやつだったとは」

 右眼が青く光り出した。その光った右眼の網膜には作り出した向こうの世界が見えている。

「だが、これで俺に敗北はない。少し痛い目に合ってもらうか」


 辺りは事故が起こったと勘違いし、パニック状態になっていた。興味本位で近寄ってきた人々で人だかりもできている。

「ちょっとそこの君」

「ん?」

 話しかけたのは騒ぎを聞いて駆けつけた警察官だった。

「君か、車を壁にぶつけたのは。なんでこんなことをするんだ! 事情聴取するから一緒に来てもらうぞ」

「ふー、やれやれ。俺を知らないとはな。地方の出身か、それとも、よほどの情報弱者なのか」


 恭介はポッケから警察手帳を取り出した。

「俺は警察庁本部の警部、足綿恭介だ」

 それを見た警官は驚いて頭を下げた。

「な、足綿さんですか! あの警察庁長官のご子息の!」

「ああ、そのご子息だ。分かったら下がっててくれ。こっちは仕事中だ」

 警察官は「はい!」と敬礼し、すぐに去っていった。


「要らぬ時間を使ってしまったな、よし――」

 恭介は向こうの世界を覗いた。しかし、咢の姿を確認しようといくら探してもその姿はいなくなっていた。

「あれ? どこにいった、如月咢」


「ここにいるぞ」

 恭介は後ろを振り向いた。そこに立っていたのは傷ついた足を庇いながら立つ如月咢だった。

「やっと会えたな」

2人は再び対峙した。



「ど、どうやって出てきたんだ。向こうの世界から出る方法はないはずだ」

咢は眉間にしわを寄せた。

「まさかお前も知らなかったのか。なら教えてやるよ」

 中古車屋の方を指さす。指の先にあったのは、中古車ではなくその向こうにかかっている時計だった。

「向こうの世界の時計がどうなっていたか分かるか。最初は俺も驚いたよ。なぜなら文字や針、それらが反転していたんだからな」

自分の想定の甘さに後悔する。

「そうか、時計で気づいたのか……」

「恐らく他のものも全て反転していたんだろう。よく考えてみれば、運転席が左にある車なんで普通見ねえしな」


「それが分かったとして、どうやって出てきたんだ」

「――鏡だよ。すべてのものが反転する。つまり、この世界と向こうの世界は鏡に映る対称的な関係なんじゃないかって考えた。だとすれば、両方の世界を分断する鏡を使えば、2つの世界を行き来することができるんじゃないかって思ったわけよ。まあ、好きに移動できるお前にとっちゃ知ることもねえことだったかもしれないが」


「知らないわけないだろ。だから俺は周りに鏡がなさそうな場所を選んだんだ。ショーケースも中から光で照らされていて反射率はそう高くない。体を通せる大きさの鏡なんてここには存在しないはずだ!」

咢は天を見上げた。

「これが今日じゃなかったらな」


 地面にできた水溜まりを指す。街灯に照らされたそれには周りの様子がきっちりと写っていた。

「これで分かっただろ。馬鹿みたいに飛び込んでみたら、見事に戻って来れたってわけだ。これで理解したな?」


 恭介にゆっくりと近づいていく。

「まあ、そんなことはどうでもいい。それより色々と聞きたいことがある」

咢の真剣な顔とは対称に、恭介は顔に笑みを浮かべた。

「ふふ」

「何かおかしいか」

「余裕ぶってるところ悪いが、おまえ、忘れてることが一つあるぞ。俺は鏡なんか通さなくてもお前を自由に向こうに飛ばせるんだ。パワーだけは認めてやる。しかし、この能力がある限り俺が負けることはない!」

 恭介は能力の発動と共に指を鳴らした。



 静寂が生まれた。辺りにはまだ人がいる。恭介の能力は発動しなかった。

「ど、どうなってる?」

 彼は慌てふためいた様子で辺りを見回す。

 ふうとため息をついた。

「茶番はもう終わりか?」

 自分の能力が何度やっても発動しないためか、恭介は動揺を隠しきれていなかった。こんな経験は今までなかっただろう。

「俺の能力は“立ち向かう意志”(スタンドフェイス)。他者の能力の発動を三十秒間封じる。ただそれだけだ」

「能力を封じるだって……。なぜ向こうの世界では使わなかった!」

「奥の手だからな、さっさと使っちまうてめえみたいな馬鹿じゃねえんだよ」


 咢はさらに近づいた。恭介はまさかの事態に動揺していた。一旦落ち着くため深呼吸を繰り返す。

「まだ俺は負けたわけじゃない! 三十秒だと? だったら三十秒耐えればいい話だ」

 咢はひじを恭介の腹にねじ込んだ。反応できなかった恭介は嘔吐しそうになり倒れこむ。

「なんでわざわざ三十秒と言ったか、分かってねえようだな」

 胸ぐらを掴み、咢は背負い投げをくり出した。地面に打ち付けられた恭介はショックのあまり気絶してしまったようだ。

「ふぅ、ちょっとばかし驚いたがいい運動になったな」


************************************


 気づけば周りは喧嘩だ喧嘩だと大騒ぎになっている。警察ももしかすると駆けつけてくるかもしれない。

 面倒事にはなりたくない咢は、恭介のポッケを探り情報になりそうな物だけ奪ってここから立ち去った。いつの間にか辺りは見えずらいほど暗くなっていた。


 事務所に入ると、藤堂はまだ帰っていなかった。

 とりあえず常備されてある包帯を怪我した方の足に巻いて応急措置をする。痛みはあるが、骨には影響なさそうであり咢はほっとした。

 机の上には弁当と「遅くなる」とだけ書かれた紙が置いてある。咢はその弁当を温めている間に、奪った物品を調べ始めた。

「なんか俺、強盗みたいなことしてんな」


 まず、やはり最初に目がいったのは警察手帳だった。

「警察庁本部特殊能力担当部署の警部――あいつ、警官だったのか。まずいことをしてしまったな」

 そしてなにより、名前に目がいった。足綿恭介、あの警察庁長官と同じ苗字である。もしかするとこいつが依頼のターゲットなのか。可能性は捨てきれなかった。

 中には写真も入っている。そこに写っていたのは警察庁の前で敬礼している恭介とその横で笑う父親のような人だった。

「もしかして父親も警官なのか、だとしたらすごいな」


 電子レンジがチンと音を鳴らす。弁当はほどほどに温まっていた。弁当を開けて、白御飯を口いっぱいにほうばる。温められてはいたがどこか固い気もした。

「腹減ってると、ご飯が上手えな」

 咢の飯はほとんどが藤堂の買ってきたコンビニ弁当である。藤堂が飯を作ることは一切ないが、食費は全て賄ってもらっているため、文句は言えない。

――俺にとっての父親は藤堂さんなのかな。

 父親は小さいころに亡くなってしまっているため、どういうのが父親らしいのかがよく分からなかった。

――まあ、それは違うか


 他には、何かが入っている封筒が気になった。封を破った後がある。彼が受け取った物なのだろうか。中には写真が3枚入っている。その写真には、藤堂と美波京子、そして見たことのない髭面のじじいが写っていた。

 疑問だったのは、藤堂さんの写真だけでなく、美波京子やその他の人の写真まで入れているということである。この事件と関係はありそうだが、彼らが互いにどう繋がっているのかは皆目見当もつかなかった。


「まあ明日やることも決まっているし、早めに寝るか」

 早々に自分の部屋に戻ると、明日の準備もせずに床に就く。明日のことを考えると、まるで修学旅行前のようにワクワクもしたが、それ以上に肉体には疲労が溜まっていた。すぐに眠りに入り、今日という一日は終わった。

 

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