第2話 狙われる男

 とんでもない偶然……とは思えなかった。ちょうどこちらから探そうとしていた会ったこともない人が突然目の前に現れて、自分と会いたかったと言ってきたのだ。とてもじゃないが信じられない。確率で言えば宝くじの二等位に匹敵してもおかしくないではないだろうか。



 2人はファミレスにいた。藤堂がいないとはいえ事務所の中に入れるのはまずいと心の声が囁いたので、話ができそうな所に連れてきたのだ。

「ちょ、ちょっと近いんですけど、美波さん?」

 テーブル席に座ったのにも関わらず、なぜかこの子は隣に座って距離を詰めてきた。きつめの香水の香りがふわっと漂ってくる。

彼女は気まずそうに言った。

「恋人だったら、このくらい普通でしょ」

――付き合うなんてまだ一言も言ってないですけど


 彼女は俯きながら、太ももの上に乗せていた咢の手を握ってきた。積極的な彼女の行動に緊張が止まらなかった。

 彼女は本気なのだろうか。いや、そんなはずはない。彼女の行動はあまりにも唐突すぎる。ただそんなはずはないと分かってはいても、こんな可愛い子がこんなことをしてくれるのだ。もしかして……なんて妄想も考えてしまうのは仕方がないだろう。


 この体勢が十数秒続いた。どういうことなのか、向こうから言い寄ってきた割に自分から全然話そうとしない。仕方ないので頼んだジュースで喉を潤し、彼女の方向を向く。


「その服、可愛いね。スタイル良くてとても似合ってるよ」

 とりあえず褒めてみた。口説き落とすつもりで恋人っぽく言ってみる。かっこつけた姿は少々痛々しかったが、多少の効果はあったかもしれない。彼女の顔は少し赤くなっている気がした。


 少しは手ごたえを感じ、この流れを逃してはならないと自分に語りかける。ちなみに彼は、女性と話したことは妹以外ほとんどない。

「美波さんはどうして俺のことが好きなの?」

「ひとめぼれ……」

「ん?」

「大学の登校途中でよく見かけて、何度も見ているうちにひとめぼれしたの」

 そんな馬鹿な。うちの事務所は街の外れの方にあり、登校する学生なんて数えるほどしか見たことが無い。


「大学生なんだよね、何勉強してんの?」

「心理学、人の心とかが分かったら楽しいでしょ」

 なんて冷たい返答なのか。彼女の口調に感情は一切こもっていなかった。ついつい『心理学を勉強してるわりに、心全然読めてないよね』と言ってしまいそうだった。このままでは埒があかないので、口調を少しきつくしてみた。


「結局のところ、俺に会いに来た理由は何だ?」

 視線は中々合わせられずにいた。彼女は時々ちらっとこちらを見つめる。どこか不思議で神秘的な子ではあるが、顔は非常に小柄で可愛く、見つめられ続けていたら惚れてしまいそうな美形なのだ。

 女に貢ぐような男はこういう子に騙されるのだろうなと心底納得してしまう。


「さっきから言ってる。あなたとお付き合いしたくて訪ねてきたんです」

「じゃあ、俺のどこが好きか言ってみろ」

「え、えーと、性格とか」

――なんだ、そのさっき考えたかのような嘘は。どうせなら顔とか言えよ。性格もくそもお前は俺と話したことも無いだろ。


 話しにならなかった。ただ逆に言えばこんなざるな芝居をしてくれるのなら、情報を引き出すチャンスかもしれない。ゴホンと咳をする。


「まあ、付き合っても構わないけど、まずはお互いのことを知るところから始めない?」

「はぁ」

――『はぁ』じゃないだろ。もっと嬉しそうな顔をしろよ。


「好きなことは?」

「ない」

「じゃあ、趣味はある?」

「ない」

「逆に嫌いなこととかは?」

 首を横に振った。

――何だこの子は。一体何がしたいのか。会話は繋がらないし、繋げようともしない。気まずさを解消しようと奮闘する俺の身にもなってほしいものだ。


 話しを変えることにした。

「親は何の仕事をしてるの?」

 このとき、彼女は咢の顔を見るのを止め険しい目つきになった。急にピリピリとした空気感が漂ってくる。違う意味で緊張した。

「母はもう亡くなってる。父は……普通のサラリーマン」

「そ、そうなんだ……」

 触れてはならないことを聞いてしまったのかもしれない。明らかに今までと雰囲気が違う。これ以上の質問は止めておいた。


 沈黙が続く後、彼女は自ら話しかけてきた。

「あなたの上司って藤堂明宏よね。彼にも会ってみたいのだけど」

 このとき、この子の目的がぼんやりと見え始めた。

――そうか、藤堂さんのことを調べるために俺に接触してきたのか。

 しかし、これは妙だった。彼女と藤堂さんが逆の立場なら理解もできるのだが、彼女は藤堂のことを調べる必要はないはずだ。よく分からなかったが、とりあえず誤魔化しつつ答えた。

「藤堂さんなら今はいないよ。いつ帰って来るかも分からない」

「そう」


 彼女は席を立った。まだ飲み物に一口もつけていないのに。

「また明日、デートでもしましょう。明日の朝九時に事務所に行くわ。じゃあね」

 彼女はツンとして店を出ていった。別に怒ったわけでもなさそうなのに、サッサとかえっていく後ろ姿を見ながら唖然としていた。


 一人になった咢は残ったドリンクを飲みつつ、ゆっくりと彼女のことを思い返した。一つ確実に分かったことは、間違いなく彼女は自分に気はないのだろう。彼女の行動に多少なりともドキドキした自分が馬鹿らしく感じ苦笑した。

――告白しておいてここまでデレの無い女性がいるなんてな。


 咢は我に返る。肝心なことを忘れていた。

――違う、そうじゃない。俺が知らなければならないのは彼女が国王の暗殺を企てているかどうか、それを調べなければならないのだ。何を呑気なことを考えてるんだ、俺は。

 だが、まだデートというチャンスがある。次は彼女を押さえつけてでもそれを聞き出さなければならない。目もまともに見れない自分ができるかは不安ではあるのだが。



 事務所への帰る途中、日はもう暮れ始めていた。昨日の残りの水たまりも夕日で赤く染り、人もあまり通っていなかった。

――今日は思わぬ収穫だった。次は後の二人を探す方法を考えなくちゃならないな


 ポッケに入れたメモを取り出した。

――片桐と足綿、どんな奴らなのかも分からないな。あいつに聞けたら手っ取り早いんだろうけどなぁ……


 ぼーっと歩いていると、いつの間にか通行人は一人もいなくなっていた。日も落ちてきたからだろうか。ここまで人気のない通りではなかった気もするのだが。


 後ろに何者かの気配を感じた。

「やっと会えたな、如月咢」

 急に名前を呼ばれたことに驚いて声の方に振り向くと、自分と同じくらいの年の見覚えのないイケメン風の男が壁に背をもたれかけている。

「誰だ、お前は」

 その男は肩を回しながら言った。

「藤堂明宏のことは知ってるな、お前にはこの男について話してもらう」


 この男もまた藤堂を探しているようだった。あの人はほんとに人気者だ。

「藤堂? よく分からんな」

「とぼけても無駄だ。お前が奴の下で働いているのは既に知っている」


 この男のことも気になるが、それよりも周りに人が一切いなくなったことの方が気になっていた。

「周りの人がいないのはお前の能力か?」

「そうだ、よく分かったな。ここから出たかったら大人しく俺のいうことを聞いてもらう」


 その男は素早く近づくと腹にめがけて蹴りを入れ込んでする。なんとか腕でガードしたもののその勢いのまま地面に打ちつけられた。

「いってぇな」

 上体を起こすと第2の蹴りが顔面にめがけて飛んでくる。しかし、それは予測していた。右腕を使って難なく掴みとる。

「ほう、俺の蹴りを素手で止めるとはやるじゃないか」

「いきがっていられるのも今の内だぞ」


 もう片方の腕でその男の顔にパンチを決めた。男はその重たい拳を直に受け、意識が飛びそうなくらいにふらふらと倒れこんでしまう。

「おいおい、一発KOは勘弁してくれよ」

咢は手を広げて挑発する。

 その男は悔しそうな表情で睨みつけていた。

「このやろ、なんて馬鹿力だ……」


 まともにやり合っては勝てないと悟ったのか、一瞬の隙を突いて近くの路地に逃げ込んだ。すぐに後を追いかけたがその姿はどこにもなく、家庭ゴミがただ散乱しているだけの行き止まりだった。

「さっきまでいたはずだ。一体どこに」

 ゴミの中に隠れていないかくまなく探したが、彼はどこにもいなかった。逃げ道らしきものはどこにもないというのに。


 諦めて路地を出て道路に戻ると、一台の車が自分の方をめがけて突っ込んでくる。その突然の襲撃にとっさの判断で右に身をかわそうとしたが間に合わなかった。

「うがぁ!」と声をあげ、咢の体に激痛が走る。彼の左足は車とマンションの壁の間に挟まれて動けなくなってしまった。


 彼はふと、ぶつかってきた車の運転席を見た。するとそこには、人の姿はなく逃げ出したような様子もなかった。

「そんなばかな、どうなってる」


 ブオーーンと向こうの方で車のエンジン音が鳴る。またも運転席には誰も乗っていない。

「嘘だろ、おい!」

 車は猛スピードで接近してくる。必死に足を引っ張り、間一髪のところで足が抜け衝突は免れたものの、足の傷はえぐるよう深くなっていた。足を引きずりながら、辺りを見渡す。


――くそ! これもあいつの能力なのか? ここからは見えないがあいつはどこかにいる。間違いない。どこだ……一体どこにいるんだ!


 注意深く探すが、彼の姿はどこにもない。痛みを堪えつつ、全方向に神経を集中させていると、道路の向かいのショーケースに誰がが写っているのが分かった。それは間違いなくあの男だった。

「写っている! あいつが向こうに写っている!」

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