第2話 退魔部入部します!

 昨日の女の人は何だったのだろう。

 それを考えているうちに、もう放課後になってしまった。


 生徒会室の隣。

 そう言っていたけど、どこが生徒会室なのかも分からない。

 廊下をキョロキョロと不審人物のようにウロついていると、

 後ろから元気な声が私の背中にかかる。


「おんやー、どうしたのかなこんなところでっ!

 1年生みたいだけど、もしかして迷子かなーっ?!」


 ドドドという音と共に後ろから迫る気配。

 そして私の背中に覆い被さってきた。


「ひゃあっ!?」


 思わず声をあげてしまう。


 でも案外軽い。

 そして、よくは見えないけど、

 後ろに張り付いてるのは女の子だということだけは分かった。


「あれー、この子もしかして……」


「え、えっと。その……」


「もしかして、「見える子」?」


「えっ?」


「リンリン先輩が言ってたんだ。

 昨日「見える子」がいたから、部室に来るように言っといたって。

 君のことかな?」


「あ、あの……リンリンさんがどなたか分かりませんけど、銀髪の人ですか?」


「大当たりー! そっか、君だったんだ。

 じゃあ部室探してたんだよね。こっちだよー!」


 背中からピョンと飛び降りると、私の手首を掴んで走り始める。

 その速度は、私が1人で走るより俄然早く、ついていくのがやっとだった。


 と、思いきや。

 5メートルも走らないうちに急ブレーキをかける女の子。


 私はそれに反応出来ず、オーバーランするところを、

 女の子がそれをしっかり掴んでくれた。


「あ、ありがとうございます」


「お礼なんていいよ。ほら、ここだよ!」


 目の前には引き戸。

 上のプレートには「退魔部」とあった。


 どんな部活なのだろう。

 正直、想像がつかない。

 そういえば担任の望先生が、顧問だけど全然内容は知らないって言ってたっけ。

 顧問の先生だって分からないんだから、私に分かるはずもない。


 心の準備をして、まずはノックからしよう。

 まずは深呼吸を…………


「森川せんぱ~~~いっ! 連っれてきったよ~~っ!」


 目の前の扉が勢いよく開かれた。


「はいはい、入った入った~!」


 後ろから肩をがっちり捕まれ、ズカズカと部室に入らされる私。

 訳も分からないままに、部室の真ん中へと押し入れられた。


 部屋の中は、教室の半分ほどの広さ。

 正面に大きめの窓があり、

 夕方の日差しをいっぱいに受けて部屋を照らしている。

 左手に本棚、右手にロッカー。

 その上には小綺麗な花瓶が置いてあり、

 無機質になりがちな空間に文字通り花を添えている。


 そんな部屋の真ん中に、大きめの長机がある。

 その長机の真ん中にして私の目の前。

 そこに、長い黒髪の綺麗な人が椅子に座っていた。

 赤色のカチューシャがよく似合う、上品な感じの人だ。


「あら、なかなか派手な登場ですね」


 口を手で隠しつつ小さく笑う。

 その笑い方にも気品がある。


「ようこそ、退魔部へ。

 私は退魔部の部長、3年の露草五十鈴つゆくさいすずです。

 厘さん、この方が「見える人」ね」


 リンさんと呼ばれているのは、少し離れて隣に座っている髪の長い人だ。

 あの時出会った人と同じ人ではあるけれど、髪は赤毛だった。

 

「そうよ。ようこそ退魔部へ。3年の森川厘もりかわりんよ」


 ぶっきらぼうに言い放つ。

 目つきも鋭いし、その視線も突き刺さるような感じだ。

 正直、ちょっと怖い印象を受ける。


「あれ、朝生さんです?」


「あっ、その声は……」


 数回しか聞いてないけど、聞き覚えのある声。

 普段は後ろから聞こえてくる、明るく耳に心地良い、

 それでいて英語なまりの声だ。


「朝生さんも退魔部の人だったですねー! 千里です、よろしくでーす!」


 後ろの席の樫儀さんだった。

 相変わらず、金髪と蒼い瞳がとても綺麗だ。

 見覚えのある顔を見れてホッとしていると、

 露草先輩の横にいる女の子と目が合う。

 その子は、慌てるように席を立つと、深々とお辞儀をする。


「わ、私は2年生の狩野愛かのうあいと申します。

 あなたの後ろにいる子の、双子の姉なんです。

 あの、けいちゃん、失礼なことしてないですか?」


 何だか申し訳なさそうな視線を私に送る。

 頭の上にお団子を2つ作る髪型は可愛いらしい。

 透き通るような肌に、上気した顔がその可愛らしさを引き立てている。


「えっ、嫌だなぁ、愛ちゃん。そんなことするわけないじゃん」


 後ろにいる子…………

 京ちゃんと呼ばれた子を改めて見る。


 少し色黒……

 いや、太陽の日で焼けているのだろう。

 健康的な肌で小柄な身体。

 私が言うのも何だけど、子供っぽい。

 髪型は、愛さんと同じように団子を作っているが、

 そこからさらに髪が少し伸びてツインテールを作っている。


「まぁ、そういうわけで、あたしが狩野京かのうけいだよ。よろしくね!」


 私の後ろからようやく離れて、京さんは愛さんの横に付いた。

 座っていた露草先輩が、机を半周して私の前に立つ。


「さて、流れで自己紹介も終わったところで、

 あなたのお名前を聞いてもいいかしら」


「あ、はいっ! えっと、朝生一子です」


「朝生さんね。1つ、あなたにお願いがあるの。

 あなたには、この退魔部に入部して欲しいの」


「は、はぁ……」


 つい反射的に生返事をしてしまった。

 何分、顧問の大橋先生ですら何をしているか分からない部活だ。

 二つ返事というわけにもいかない。


「ちなみに退魔部は、あの麻薬の大麻を栽培する部なのよ」


「えっ! ウソっ?!」


「ウ・ソ♪」


 人差し指を鼻にあて、可愛く言う。

 思わず転けてしまう私などお構いなしに、話を続ける。


「まぁ、その感じだと、あんまり気乗りしない感じかな。

 じゃあ、ちょっと見学して行くといいわ」


「あ、はい」


「ちょっと待て、五十鈴」


 待ったをかけたのは森川先輩だ。

 勢いよく椅子から立って露草先輩を問いつめる。


「ずいぶん甘いな。そんなことでいいのか?」


「まぁ、先輩は先輩のやり方があったからね。

 私は違うわ。だから強制なんてしないの」


「ちっ……」


 露草先輩を標的にしていた森川先輩は、次は私に牙を剥く。


「あなたは強制的に退魔部に入部よ。そうじゃないと危険すぎる」


「あ、あの……」


「それとも何? 入りたい部活があるの?

 それなら掛け持ちしても構わないわ。でも、うちには絶対入りなさい」


「厘さん」


 重厚な声を出す露草先輩。

 それに封殺され、黙って席に座る森川先輩。


「私も、厘さんの意見はもっともだと思う。

 あなたは「見える人」。

 だから、仮に退魔部に入らなかったとしても、

 監視くらいはつけさせてもらうことになるわ。

 それならいっそのこと、部に入って欲しいの」


「あの、さっきから言われてるんですが「見える人」って、何なんですか?

 さっぱり分かりません……」


「……そうね。ちょっと話を急ぎすぎました。

 まずはそこから話さないといけないですね」


 ごめんなさい、と謝罪をし、深呼吸をしてから、露草先輩の話は続いた。


「ここは退魔部。

 文字通り、魔を退ける者たちが集う部で、

 入部希望だと言って入れる部じゃないわ。

 あなたのように、「見える人」でなければならないの」


「見えるって、何がですか?」


「悪魔よ」


 …………悪魔。

 悪魔?

 あの悪魔?

 この前見たあの小さな生き物が悪魔?


 何だか、イメージが違う気がする。

 悪魔というと、山羊の頭に人の身体、

 コウモリみたいな翼が生えてるような感じだけど。

 昨日見た、あの小さいのが悪魔とは……


「そうね、あなたがイメージする悪魔とはずいぶん違うわ。

 一般にイメージする悪魔は、あなたの見た小さな悪魔が成長した姿なのよ」


「そ、そうなんですか」


 ついドキッとしてしまう。

 何だか、聡明な眼に見透かされてるようだ。


「そして、その悪魔が「見える人」は限られているの。

 ここにいる全員はもちろん「見える」んだけど、

 逆に言えば、それ以外の生徒……いえ、生物には「見えない」のよ。

 そして、悪魔たちの成長の糧にされてしまう可能性があるの」


「成長の糧……?」


「そう。

 悪魔はね、生物の願いを何でも叶えることで、

 その者の「カルマ」を汚して成長していく。

 例えばそう……朝生さんは、運動会の日は晴れて欲しいと思った?

 それとも、雨が降って欲しいと思った?」


 言われて考えてみる。

 別に運動は嫌いじゃなかったし、運動会の雰囲気は好きだから、

 むしろ晴れて欲しかった気がする。


「そうですね……私は晴れて欲しかったです」


「そう、実は私もよ。

 でもね、朝生さんが「晴れて欲しい」と願って、そして当日晴れていたなら、

 もしかしたら悪魔が聞き届けたのかもしれないわ」


「えっ、どういう意味ですか?」


「悪魔たちはね。人間……いえ、すべての動物たちの願いを

 どんなものでも叶えることが出来るの。

 あらゆる生物が持つ「カルマ」を代償にね。

 欲の深い生物という意味では、人間が特に狙われやすいの」


 なるほど、確かにそうかもしれない。


 生き物には、生きるための欲望というのはよくよくあるものだろう。

 食べ物が欲しい。

 安眠出来る時間が欲しい。

 弱肉強食の世界を切り抜けるための欲望は、様々なんだと思う。


 人間は、そういった生きるための最低限の欲望……

 食べたい。

 眠たい。

 そ、その、エッチしたいとか。

 三大欲求と呼ばれる、その延長上にある社会的な欲望もある。


 そういう面においては、事欠かない相手なんだ。


「ただ、限度はあるわ。

 小さい悪魔であればあるほど、叶えられる願いには限界がある。

 ただし、その逆も然りだけど」


「じゃあ私が見たくらいの悪魔は?」


 露草先輩が、森川先輩に視線を送る。

 それを受けて、森川先輩がこちらに視線を向けた。


「あの程度では、さっきの例のような、天気を左右する、という事象は難しい。

 だが、あのレベルでも「晴れにして欲しい」という願いを、

 複数の悪魔が持ち込めば叶えられるはずだ」


「あっ、そうか。

 願うのは1人だけとは限らないですし、悪魔だって1匹ではないですよね」


「そういうことだ。それに、悪魔たちは厄介でな。

 独り言のように呟いた願いでも、それを願いとして聞き届けることが出来る。

 さっきの五十鈴が言っていたことは、つまりはそういうことだ。

 お前が、いつぞや呟いたかもしれない「運動会は晴れになって欲しい」

 という願いを、悪魔が勝手に聞き届けた可能性はゼロじゃないということだ」


「な、なるほど。確かにお節介というか何というか……」


「全くだ。そして、その人間は勝手にカルマを汚されてしまう」


 カルマ。

 よく聞く言葉だけど、いまいち意味は知らない。

 頭のはてなマークを察してくれたのか、愛さんがフォローしてくれる。


「あっ、えっと。

 カルマっていうのは、最近は曲解されているイメージなんですけど、

 悪い意味は無いんですよ。

 私の家は仏教の家系なのでよくお話するんですけど、

 カルマは「行為」という意味なのです。

 そして、引いては「因果応報」という言葉に繋がります。

 自分の行いは返ってくる、ということですね。

 この因果応報っていう言葉も最近は「悪いことをすると悪いことが返ってくる」

 というイメージなんですけど、本来は「良い意味でも悪い意味でも」なのです。

 それで、あう、えっと、つまり~……」


 なんだかちょっと慌てている。

 顔を真っ赤にして、とても可愛い。


「簡単に言うと、例えそれが故意でなくとも、

 悪魔の手によって自分勝手に願いを叶えるというのは、

 「行為」としては「マイナス」になるということなんです!」


「まぁ、そういうことだよね」


 真っ赤になる愛さんの前に、京さんが横から現れる。


「そんで、カルマの汚染の影響っていうのは、これから生きていく上での、

 いわゆる「運」と言われるものが低下する。

 まぁ、そりゃ無理な願いを叶えたあとに、更に運がついてまわる、

 何てウマい話は無いよね。

 そして、類は友を呼ぶ、なんて言うけど、カルマが汚れているものには、

 汚れているものが吸い寄せられるってものなのさ。

 カルマが汚れてる連中っていうのは……

 まぁ想像つくだろうけど、決していいもんじゃないよ。

 イメージしやすいところだと、マフィアとかヤクザなんて呼ばれる人たち。

 あの人たちの素行を、良いものだとはとても言えないよね?

 そういう人間のカルマはそれこそ真っ黒に汚れてるのさ。

 良い人だけど不幸が付きまとう人とか、

 そういう筋の人から離れられない人っているよね。

 もしかしたらその人は、

 知らず知らずのうちにカルマを汚されてる可能性が高いんだ。

 カルマが汚染されるというのは、それほどにリスクを伴うものなのさね」


「そんなっ! じゃあ、一体どうすれば……」


「そこで退魔部の出番でーすっ!」


 樫儀さんが抜刀する仕草をしながら言う。


「こいつら悪魔は、必ず「ハデスゲート」を使って行き来しているです。

 ハデスゲートっていうのは、すんごーーく大きい扉のことで、

 この世界と、悪魔の住む「魔界」とを繋いでいる扉なのでーす。

 悪魔たちは成長するために、

 まずこのハデスゲートからこの世界に出てくるです。

 そして、この世界から願いを持ちながら、

 ハデスゲートを通り抜けた悪魔のみが、

 生物のカルマを代償に願いを叶えるです」


「じゃあ、そのハデスゲートを潜らせなければ……」


「イェスっ! その願いは無効に出来るでーす!」


 いつの間にか露草先輩が席に座り、私の目を見据える。


「ハデスゲートが開くのは6日に1度。

 それを「バルティナの歪み(ひずみ)」と呼んでいるわ。

 開く時刻はいつも一緒の、夕方4時44分。

 そして、ハデスゲートは、誰かが閉じなければ開きっぱなしになってしまうの」


「そんな……それじゃあ、やりたい放題じゃないですか!」


「そう。だから、私たちが閉めるのよ」


 一斉に首を縦に振る5人。


「私たちが、たくさんの人たちのカルマを守るの。

 そして、あなたにも是非、それを手伝って欲しいのよ」




 ドクンと。


 心臓が大きく鳴る。

 鼓動が高鳴る。

 震えが止まらない。


 人の役に立ちたい。

 そう思っていた。


 そして、私は役に立っていたのかもしれない。

 でも、今までは、人に決められたことをやって。

 自分が決めた振りをして。

 人に決めてもらって。

 役立っていると。

 そう思っていた。

 そう思いこんでいた。

 そうすると、自分が楽だったから。

 その方が、認められた気になるから。


 でも、今は。

 今回は、違う。

 私は、心の底から。

 自分の意思で。

 退魔部に入ろうと、


 自分で決めた。

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