第3話 歓迎
「よろしくお願いします!」
気づいたら、深く頭を下げていた。
耳には、みんなの喜びの声。
心地良い声が、耳から身体に……
そして、心に染み渡った。
「よっろしっくねー、いっちゃーんっ!」
早々に京さんが後ろから抱きついてきた。
「あぁ、こら京ちゃんっ!
もう、すぐ抱きつく癖はやめなさいってあれほど……」
「いいじゃーん、それにいっちゃん可愛いんだもん」
「あ、あの……」
あわあわしている私の頭を撫で回す。
「えっへへー。これからよろしくね、いっちゃーん!」
後ろからでは見えないが、声色は心底嬉しそうな声だった。
そう思うと、不思議と悪い気がしないものだ。
そんな様子を見て、露草先輩が笑いながら。
「よかった、これで私の奴隷が1人増えたわ」
「えっ……」
「ウ・ソ♪」
何というか、第一印象からはちょっと想像がつかないお茶目さだ。
そして、冗談なのかどうか、判断しづらい。
「でも、今年は樫儀さん1人だけだと思ってたわ。
こういうことって無いのだけれど」
「えっ、そうなんですか?」
「記録によれば、途中から入った子がいるのは、転入生くらいしかいないわ。
それに、あらかじめ退魔部に入ると決まっている人だけよ」
「何を隠そう、私も、退魔部のためにこの学校に来たでーす!」
大きく手を上げて、元気に言う樫儀さん。
そういえば、自己紹介のときに、家が遠いとか言ってたっけ。
「あとは、例外中の例外なんだけど……
朝生さんは、御兄弟はいらっしゃいましたか?」
その言い方に違和感を覚えるのは無理もない。
いらっしゃいました?
どうしてすぐに過去形になるのだろう。
そこに引っかかるも、私の答えは同じだ。
「いえ、兄弟はいませんよ。私、一人っ子ですから」
「そう。じゃあ、その例外にも当てはまらないわね」
なんだかホッとしているように見えるのは気のせいだろうか。
「でも、正直とても助かるわ。今年は人数が少ないから不安で……」
と、露草先輩が言っている途中で、
奥のほうからゴーンという鐘の音が聞こえてきた。
今の今まで、何でこんなものを見落としていたのだろう。
本棚の奥には、見たことのない大きな砂時計がある。
1メートルほどはあるだろうか。
大きな木の枠に余裕をもって収まっており、
パッと見たところでは、普通の砂時計にしか見えない。
ところが、明らかに普通ではない部分がある。
「これ、浮いてる……?」
本来は枠にピッタリと収まっているはずの、
砂の入った、フラスコを2つつけたような、普通の砂時計のガラス。
その収まり方がおかしい。
上にも、下にも、右にも、左にも空間がある。
そして、その挙動も普通では無い。
風のせいでも無く、振動のせいでも無く。
勝手に揺れている。
砂が落ちる中心を軸に、ゆっくりと振り子運動をしている。
そして、その揺れる動きに合わせて鐘の音が聞こえているのだ。
「あ、あの。これは?」
恐る恐る聞く私に、露草先輩は険しい顔をしつつ答える。
「これは「魔刻の砂時計」よ。
「バルティナの歪み」が始まる15分前にすべての砂が落ち、
ゆっくりと揺れ始め、中にある砂が不思議にも鐘の音を鳴らすの。
ハデスゲートが閉じると同時に、揺れは止まるわ。
そして、止まると同時に、この砂時計は反転するの。
そうして、またバルティナの歪みの時を教えてくれるのよ」
早口に言い終えると、露草先輩は私のほうに改めて立つ。
「さて、朝生さん。あなたもバルティナの歪みに立ち会いませんか?」
「えっ……わ、私も、ですか?」
「そうよ。愛さんがいるから危険は無いと思うけど……
絶対という保証は出来ないわ。それでも一緒に行ってくれる?」
「ちょっと待て、五十鈴……!」
突然、怒りをぶつけるように言う森川先輩。
それを受けてもなお、涼しい顔をしている露草先輩。
「私たちには、余裕は無いの。それは厘さんだってわかってるはずよ」
「それは分かっている。だがっ!」
「なら、ここで反対する理由は無いんじゃないかしら。
それに、朝生さんは行きたいって顔してるわ」
そんな顔をしてるのかと、少し自分の顔を触ってみる。
まぁ、当然わかるはずが無いんだけど、
自分でも少しばかり期待している気持ちが表に出ているのが分かる。
「は、はい。私に何が出来るかわからないけど、頑張りますっ!」
「ちょっ……」
「ありがとう、とても頼もしいわ」
森川先輩の言葉を遮る形で、
露草先輩が私の両肩に手を当てて優しく言葉をかける。
「は、はい。私も嬉しいです」
「大丈夫。きっと愛さんが護ってくれるわ」
露草先輩は振り返り、みんなのほうを向く。
と思ったら、すぐに私の方へ振り向いた。
「あ、行きたそうな顔してるっていうのはウ・ソ♪」
ガクッと崩れ落ちる私を余所に、再び露草先輩がみんなの方を向いた。
「さぁ、みんな。準備するわよ」
「はい!」
全員が、今までの空気を完全に切り替えて、
まるで軍隊のごとく動き出していた。
右往左往している私の肩を、森川先輩が叩く。
「……ついて来い」
「は、はい」
私はそのまま、森川先輩に手を引かれていった。
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