『恋愛シミュレーション』
山本てつを
第1話 恋愛シミュレーション
やった。ついに手に入れた。大金を支払って、やっと。
中学生の頃からあこがれていた、あの女の子の、データ。
行動、思考形態、今までの恋愛歴、生まれてから今までの全てのパーソナルデータを収めたディスク。
このデータで、電脳空間に彼女を構築する。
ホログラムルームにバーチャルリアリティーの彼女を構築する。
そして、その彼女を相手にシミュレーションを行う。
どうすれば彼女の心を射止められるのか? そのシミュレーションを。
僕は高校の視聴覚室のホログラムルームに入り、ドアを閉め、ディスクをセットした。
ディスクが回転を始め、部屋の明かりが落とされ、ワイヤーフレームの世界へ変わる。
データが読み込まれ、コンピューターが彼女を再構築する。
待つ事数十分。さすがにデータ量が多くて、時間がかかった。
僕の前に光が集まり、ワイヤーフレームに肉付けされていく。
そして、そこに実物と寸分違わぬ、彼女が生み出された。
肩にかかる軽くウェーブした栗色の髪。潤んだ大きな瞳。少なくとも、外見は完全にトレースできている。
シミュレーターだと分かっていても、実際に彼女を目の前にすると、緊張する。何しろ、今までほとんど話した事など無かったのだから。
にっこり微笑む彼女を前に、いつまでドギマギしていてもしょうがない。誰かに部屋へ入られる前に、シミュレーションして動向を探らなくては。
「いくつか、教えて欲しい事があるんだけれど……」
「なぁに?」彼女が笑顔で答える。この笑顔だけで、満足してしまいそうだった。
「どんなタイプの男が好きなの?」
「う~ん、決まったタイプは無いかなぁ。頭のいい男の子は尊敬できるし、スポーツの得意な男の子はかっこいいし、引っ張っていってくれる男の子は頼りがいがあるし、気弱な線の細い感じの男の子はかわいいし」
なんというか、優等生な答えだなぁ。
「でも、今までだって、付き合った男はいるんでしょう? 決定打はなんだったの?」
「その時の感じ方かな。強いだけでも、優しいだけでもなくて、フィーリングとタイミングが合って……」
彼女が少し困った顔でうつむいた。まずいな。このままじゃ、ろくにデータが取れないぞ。
シミュレーションする事で、彼女の理想の男になろうとしたのに、第一歩からつまづいた感じだ。
プラス方向へ自分を変えるのはとりあえず置いておこう。
好かれるより前に、嫌われないようにするのも重要だ。
「じゃ、じゃぁ、どんな男が嫌い? やっぱり不潔とか、優柔不断とか、そういうの?」
「う、う~ん、それも決まったパターンは無いんだけど、しいていうなら──」
突然彼女のプログラムが緊急停止した。
視聴覚室に明かりが灯る。
プログラムが緊急停止した理由、それは、部屋に”何者か”が入ってきたためだ。
そして、その”何者か”は、部屋の入り口に立っていた。
肩にかかる軽くウェーブした栗色の髪。潤んだ大きな瞳……。
リアルな、現実世界の、彼女本人だ。
データディスクを片手で振り、怒りの表情を隠そうともせず、彼女の口が言葉を発した。
「恋愛をシミュレーションするような人は、大嫌いよ」
── END ──
『恋愛シミュレーション』 山本てつを @KOUKOUKOU
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