第40話 東太平洋大海戦四 空戦

 金子大尉が周囲を見ると、どうやら味方機の大半はこの攻撃を成功させたようで、米軍機はボロボロとその数を減らしていった。ワイルドキャットも僚機を守ろうと、遅れながらも応戦を開始していたが、有利に戦闘を進めていたのは、零戦の方であった。

 米軍機が三艦隊を視認できる距離まで近づけた時には、撃墜されたり逃走したりした機体は出撃した機体の半数以上を数え、残った機体はワイルドキャット一八機、ドーントレス三七機、アヴェンジャー九機となっていた。

 ようやく煩わしい敵機の攻撃を切り抜けたと思った彼らを襲ったのは、高角砲の弾丸であった。この時特に猛烈な威力を発揮したのは、秋月型の二隻であった。この二隻の装備している九八式一〇糎連装高角砲は、毎分一九発という驚異的な発射速度を持って、米軍機に牙を剥いた。


「くっ……こんな所で……」

 死んでたまるか!

 米攻撃隊は、その信念を柱にして弾幕の中を潜り抜けていた。しかし、重い爆弾を抱えている身の内ではできる行動も自ずと限られてくる。一機、また一機と攻撃隊はその数を減らして行く。

 じりじりと、敵艦ににじり寄る感覚だ。一瞬が何倍にも伸ばされて感じる。

 不意に周囲が静かになった。

「よし!」

 輪形陣の内側に入ったらしい。高角砲の脅威は既に後ろである。

 どうやら賭けには勝利したようだ。直ぐ下には敵艦が見える。

 操縦桿を倒し、急降下に入る。

 しかし、彼が安心感を覚えるのはまだ早かった。機銃の群れが攻撃隊を出迎えたのである。


 帝国海軍が主に使用している艦載機銃は二五粍機銃である。これは様々な問題点を内包していたが、直撃さえすれば防御力に優れた米軍機であろうと十分に屠れる可能性を孕んでいた。

 そのような、弾丸が米攻撃隊の周囲を包むが、三艦隊側の期待していたような結果とはならなかった。

 この機銃は機銃手がまず敵機を視認し、その後に照準を合わせ発射するという構造なのだが、それがいけなかった。敵機に向けて弾丸を放ってもその頃には既に敵機の姿はそこにはないのである。これを防ぐ為には見越し射撃と呼ばれる、敵の未来位置を予測して撃つことが必要になってくるのだが、それが出来るものは非常に限られていたのである。

 その為、二五粍機銃は思ったような戦果を残せずにいた。

 後は艦長の操艦技術のみが頼りであった。


「損害報告をを早急にまとめ、提出せよ」

 敵機の群れが南に飛び去るのを確認したのちに、南雲中将はそう尋ねた。

 直ぐ様反撃を行いたい所であるが、その為にはまず己の現状を知らなければいけない。

「長官!」

 その声に南雲中将は思わず感心した。これほど早くまとめられたのか。それとも損害皆無だったとでもいうのか?

 しかし続く言葉は彼の期待を大きく裏切るものであった。

「電探室より報告あり。再び敵機と思われる反応があり。方位一七五。距離約五〇浬!」

「またか?他艦の電探は?」

「尋ねてみます」

 その次に来た報告こそ彼が待っていたものであった。

「損害が判明しました。『翔鶴』が甲板前方に爆弾が一発命中し、小破。発艦不能ですが、着艦は可能です。消火には成功しており、現在甲板の復旧作業中です。『利根』が鑑後部に命中弾を受けカタパルト使用不可の小破。そして『鈴谷』が至近弾を受け浸水し小破以下の損害。魚雷による被害は皆無。以上です」

「『翔鶴』がやられたか……復旧はどのくらいで完了する?」

「現在不明です。甲板の穴を塞ぎ発艦可能にするには半日かかるかもしれないと……」

「ふむ……」

 それでは反撃に使うのは不可能である。

 ちょうど南雲中将が唸った時、通信兵より報告が上がって来た。

「『翔鶴』『金剛』より電信。『電探ニ反応ナシ』以上です」

「なに?」

 源田中佐は思わずそう声をあげた。彼は先ほどと同じように『翔鶴』が敵機を捉えていたのなら、直掩機の増援すら進言しようとしていたのだが、これでその計算が違って来てしまった。

 オマケに先ほどと同じく『金剛』も機影を捉えていない。今回は電探三基の内一基しか敵影を捉えていない状況であり、先ほどとは逆の状況になってしまったのである。

 いったい、何方が本当なのか。

「直掩機を出しましょう」

 司令部の沈黙を破ったのは草鹿少将であった。

「どうしてですか?信頼性は低いと判断されますが」

 まだ決めあぐねているのか、源田中佐はそう反論する。

「敵機は第一波を放って来た方角と同じ方向を指している。その時点で十分に信頼性はある。それに、『翔鶴』は直撃弾を受けている。その影響で電探に何らかの不具合が生じているのかもしれん。それに『金剛』の電探は先程も敵機を見つけられなかったではないか。そう見れば、この『赤城』の電探こそが最も信頼がおけると考えられる」

 源田中佐も頭が悪いわけでは決してない。草鹿少将の説明で彼の言わんとしていることを理解し、そこに十分な理があることを理解した。

「なるほど……長官!」

「うむ。了解した。それで、機数はどうする」

「はい。『翔鶴』を除くすべての空母から三機ずつがよろしいかと思います。総数は一二機となり、撃墜された数を十分に補えます」

 源田中佐は方針が決まるとなると、すぐにそう言った。

 草鹿少将も異論はなさそうである。

 それを見ると、南雲中将は各空母に新たな直掩機を発艦させるように、直ぐ様命令を出した。

 こうして新たに一二機もの零戦が艦隊を守るために空へ舞い上がったのであるが、ここに思わぬ落とし穴があることを三艦隊司令部の誰も予想できなかったのである。

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