第44話 東太平洋大海戦八 雷撃

 必殺の魚雷投下。その瞬間には胴体が浮き上がりそうになる。しかし、操縦桿を前に絶妙に傾けることで、それを阻止する。そして、敵艦のギリギリ上を最大速度で突っ切る。

 その瞬間。

 鈍い衝撃が友永機を襲った。

 ―これはまずい。

 彼はそう判断して、とっさに高度を取る。

「状況どうなっている」

 何とか期待を水平に戻したところで、かれは後席にそう聞いた。

「左翼がやられました。半分から先が吹き飛んでいます」

 通信席からの声は、暗いものであった。

 それもそうだ。何とか飛べているが、それは友永大尉が卓越した技能を持っているからである。

 これではとても母艦に帰投できない。

「魚雷は、どうだ?」

「命中弾なし。全て躱されたようです」

 悪いことは重なる。泣きっ面に蜂とはこのことか。

「このままでは引き下がれんな……お前達、一緒に死んでくれるか?」

 後部座席の二人は、友永大尉が何をしようとしているのか、悟った。そして、一瞬の内に壮絶なる覚悟を決めた。

「勿論です」

「何処までも、お供します」

「……有り難う。よし、行くぞ!」

 友永大尉は涙が出てこようとするのを必死でこらえた。いざという時に前が見えないのでは仕方が無い。

 第二次攻撃隊はまだその過半が攻撃を完了していないようである。これ以上無い絶好の機会であった。


「『ヨークタウン』に魚雷が命中!速力下がります」

「なんと言うことだ……」

 フレッチャー中将は呆然としながらも、何とかその言葉をひねり出した。

 彼女の見舞われた悲劇は『サラトガ』艦橋からもしっかりと確認されていた。

 左翼を吹き飛ばされた敵攻撃機が急遽舞い上がったかと思うと、『ヨークタウン』艦橋に突っ込んだのだ。あれでは艦長以下の艦橋スタッフの生存は絶望的であろう。それは、『ヨークタウン』の指揮系統が一時的にではあるが、失われた事を意味する。

 その隙を、攻撃機は巧妙に突いた。

 左舷より艦攻が三機突入し、雷撃を敢行。その全てが命中したのであった。

 今や『ヨークタウン』は急速に傾いており、彼女を救えないのは明白であった。

 首脳部が潰された影響が、ダメージ・コントロールにも影響しているのだろう。

 今すぐにでも『ヨークタウン』の仇を討ちたい所であるが、そうはいかない。未だ上空には敵が残っており、それらは標的を『ヨークタウン』から『サラトガ』に変更しようとしていた。

「先ずは生き残ってからだ」

 フレッチャー中将の目には、不倶戴天の敵を撃たんとする決意がにじみ出ていた。


「敵空母二隻撃沈!」

 その報告に、『飛龍』艦橋は沸き立った。しかし、山口中将は一人難しい顔をしていた。

「どうされましたか」

 彼の不振に気付いた参謀長がそう尋ねると、山口中将は周囲に聞こえぬように、小さな声でそれに答えた。

「いや、些細なことだが、敵空母はまだいるのではないかと思ってな」

「と、言いますと?」

「私は先程敵空母が四隻程度いるのではないかと思っていた。しかし、発見されたのは、二隻だけだ」

「敵は更にいると?」

「おそらくな。それが発見できたとして、だ。第三波攻撃隊は第一波攻撃隊を使用する為、攻撃機の絶対機数が足りない。おまけに迎撃に会って、全体の機数自体も少なくなっている。敵空母を沈みきれるだけの力が有るかどうか……」

「相手は空母です。撃破さえすれば、十分かと思いますが」

「いや、『赤城』が沈められた以上、造船能力に劣る日本としては敵空母二隻の撃沈では割に合わない。ここは全ての敵空母を沈めきらないと、非常にまずいことになる」

「第三波攻撃隊の艦攻は魚雷装備を徹底するように意見具申をしますか」

「うん。一航戦の参謀は航空に明るい者が多いから、釈迦に説法になるかもしれないが……君、頼む」

「はっ」


「更なる敵艦隊か…………」

 南雲中将は二航戦から送られてきた電文の内容を聞くと、やにわに渋面を作った。

「君達はどう思う?」

 南雲中将の言葉に真っ先に反応したのは源田中佐であった。

「あり得ない話ではありません。しかし、二度の索敵によって見つけられなかったとは考えられません」

「しかし、あれだけの規模の攻撃をたった二席の空母が行ったとは考えにくい」

 草鹿少将は、そう反論する。

「では、残りの二隻は何処に?まさか潜水空母を我が帝国海軍に先がけて竣工させたとでも言うのですか?」

 源田中佐の脳裏には、海中から姿を現した全通甲板型の空母が、次々と艦載機を発艦させている図が描かれていた。

「いや、そんなはずはないが……さしもの米軍でも、そんなものを作る工業力は無いだろう」

 草鹿少将が笑いながらそう言う。

 釣られて、一同大笑い。

 草鹿少将は、咳払いをして仕切り直す。

「可能性があるとするならば、先程攻撃した空母の直線上だろう」

「しかし、二段索敵を実施していましたし、見逃すはずはありませんが」

「いや、あの空域の索敵機は二機とも撃墜されている。あれは、同じ艦隊によって撃墜されたものだと思っていたが……」

「そうか。別々の艦隊が撃墜していたのか」

 源田中佐も元来頭は良い方だ。先入観のベールがはがれれば、後は早い。

「では、二航戦の二式艦偵を使いましょう。事は一刻を争います」

 源田中佐は流れるように、意気込んで言う。

「それが良いだろう。南雲長官、直ぐに索敵に向かわせます」

「うむ」

 草鹿少将の言葉に、南雲中将は低く頷いた。

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