第34話 動く世界

「国民の皆さん!これで我が合衆国を脅かし続けた日本海軍は、この本土に触れることは出来なくなった分けです。これらの作戦を実行したハルゼー中将、ドゥーリットル中佐を始めとする、陸海軍の勇者達に最大限の賞賛と拍手を!」

 数日後、ルーズベルト大統領による演説が、行われていた。内容は、先の真珠湾攻撃における、戦果の発表であった。内容には多少の、いやかなりの誇張が含まれていたが、それに気付かない、あるいは気付いても知らないふりをするのが、銃後の良民というものである。

 演説は、やがて終了した。そして、その後の事である。

 一人の記者が手を上げた。

「それで、その爆撃機は、一体どこから発進したのですか?」

 ルーズベルトは答えた。

「シャングリラからだよ」


 独逸帝国総統、アドルフ・ヒトラーは、自室にこもり、思案を巡らせていた。孤独に浸りながら、思考に没頭するのは、この男の良くやることであった。

「もはや、この戦争で、独逸が勝つ見込みは、無くなった」

 そう、独り言を呟く。これが聞かれることがない。それも、この男が孤独を好む理由の一つである。

 東部戦線の敗退。それは、紛れもない事実である。昨年に起こった、ソ連の冬期反攻に、独逸は大打撃を喰らい、戦線を下げざるをえなかった。

「ならば、日本か」

 この国は、ソ連への牽制という面では、満足のいく仕事を果たせたとは言えない。

 しかし、対英米戦に舵を切ってからというもの、この国はヒトラーが考えていた以上の働きを、見せてくれた。

「このまま、対英戦争に、ケリをつければ」

 何も、終戦にまで、持ち込まなくてもいい。一時的に、機能不全に持ち込ませれば、それで。

「東部に集中出来る。そうすれば、何とかなるやもしれん」

 或いは、モスクワの占領も、見えてくる。

 東部戦線は、押し返されたとは言え、ソ連は備蓄を過半食いつぶしているだろうし、攻撃を仕掛けるには絶好の条件である。

「あとは、イギリスを、どう追い込むかだが」

 それが、一番の問題である。この国に対する攻撃が、成功しなければ、今言ったことも、全て絵に描いた餅である。

「ロンドン爆撃は、不首尾に終わった」

 この攻撃に、彼は、ロンドン市民が、恐怖に駆られ、反戦に向かうと睨んでいたが、実際はその逆。つまりは、彼らの結束を高めるだけに終わってしまった。彼らの愛国心とやらは、ヒトラーの考えるものより、強かったようである。

 更に悪いことに、欧州航空戦の部隊は、英本土から、独逸領上空へと、移ろいつつある。

「これを、弾き返す必要がある」

 それだ。再び、英本土を舞台とするのだ。そして、奴らの全てを、焦土に変えてやる。

 それには、何が必要か?答えは一つである。

 新型の戦闘機。

 対迎撃の物と、爆撃機護衛の物。この二種類が必要だ。

 そう結論した彼は、早速空軍へと連絡をした。

 全ては、彼の野望のために動いていた。


「合衆国は何をやっているんだ」

 英国首相、ウィンストン・チャーチルは、そう苦々しく吐き捨てる。彼の国の参戦によって、漸く、真面に物資が届くと思っていたが、それはぬか喜びだったようだ。

「日本なんぞに構っている暇があるか。こちらは、独逸の相手でさえ、十分にこなせないというのに……」

 事実、チャーチルの言う通りであった。合衆国は、西海岸の防衛と、パナマ運河の復興に、その財政の過半を割いていた。常識的に考えれば、日本が米本土上陸を行う力を、持っていないことは明白であるが、ハワイを占領され、パナマにも大打撃を受けた事によって、合衆国民の中で、そう考える人数は、著しく減少していた。そこで、合衆国は上記の行動に出ているのであるが、これに一番割を食っているのが、英国であった。

 とは言え、戦況は弱冠とは言え、連合国に有利な方向へ傾いている様であった。しかし、反攻作戦、欧州大陸上陸への道のりは、まだ、遠い。

 陸空軍ともに、戦力的には不十分である。

 更には、反攻時には、独逸の、戦艦すら姿を現す可能性があり、そう考えると、本国艦隊も、十分とは言えない。

 おまけに、相手は、あの独逸である。仏蘭西を蹂躙したように、突拍子もない作戦で、反撃に出るかも知れないのだ。しかし。

「もうしばらくだ。それで、戦争は終わる」

 チャーチルは、そう願っていた。


 一先ずは、勝利を得た。しかし、ここからは難しい舵取りを迫られる。

 ソヴィエト連邦書記長、ヨシフ・スターリンは、そう考えていた。

 今回の、冬期大反攻で、首都モスクワが陥落するという危機的状況は免れた。しかし、それで、対独戦争に勝利出来るかと言われれば、疑問点が生じる。ソ連がこの戦争で、抱える問題は幾つもあるが、その中で尤も際立った物が、物資不足である。

 ただでさえ、満足できる量とは言えない合衆国からの物資輸送が、独逸の潜水艦による通商破壊作戦で、更に減っている。これは、ソ連の当初からの悩みの種であった。

 この様な状況では、下手に反攻に出てはいけないとも考えられるし、今後は西も、同じような動きが出てくるはずであるので、今の内に、進んでおくべきだとも、考えられる。

「いずれにせよ、我がソヴィエトが、世界をその手に収めなければいけない。先ずは、物資援助をより引き出すしか、あるまいな」

 どのような振る舞いに出るとしても、先立つものは、必要である。

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