たいまぶ!

司条 圭

プロローグ ~退魔部入部~

第1話 プロローグ

 巨大な扉。


 私の背丈どころか、高層ビルのごときその高さは、見上げてもきりがない。


 とても動きそうもない、重厚な扉。


 その巨大な扉が、音を立てて僅かに開き始める。


 少しずつ開かれ、動くたびに軋む音が木霊する。

 その音が止んだかと思うと……

 扉の中から、一斉に黒く小さな生物が大量に飛び出してきた。

 

「さぁみんな、行くわよ!」


 先輩の言葉に、みんなが動いた。










「桜の花が咲き乱れ、私たちの入学を歓迎するかのような桜吹雪が舞う中……」


 新入生代表の挨拶を、耳に入れては流している私。


 ここ、雄葉(ゆうは)高校は、地域でもそれなりの名門高校。

 私こと朝生一子あそういちこは、その雄葉高校に入学した。


 言われるままに勉強をしてきた。

 言われるままに頑張ってきた。

 言われるままに高校に進学した。

 言われるままに入学式に出席していた。

 言われるままに。

 言われるがままに。



 別に、それが嫌だというわけじゃない。

 

 言われるままだけど。

 一応、自分の意思が無いわけじゃなかった。


 言われるままと言っても、最後は自分が決めている。

 言われるままと言っても、自分の意思は介在している。

 そうして、立派な高校に入ることが出来た。


 それは素晴らしいことだ。

 おいそれと出来ることではない。


 この高校に入るために、たくさん努力した。

 そして、たくさんの人を蹴落としたのだろう。


 誇るべきこと。

 誇るべきことなのだ。


 それなのに。

 それの何が不満なんだろう。


 何が、そんなに引っかかるのだろう。




「朝生さん?」


「は、はいっ!」


「第1号で緊張するかもしれないけど、自己紹介いってみよう」


 入学式終了後の教室。

 呼ばれたことさえ気づかなかった私は、つい素っ頓狂な声をあげ、

 不本意にもクラスメイトから笑いを取ってしまった。


 高校生になると、出席番号はあいうえお順。

 朝生、という名字である以上は、先頭になるのはやむなしなのかな、と。

 そんな独り言が頭でグルグル回っているが、

 肝心な自己紹介の言葉は口の中でこんがらがり、表に出せずにいる。


「うん、じゃあ先生から自己紹介しましょー!」


 先生の助け船。

 正直、とても有り難い。


 先生は、私たち生徒から見て左側に小さなテールを作る髪型で、

 それを止める髪留めは、可愛らしい花があつらえてある。

 色白で、可愛らしい雰囲気の先生だ。

 今日は入学式だからか、黒いスカートのスーツを着て、

 黒のパンプスを履いている。


「黒板にも書いたけど、大橋望おおはしのぞみです。

 大橋先生でも、望先生でも、好きな方で呼んでね。

 教科は国語を担当していて、顧問は「退魔部」っていうところをしてるんだ。

 でも、みんなにはあんまり関係ないかなー?

 何かちょっと特殊な部活みたいなのよね。

 っていうか、私も形式上顧問を任されてるだけで、あんまりよく知らないんだ」


 たいまぶ……?


 私の頭の中では「大麻部」と変換され、

 物騒な部活があるんだなぁと思いつつも、

 そんなものはあるはずがないと、軽く首を振って考えを吹き飛ばす。


 そんな私を余所に、大橋先生は私に話しを戻す。


「じゃあね、名前とお誕生日、それと、好きなことを言ってみようか。

 好きなことが最初に分かれば、お友達も出来やすいでしょ?

 じゃあ朝生さん、頑張って!」


「は、はい」


 指名されて席を立つも、急に頭が真っ白になる。

 えっと、まずは……


「た、誕生日は5月の13日です!」


「うん、朝生さん。お名前はー?」


 先生のフォロー。

 思わず声がうわずってしまう。


「あ、は、はい。朝生一子です……」


「朝生さん、これからよろしくねー。朝生さんの好きなことは何かなー?」


「あ、はい。好きなことは……」


 好きなこと。

 何だろう。

 私の好きなこと。

 問われてみて、初めて気が付いた。

 好きな事と言われて、すぐに言えるものがない。


 でも、ここを何とか乗り切るためには……

 そうだ。

 とりあえず、一番無難なもので。


「……読書です」

 漫画のほうが多いけど。


「そっかー、本を読むのが好きなんですね。

 朝生さん、これからよろしくお願いします」


 まばらな拍手を受けながら、席に座る権利をようやく得た。

 思わず安堵のため息すら漏れる。

 

「じゃあ次、樫儀さん!」


 後ろにいる子が立つ。

 私もそれを見るために、身体を半分横にした。


 今の今まで緊張していて分からなかったけど、

 後ろにいた樫儀さんは金髪の子だった。

 小さなツインテールを作り、眼は蒼い。

 この学校では、髪染めもカラーコンタクトも許されるはずもないし、

 ハーフの子なのだろう。


「はーいっ! 樫儀かしぎ・ランバ・千里せんりです。

 生年月日は7月30日っ。好きなことは日本の文化に触れることですっ!

 日本に来てまだ3ヶ月ほどなので、みなさん、色々と教えてくださいねー!

 それと先生、私の家はとっても遠いので、遅刻しても

 許してちょんまげーです!」


「はい、樫儀さんありがとう。

 これからもよろしくお願いしますね。じゃあ次、霧島さんね」


 ちょっとした義務感から解き放たれ、さっきまでの緊張はどこへ行ったのやら。

 樫儀さんを含め、みんなの自己紹介を気楽に聞いている私がいた。





 入学式の翌日。


 その日の放課後は、部活勧誘の嵐が訪れる。

 中学の頃も確かにあったのだけれど、高校では、その凄さは予想以上だった。


「1年生だよね? 宇宙に興味無い?

 星って想像してる以上にすごく綺麗で神秘的だよ!」

 天文部。


「いやいや、水泳でしょ。全身運動だからダイエットにもなるんだよ。

 先輩たちもみんなプロポーションいいよ!」

 水泳部。


「そんなことより、弓道やらない、弓道!

 それこそ、一部の高校でしか出来ないんだよ。

 施設が揃ってるところって少ないからね。

 矢が的に当たったときはすごく気持ちいいよ!」

 弓道部。


「女子力アップには欠かせない、調理部はどう?

 今入部したら部長お手製のエプロンがついてくるよ!」

 調理部。


「このご時世、護身術くらい身につけてないとダメよ。

 合気道は女の子でも強くなれるよ!」

 合気道部。


「お願い、入部して! 新入生が3人入らないと廃部なの!」

 墓石研究会。


「それよりウチはいかがでごわす」

 相撲部。



 …………………


 …………


 ……



「本当に「ごわす」なんていう人、初めて見た……」


 フラフラになりながら、私はようやく校門を出た。


 もう暗くなり始めているのを見て、思わずため息が漏れる。

 眼をぐるぐる回しながら、

 結局声を掛けられたすべての部活を見学することになってしまった。


 お土産と称して、色々いただいている。


 制服の上に合気道の道着を羽織り、

 何だかやたらと派手なエプロンに弓道の胸当てをつけ、

 頭に水泳キャップ、右手には望遠鏡を持ち、まわしを肩に掛け、

 墓石のストラップを首にかけている。

 なんだかもう、よく分からない人になっていた。


「はぁ……」

 再びため息がこぼれる。


 別に声を掛けられるのが嫌というわけじゃない。

 部活の勧誘に振り回されたことを後悔してるわけじゃない。

 自分の優柔不断さを呪っている。

 自分のやりたいことが決まっていれば、

 こんなことにはなっていないんじゃないだろうか。

 

 中学の頃は吹奏楽部だった。


 志望理由の一番は、お母さんに勧められたこと。

 あなたに一番合ってるんじゃないかと。

 そう言われ、私もそう思って入部した。

 吹奏楽は無難にこなした。

 確かに、私の肌にも合っていたし、特別不満も無かった。

 全国大会を目の前にして、ギリギリで敗れ去った。

 それだけの実力もつけたつもり。


 それでも、高校に入ったら別の部に入ろうと思っている。

 やっぱり何かが「引っかかる」んだ。


 それでもやはり、その中で共通している自分の「意思」がある。


 人の役に立ちたい。


 吹奏楽で、他の部活の応援をすることがあったが、そういうことが嬉しかった。

 

 きちんと勉強をして雄葉高校に入学出来たこと。

 お父さんもお母さんも、とても喜んでいた。


 それが嬉しかった。


 私は役に立っているんだと。

 そう実感していた。


 でも。


 それでも。


 それでいいのだろうかと。


 私の心の中では、それが引っかかっている。

 何となく、操り人形のような感覚。


 でも、それは絶対に嫌じゃなく。

 決して嫌ではなく。

 だからというわけではないけど、反抗したくなる。


 これが反抗期というものなのだろうか。

 何度目かのため息をつく。


 ふと見ると、目の前にいる不思議な生き物が目に留まった。

 黒く丸っこいものに手足が生えていて、白い仮面を被っている。

 いや、仮面そのものが顔なのか、微妙に動きが見える。

 図鑑でも見たことのないその生き物は、私と眼が合うと、

 びっくりしたように逃げていく。

 

「何も逃げなくても……」


 つい言葉を漏らしていると、突然。


 音も無く、急降下してくる何か。


 ガツン。


 そんな形容では足りない。


 だけど、そう形容せざるをえない衝撃音。

 凄まじい風圧。

 同時に吹き荒れる砂埃。

 共に降りたつ何かと、同時に響く奇妙な悲鳴。


 この世のものとは思いがたい奇声に、思わず耳を塞いだ。

 その分、眼ははっきりと目の前の事象を捉えている。

 晴れた砂埃の先。


 目の前にいるのは、人だった。

 でも、まるで人ではないようにも思えた。

 ファンタジーの世界でしか見たことのない鎧をつけている。


 部分鎧というのだろうか。

 胸から胴、肩しか無い鎧。

 手は、大きな小手が肘あたりまでを守っている。

 長いスカートに見えたのは、細い金属を編み込んだものだというのが分かる。


 そして、あの衝撃音の正体。


 私の身長はもちろん、持っている人の身長すら軽く越える、大きな剣。

 それが地面に突き刺さっている。

 突き刺さっているはずなのに、地面は全く抉れておらず、

 突き刺さった痕すら無い。

 ただ、あの生物が消えた跡なのか、地面には黒く焦げたような跡が残っていた。


 長い銀髪。

 そして見えた横顔から、

 私とはそれほど年の離れていない女の子であることに気づく。


「全く、手間取らせる……」


 ゆっくりと立ち上がる女の子。

 その様子は、まるで私を見ていない様子だった。


「あ、あの……」


「…………うん?」


 ようやくこちらを見てくれた。


 鋭い視線。

 それが私の心の均衡を揺らす。


 慌てる心。

 それが脳を揺さぶり、まともに考えられなくなる。


 何を言えばいいのだろうかと。


 お礼?


 でも、さっきの黒いのが、私に何をしたわけじゃない。


 正体を聞きたい?


 でも、そんな興味本位で聞いていいものじゃない気がする。


「もしかして、私が見えるのか?」


「えっ、あ、は、はい!」


 質問しようかと思っているうちに、逆に質問されてしまった。

 あまりのことに素っ頓狂な声を出してしまう。


 銀髪の女の子…………

 いや、お姉さんと言うべきか。

 お姉さんは、相変わらず突き刺す視線で、

 私の一挙手一投足を見張っているように見える。


「すると、今の悪魔も見えていたのか?」


「あ、悪魔……? あの、黒い小さいやつですか?」


 私を更にきつく睨む。

 その視線に、思わずひきつった笑いが出てしまう。


「その制服、雄葉高校の1年生か……」


「は、はい」


「お前、明日の放課後、退魔部に来い。場所は生徒会室の隣だ。分かるな?

 いいか、必ず来い」


 それだけ言うと、私を1人置いて、沈み掛けている夕日の方向へ飛んでいった。


「あ、あの……」


 何かを言い掛ける間もない。

 あっという間に消えてしまっていた。


 だから、聞けなかった。




 生徒会室がどこにあるかなんて。

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