②
「ねえ、木之下さん。その制服って……誰かのお古?」
きっかけは些細なことだった。無事に高校受験を終えた四月。中学まで仲の良かった友人達とは別々の学校になってしまった為に、晶子は一年二組という空間に独り、ぽつんと席に座って俯いていた。
いや、入学式を終えたばかりのこの時期は、晶子のようにクラスに馴染めない者は少なくない。ぎくしゃくしながらも、知らない子に声をかけられればすぐに打ち解けられる。一年間の生活を決める大事な時期であることはわかっていたが、晶子はそこまで社交性のある女の子ではなかった。
そんな、新しい環境で初めて迎えた日常の一日。三限目の英語が終わって、次の数学が始まるまでの十分間。一人の女の子が、晶子に声をかけてきた。一限目のホームルームでクラス全員が自己紹介をした際に名前を聞いた、確か久保という人だった筈。晶子のすぐ後ろだったから覚えていた。
ショートヘアに、少々童顔な様子はスカートを履いていなかったら女の子だとはわからなかったかもしれない。快活そうな様子に惹かれたのだろう、既に彼女の周りには数人の女の子達で賑わっていた。
「え? あ、うん……お姉ちゃんの」
元来から晶子は人見知りをする為に、そう答えることだけで精一杯だった。久保からしてみれば、話しかける為だけの話題だったのだろう。今日の天気とか、昨日の連続ドラマの内容などと大して変わらないものだ。
「お姉ちゃん居るんだ。へー、お姉ちゃんもこの学校だったんだ?」
「う、うん。去年、卒業して今は大学生だけど……」
そのまま姉の話になっても、全く別の話になっても良い。とにかく、晶子が久保と話を続けられれば、このクラスで初めて友人が出来るかもしれなかった。
だが、そうはならなかった。
「……でもさあ、木之下さん。その制服、ちょっとサイズ合ってなくない?」
そう言ったのは、久保の隣に居た背の高い女の子だった。確か、清水という子だった筈。背が高く、長いストレートの髪が良く似合っている。
彼女が何を思ってそう言ったのかはわからない。純粋な疑問だったのかもしれないし、既に明確な悪意があったのかもしれない。
「えっと、お姉ちゃん……ちょっと身体が大きかったから、それで……」
晶子の姉である木之下愛華は、言ってしまえばかなりの肥満体型であった。対して、晶子は背も低く痩せ型で。ブレザーとスカートはぶかぶかで、かなり見た目が悪かった。
高校生になったばかりで、皆が真新しい制服を身につける中、晶子だけがそんなみっともない格好。多感な少女達が晶子と清水のどちら側につくかなんて、火を見るよりも明らかだった。
「……木之下さんの家って、貧乏なの?」
「へー、かわいそー」
「それかさ、構ってちゃんなんじゃない? 制服も買えないくらいに貧乏なんです、わたしって可哀想でしょ? みたいな」
「あっはは! 居る居る、そーいうウザイやつ。不幸体質っていうか、そういうので他人の気を引こうとするの」
「うわ……痛々しいー」
クスクス、ケタケタ。気持ちの悪い嗤い声が、教室内に響く。晶子には、その嘲笑が伝染していくかのように感じられた。
クラス中が、晶子を見下して嗤っている。その後、チャイムが鳴って授業が始まっても、晶子に向けられた嘲笑が止むことは無かった。
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