第43話 東太平洋大海戦七 反撃
「見つけた……!」
空母『飛龍』艦攻隊長友永丈市大尉は、水平線の向こうから敵艦隊がせり上がってきたとき、思わずそう叫んだ。
彼ら搭乗員は、味方空母が敵機の爆撃を受け、次々と被害を受けていく様を黙って眺めているほかに、何も出来なかった。
当然、米空母への恨みはある。
「護衛艦が少ないな……よし、空母を狙う!」
米海軍は、真珠湾攻撃に始まる、一連の戦闘の結果、ハワイを失陥した。そして、それによる被害は海軍にこそ大打撃となっていたのである。
当時ハワイには米太平洋艦隊の主力艦がそろっていた。しかもそれだけではない。それを補佐する、巡洋艦以下の補助艦艇もかの港にそろっていた。それらが一気に失われたのだ。逃げ出せたのは、ごく一部に過ぎなかった。
そして、その直後のパナマ運河空襲。米海軍はあれで、西海岸と東海岸の船舶の行き来が事実上不可能となっていたのだった。おまけに合衆国の主要な造船所は東海岸に大体あった。
これによって、太平洋艦隊の補助艦艇不足はいよいよ深刻なものとなっていたのである。しかし、帝国海軍はパナマの回復を待ってくれはしない。
結果として、太平洋艦隊は補助艦艇が不足している状態でこの海戦に挑んでいた。
それが、この友永大尉の言葉に表れていた。
敵艦隊の大部分が視認できるようになった時、漸く敵戦闘機が襲ってきた。
しかし、これも護衛の零戦隊に阻まれ、中々爆撃機や攻撃機に手を出せないでいた。
この時、米空母にも当然ながら、
帝国海軍第二波攻撃隊は、高度一〇〇メートル付近、つまりは超低空で、飛行していた。少しでも操縦を誤ろうものなら、海面に墜落しかねず、この航法は非常に高い練度を必要とするのだが、彼らはこれを成し遂げたのだった。
この時期の電探は、未だ発展途上であり、この様な高度で飛ばれると、海面の様々な現象と区別が付かない。帝国海軍はこの弱点を的確に突いたのであった。
しかし、先の攻撃で米海軍はこの様な攻撃方法を採らなかった。経済高度を持って、三艦隊に迫り、零戦隊の迎撃を受けた。
それは一体何故だろうか。
その答えは唯一つ。情報量の差である。
米海軍は三艦隊が電探を搭載していることをしらず、三艦隊は米海軍が電探を装備している事をしっていた。いや、正確に言うと、知っていたという言い方は正しくない。彼らが知っていたのは、米海軍が電探を重宝しているということ、そして彼らが艦艇に搭載できる段階まで開発しているということである。しかし、それさえあれば、虎の子機動部隊には電探を搭載しているだろうと推測できる。
それが出来れば、対策できる。それだけの話であった。
先に動いたのは艦爆隊であった。
彼らは艦攻隊に先行する形で、飛行していた。敵空母がくっきりと視認できる距離まで近づくと、一気に高度を取ろうと舞い上がる。
そして、十分に高度を取った後に一斉に反転。急降下に移る。
米軍も負けてはいない。頻りに対空砲火を撃ち、この攻撃を阻止しようと必死である。
エンジンの爆音が当たりに響き渡り、一種の壮大なオーケストラを奏でている。とはいえ、それを聴く方としては何よりも恐怖の対象であり、不協和音に他ならない。
そして、それが最高潮に達したとき、艦爆から爆弾が投下された。
「取舵……!躱せっ!」
空母『サラトガ』では、艦長の命令が飛び、舵輪が大きく回された。少しのタイムラグの後に、『サラトガ』は大きく首を振り針路を変更する。
三〇度程回転したときであろうか、彼女の右舷直ぐ側で、大きな水柱が上がった。艦爆の爆撃だ。彼女は危ういところで、直撃を免れたのだった。
しかし、まだ攻撃が終わったわけではない。左舷側、対空砲火の陰から、新たな艦爆が飛び出してきた。
「まずい!」
誰かが叫んだ直後、『サラトガ』の甲板に爆弾が吸い込まれるように消えていった。
直後、爆発音が響き、『サラトガ』の艦体は揺すぶられる事となった。
「被害はどうなっている!」
フレッチャー中将は艦の動揺が治ったと見ると直ぐにそう尋ねた。
ややあって、答えが返る。
「格納庫にて火災が発生。しかし、ごく小規模の為に間も無く鎮火できる模様です」
「そうか」
フレッチャー中将は安心したように嘆息したが、彼らの受難はまだ終わったわけではなかった。
コクピットのすぐ上を、敵空母が放った機銃の弾が通り抜けて行く。敵に魚雷を放つまでの時間。この時はいつも生きた心地がしない。かもいって、その恐怖に飲まれて高度を下げようとすると、海面に激突、即お陀仏である。
だが、恐怖と同時に、何としても魚雷を敵艦の土手っ腹にぶち込んでやる!と奮い立ちもするのだから、不思議なものだ。
「くっ……」
友永機のすぐ横にいた艦攻が機銃に喰われ、爆散する。
しかし、一撃のみの雷撃。それを必中弾とする為に、ギリギリまで近づく。
そしてーー
「撃てっ!」
艦攻より魚雷が放たれた。
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