第1話 奇妙な依頼


 『一革堂』の仕事にジャンルは無い。頼まれた依頼は基本的になんでもやるのが、この店のスタンスである。それなのに、仕事の数は1週間あっても5本程度。依頼の無い日も稀にある。

 そのため収入は安定しない。それどころか、最も高い時でも国の平均所得を割っているのではないだろうか。

 ただこれは『一革堂』の表の顔でしかない。本来の仕事は、『暗殺』である。


 朝7時に目が覚める。今日は目覚めがいい。カーテンを開けると、昨日のじめじめとした真夏の雨はやんでおり、澄み切った空が広がっていた。

 やることが無い日に限って早く起きてしまうのはなぜなんだろうか。そんなことを思いつつパジャマ着のまま朝食を食べに1階のオフィスに降りると、既に藤堂が起きて新聞を読んでいた。こんな真夏の朝っぱらからスーツなんて着て暑苦しくないのだろうか。


「おはようございます」

「ああ、おはよう」

 台所には洗い終わった食器が立てかけてあった。彼は咢より遅くに寝て、早くに起きる。やはり暗殺業なんぞを営んでいたら、中々気の休まる日はないのだろう。まあ自分もあまり変わらぬ立場なのだが。


 パンをトーストに入れ、コップに牛乳を注いだ。

「依頼って今日きてますか?」

「いや、無いな。今のところ、仕事は昨日のゴミ拾いのやつだけだ」

「まじっすか……。今週の仕事量すっかすかじゃないですか」

「こんな時もある。我慢しろ」 

「こんな時ばっかですよ」

 チンと音を立てトーストが焼きあがる。

「藤堂さんは警官時代の貯金があるからいいですけど、貯金もクソもない俺は生活水準に直結してるんですよ。分かってるんですか」

 藤堂さんは俺の声を耳に入れず、黙々と新聞を読んでいる。


 咢はイライラしていた。藤堂は積極的に何かをすることはまず無い。この店の宣伝やチラシ配りなども一切しない。ただただやってくる仕事を黙々とこなすだけ。ただ、雇われ身の彼が文句をいうことはとてもじゃないができなかった。

「ゴミ拾いの仕事はお前にやる。行ってこい」

「言われなくてもそうしますよ」

 一革堂の収入は担当者で分配することになっている。一人で担当すれば全部自分のものになるし、二人なら二等分。できるだけ独り占めしないと咢の生活は成り立たない。

 パンをサッサと食べ終わると、自動車整備士が来ているツナギのような作業着に着替えて仕事場に向かった。


 ゴミ拾いは二時間ほどでかかった。道に不法投棄されているゴミを片付けるだけの仕事だったので、それほど苦労もなかった。

「ありがとうございます。おかげでこの地区も少しは活気がでそうです」

 依頼者のおじさんはこの地域の会長である。

「いえいえ、仕事としてやっていますからお礼はいいですよ」

 思い返せば、ゴミの量はかなり多かった。元々はボランティアの人が集まってやっていたが、今ではもう誰も参加してくれないらしい。

「皆お金が無くて生きるのに必死なんです。もう国にも頼れないですからね」

 この国の格差は年々酷くなっている。国王アルカナは、能力者とその人々を雇う高所得者を優遇する政策ばかり成立させているため、一般庶民の生活は年々苦しくなっている。


 依頼者から報酬を貰うと、咢は事務所に戻った。咢は自然と事務所のポストを確認する。郵便チェックは毎回彼の役目だ。ポストの中には一通だけ封筒が入っていた。見たところ宛名には藤堂明宏と書かれており、差出人は書かれてない。

「誰から手紙だろう。中身を見たら怒られるだろうな……」

 封は解かないでおいた。よく考えれば、別に興味はない。


 藤堂はまだ事務所にいた。出ていった時と全く同じ場所で座って、昼飯の弁当を食べていた。

「ずっとそこにいたんですか、腰悪くなりますよ」

「ずっとじゃない、トレ―ニングはしてる」

 黙々と食事をしているその傍にそっと封筒を置いた。

「これはなんだ」

「ポストに入ってたんですよ」

「差出人が書かれてないが」

「そんなの俺に聞かないでください」


 奥の部屋で作業着を脱ぎ普段着に着替える。服の数が少ないのにも関わらず洗濯代をケチっているため、このしわくちゃなボーダーのTシャツもこれで五日目突入だ。

「何が書かれてました?」

「依頼のようだな、それも暗殺のほうの」

 後ろに回りこみのぞくと、写真とプロフィールが載った資料が目に入った。

「この3人の暗殺ですか。結構大変そうですね」

 藤堂は何も答えずにペラペラと紙をめくる。


 咢はこの仕事を初めてから殺しの依頼を一度もやったことがない。藤堂は「人では足りている」とか「お前にはまだ早い」と何かと難癖つけて咢にはやらせてくれないのだ。

 そのため、彼はまだ人を殺す感覚を知らなかった。


 この反応からしてどうせ今回もやらせてくれないのだろうとそこから離れようとしたとき、封筒の中に紙が一枚残っているのに気がついた。その紙だけそっと取り出し、中身を読む。


 そこにはこう書かれていた――「初めまして、藤堂明宏様。私はこの王国の戦略担当大臣を務めております樫穴渡(かしあなわたる)と申します。突然ですが、これは国の機密文書でございます。決して他の者に口外せぬようご理解いただきたい。さて、実は現在、国王の殺害を目論む者たちがいることが我々の調査で明らかになりました。我々は国の行政を管理する立場として、国王様を守る力はございません。なので、専門家である藤堂様にそれを企む者達を抹殺していただきたいのです。ターゲットは3人。彼らの情報は別紙に添付してありますので、是非ご参考になれば幸いでございます。期限は国王が王宮前で声明を出される三日後まで。当然、成功した暁には莫大な報酬と地位を約束します。最後にこの文書は"依頼"ではありません。国王代理として"命令"でございます。くれぐれもお間違いないように」


「嘘だろ……。国家がこんな事務所に?」

 予想以上の大事だったので、思わず読み返してしまった。

「それはなんだ」

 藤堂は最後の紙に気付き、それを取り上げた。とんでもない内容ではあったが、ここは絶対に主張すべきだと感じた。

「藤堂さん、俺もその仕事します。今回ばかりは譲りませんよ」

 なんせ莫大な報酬が貰えるのだ。そんなのを独り占めされたら堪ったもんじゃない。


 読み終わると藤堂は「なるほどな」と言いつつ、この手紙を破り去ってゴミ箱に捨ててしまった。

「な、なにするんですか! これは国王の命令ですよ!」

「大臣の命令な。それによく読めば分かる。これはただのいたずらだ」

「証拠はあるんですか?」

「これが国からの物だと証明できるものがない、それが証拠だ。分かったらこの話は終わりだ」

 藤堂は立ち上がり、茶色のコートを羽織って事務所を出ていった。


 残された咢は、部屋で一人考えていた。本当にこの手紙はただのいたずらだったのだろうか。内容は確かに脈絡もない唐突なものだったが、暗殺の対象者の紙はかなり詳細に書かれていた。一つの疑問が頭に浮かぶ。


――そういえば、他の書類はどうなったんだ。

 概要が書かれた紙は藤堂さんが確かに破り捨ててある。ただ、ターゲットの詳細が書かれた書類はどこにも無かった。

――持って行ったのか、藤堂さんが

 そうとしか考えられなかった。つまり、それが意味するのは彼はこの依頼に興味を持っていないわけではないということだろう。

「でまかせばっかり言いやがって……」


 咢は決意した。自分もこの依頼を調査しようと。今までは救ってもらった恩もあるので仕方なく藤堂さんの命令に従ってはきたが、これ以上報酬を独り占めされるのはもう我慢ならなかった。


 そうと決めたら、咢は記憶を遡る必要があった。なんせターゲットの重要な情報は全て持っていかれてしまっているのだ。記憶をたどり、思い出した名前をメモに書きだした。

「美波京子(みなみ きょうこ)と片桐耕作(かたぎり こうさく)、あと一人は足綿……。駄目だ思い出せない」

 何とか二人の名前は絞り出したが、あと一人がどうしても思い出せなかった。

「足綿――どこかで聞いたことがある気が……あ!」

 藤堂が読んでいた新聞の束を漁り出した。新聞を次から次にめくり足綿と言う名前を探した。

「あった、足綿鳴鹿(あしわた なるか)。まさかこの人が」

 足綿鳴鹿は、警察庁長官で能力者としても有名なエリートである。まさかとは思ったが、足綿なんて苗字はそうそう無い気もする。


 名前は大方思い出せたが、これ以上このターゲットらを調べる方法はてんで思いつかなかった。

「駄目だ、ここで考えててもらちがあかないな」

 とりあえず外に出て聞き回ることにした。一人くらい彼らのことを知っている人がいるかもしれない。


 Tシャツ半パンのまま、外に出ようと窓を覗くと、一人の女性が事務所の前でキョロキョロと辺りを見回していることに気が付く。

「あのぉ、もしかして依頼者の方ですか?」

 自分の同じくらいの年ごろの女性だった。アッシュヘアカラーの短髪で突き刺さるようなクールな目つきが、少し神秘的な雰囲気を醸し出している。黒のワンピースレースはスリムな体のラインにフィットして、手を腰に当てている彼女の姿はまさにスタイリッシュであった。


 彼女は、冷たい目つきでこう言った。

「あなた、如月咢よね。私は美波京子。あなたのことが好きなの。だから、付き合いなさい」

「はぇ?」

 突然の告白。

つっこみどころがあまりに多すぎたが、一番の驚きは彼女の名前だった。

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