第41話 東太平洋大海戦五 苦戦
「そこだ!」
一機の零戦が第二波攻撃隊のアヴェンジャーめがけて襲いかかる。敵機は照準いっぱいにはみ出していて、狙いを過つことは、ない。彼は撃墜を確信して、引き金を引いた。
カカカカカッ!
その小気味好い音とは裏腹に、弾が放たれた様子はない。
「くそっ!弾切れか!」
一〇〇機を超える敵の第一波攻撃隊との戦闘を経験した零戦隊の二〇粍弾はすでに底をついていた。
彼らの操る三二型は二〇粍弾の数がそれまでの二一型の倍近い一〇〇発になっていたが、矢張りその数は少ない。特に今日のような大規模な戦闘となれば、尚更だ。
その現象は、二〇粍弾を節約しつつ、戦闘を進めていた一部のベテランや、新しく発艦した一二機の零戦を除く全ての機体に起こっていた。
必然敵機への攻撃は七・七粍機銃を中心に行われるが、それで致命傷を与えられるのなら、そもそも二〇粍弾を切らすような戦い方をするような真似はしない。
零戦隊は主導権を握っているとは言えない状態になってしまっていた。
結果として、零戦の攻撃を振り切ったドーントレスは四〇機、アヴェンジャーは五二機を数えた。艦隊も防空戦闘を行うが、これも第一波攻撃隊の時に行った回避運動のおかげで、陣形が乱れてしまっていた。そのため、効率的な対空射撃は到底望めないものとなってしまっていた。
「取舵いっぱい!」
三艦隊旗艦『赤城』では、必死の回避運動が取られていた。機銃は頼りなく、艦長の操舵の腕のみが頼りである。
ドーントレスを操るバレット少尉は第一目標を『赤城』に決めていた。機動部隊の中では最も図体の大きい艦である。空母の能力だけを見れば、翔鶴型の二隻が上に来るのであるが、過半の攻撃機がそちらに向かっている以上、彼は『赤城』に狙いを定めたのであった。
敵空母は満遍なく潰さなければならないのだ。
それに、彼自身ハワイ沖海戦の時に『赤城』に爆撃を行い、躱されている。その雪辱を果たす意図もあった。
機銃の雨を潜り抜けつつ、急降下の態勢に入る。
こうなれば、後は運が頼りである。無事に爆弾を投下できるか、それとも無念のうちに機銃に機体を撃ち抜かれるか。それは神のみぞ知るところであった。
発動機の爆音と、未だ慣れない浮遊感。それらを感じつつ、彼の目は『赤城』を見据えていた。
その飛行甲板が視界いっぱいに膨れ上がる。
「よし、今だ!」
バレット少尉は言うが早いか、投下レバーを引いた。直後に凄まじい重力と慣性力を複合した力がその身に襲いかかる。彼はその中で確かに自分の爆弾が命中した音を聞いた。
しかし、そんな彼でもこれが『運命の一撃』となることは予想だにしなかった。
「くっ……」
その艦爆は実に見事な瞬間に爆撃を仕掛けてきた。丁度『赤城』が雷撃機の放った魚雷を回避しようと転舵をした時であり、その艦爆に対して首を差し出す格好となっていた。それでも小型艦ならば、連続で回避できたかもしれない。しかし、『赤城』程の大きさともなると、それもまた一苦労であった。
艦長の青木泰二郎大佐は面舵を命令したが、その一方で、あの爆撃は避けられないだろうと悟っていた。
しかし、同時にこうも思っていた。貰うのは一発だけだ。運が悪ければ航空機の運用は不可能になるだろうが、まさか航行不能や沈没になるわけではない、と。
しかし、彼の思いは浅慮なものであった。それは、その直後に証明されることとなった。
バレット少尉の放った乾坤一擲の爆撃は、『赤城』の飛行甲板を突き破り、格納庫に顔を出しつつ、爆発した。
その爆発により、格納庫に駐機されていた艦爆が被害を受けたに収まらず、彼の抱えていた爆弾までもがその炎の中に巻き込まれた。それがもたらしたのは、誘爆という名の災厄であった。おまけに、被害はそれだけでは無かった。誘爆は誘爆を巻き起こし、『赤城』はその内側から破壊されていった。
巨大地震もかくやという揺れが、『赤城』を襲った。南雲中将以下艦橋にいた人々は、立っていられず、近くのものにしがみついたり、床にうずくまったりして、何とか大怪我を負うことを防いでいた。
「な……何が起こった⁉︎」
その原因を探ろうと周囲を見渡した南雲中将の目に飛び込んできたのは、おびただしいまでの黒煙であった。艦橋のすぐ左には、その発生源すら分からぬほどの煙が、立ち上っていた。
この事態に、誰もが呆然とした。その時間は僅かに数秒であったが、これこそが、『赤城』にとって、真に致命的な事態を引き起こしたのであった。
その混乱の間、左舷から雷撃機が『赤城』に忍び寄り、魚雷を放ったのであった。艦長以下の者たちがそれに気づいた時には、魚雷はもう避けようのないほどまでに迫っていた。
二航戦旗艦『飛龍』に将旗を翻す山口中将の目にも『赤城』の惨状は写っていた。
「『赤城』との連絡は?」
「途切れています」
「そうか……」
最悪、一航戦首脳部が全滅している可能性すらある。見た所、艦橋に被害が及んでいるようではないが、あれ程の爆発が起こったのだ。余談は許されない。
「いずれにせよ、苦しい戦いになるな……」
山口中将は溜息を吐くように、そう言った。
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