第4話 初めての幽体離脱

 たどり着いたのは隣の教室。


 気になったのは、「使用禁止」の張り紙が張ってあったこと。

 それに、視線で気づいた露草先輩が、


「これは、私たち以外は使用禁止っていう意味よ」


 と教えてくれた。

 なるほど、ウソは書いてないっていうことみたいだ。



 中はとても暗かった。


 まだ夕方だから、日は出ているはずなのにかなり厚い遮光カーテンが、

 その日差しを完全に遮断していた。

 窓はもちろん、出入りするドアも光が入れないようになっている。

 あまりよく見えないけれど、中は普通の教室のようだ。

 端っこのほうに机と椅子が積み重なっているように見える。

 その空いているスペースで、みんなが手を取り合って輪を作っている。


「朝生さん、こっちに来て」


 露草先輩に呼ばれると、先輩の右に立つ。

 私の左は愛さんだ。


「はい、手を繋ぎましょ。あとは私たちに任せて」


 求められるままに手を差し出すと、露草先輩は首を横に振る。


「みんなと同じように手を繋いで。私には左手を、愛さんには右手を。

 腕を前で交差するように」


「あ、はい」


 なるほど、人数にしては輪が小さいわけだ。


 露草先輩に左手を、愛さんに右手を差し出すと、優しく握られる。


「目を瞑って、心を落ち着けてくださいね」


「はい……」


 愛さんに優しく諭されるように言われ、素直に目を瞑る。

 深呼吸。


 ゆっくりと、3回。

 身体の力が抜けていく。

 耳には、露草先輩の声が聞こえる。


「いざ行かん。我らの戦地へ。我らの宿業の地へ。魔の潜む地へ。

 受け入れよう、我らが魂に課せられし運命を」


 徐々に。

 徐々に力が抜けていく。

 立っていることすらも出来ない。

 でも、

 力を入れようとしても、

 動かない。

 もどかしく。

 もどかしく。

 もどかしくて。

 思わず目を開けた。




「……あれ?」


 鏡でしか見たことのないものがある。

 それは、普段はよく見えないもので。

 そして、とても身近な。

 おそらくは、自分が生きる上で一番大事なもの。


「どう? 自分の身体を、こうして俯瞰して見た感想は」


 露草先輩の声がした気がする。

 でも、その声はイマイチ私の耳には入らない。

 目に入るものがあまりに驚きで。

 あまりに刮目して。

 耳に神経が行かないでいる。




 そこには、私の身体があった。


 その身体の首筋から細い糸のようなものが伸びていて、

 私の尾てい骨のあたりに繋がっている。

 その糸はとかく細く、意識しないでいると、見失ってしまうほど。

 まるで蜘蛛の糸のようだった。

 

「初めての幽体離脱、おめでとうございます。気分はどうですか?」


「ゆ、幽体離脱……?」


 よく見ると、隣にいる露草先輩も、

 そしてみんなの身体からも同様に糸が伸びている。


「なんだか、信じられない感じです……」


「ふふ、最初はみんなそうですよ」


 そう言って、ふわりと飛んでいく露草先輩。

 その先輩の姿は、巫女さんの姿だった。


「えっへへ~、いっちゃんの裸見ぃ~ちゃった!」


 何故か軍隊の迷彩服を着ている京さんが私に飛びついてくる。

 そこで初めて、自分の姿が裸になっていることに気づいた。


「いっちゃん、胸小さいぞ。私と同じだなー、この可愛いやつめ」


 胸に顔を埋めて左右に首を振る京さん。


「ちょ、ちょっと……ひぁ!」


「良いではないか、良いではないか~」


 怪しい顔つきで言う。

 さて、これからと言わんばかりに、舌なめずりをして、

 手をわきわきさせている京さんの、首根っこを捕まえる人が1人。


「京ちゃーん……今はともかく、後でおしおきですよ」


「あ、あはは~……ちょっとしたスキンシップですよ、愛さま……」


 後ろから激しいオーラを出しつつ、私から京さんをひき剥がす愛さん。

 頭にはもちろん、怒りマークがついている。


 そんな鬼の形相から、私のほうへ振り返ったときには、

 菩薩のような顔になっていた。


「先に言っておかないといけなかったですよね。

 服は自分でイメージしたものを着ることが出来ますよ。

 ただ、最初に幽体離脱するときしか出来ないので、今回は我慢してください」


 申し訳無さそうに頭を下げる愛さん。

 その愛さんは、教会のシスターの格好をしている。

 確か、家は仏教って言っていたような気もするけど、

 京さんの迷彩服は更に関係ないところを鑑みると……


 案外、何でも有りなのかもしれない。


「朝生さん、フルーツポンチね!

 日本女子たるもの、やっぱりそのくらい肝が座ってないとだめですねー」


 樫儀さんの服装は、新撰組のごとく、男性の着物だ。

 正確には羽織りというべきか。

 っていうかフルーツポンチって……?


「それを言うならフルモンテイだろう。元は英語のはずだが?」


「あはは、そうでしたー!」


 あの時出会ったままの、銀髪の騎士が、樫儀さんの言葉を訂正する。

 その容姿は劇的に変わっているものの、

 森川先輩だということに気づくのには、そう時間は掛からなかった。


 それにしても、森川先輩のこの格好。

 どこかで見たことがあるような……?


「ほら、みんな。あんまり朝生さんをからかわないで」

 一通りみんなの姿を見て思わず茫然自失でいる私を、

 露草先輩が手を引いてくれた。


「こちらです。さぁ、ここからが、退魔部の本当の体験入部ですよ」

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