第35話 ラバウル攻略一 理由

 帝国海軍内で、一時期凍結されていたラバウル攻略が急に浮上したのは、昭和一七年四月、つまりは、真珠湾におけるドゥーリットル空爆から直ぐ後のことであった。

 『赤城』や翔鶴型二隻が無傷のため、西海岸の空爆は可能であるという意見も上がったが、流石に二回目の奇襲は望めないとして、却下された。

 米太平洋艦隊には、四隻の主力級空母が存在している事が明らかになっている。それの本拠地にのこのこと、二、三隻で乗り込むなど、自殺行為である。

 しかし、南太平洋に視線を移した場合はどうであろうか。米空母も、布哇が日本の占領下にある状況では、出てこれない。布哇は、米本土に突きつけられた刃の定を成しており、太平洋艦隊も、本土から主力部隊を動かせないのである。そこを突く。

「……以上が、この作戦を行う所以だ」

 山本大将はそう締めくくった。彼としても不承不承行う作戦であるらしく、その声に覇気は無く、つまらなそうな顔をしている。軍令部にでも言いくるめられたか。

「真珠湾の復興と、防備拡充が最優先事項でしょうに。ラバウルまで攻略の対象に入れて、どうするつもりだ。また、工事が必要になる。それに、ラバウルには、米豪の航空隊もいるでしょうし、海軍も出てくるかもしれません。此方も大型空母は牽制の意味合いも込めて布哇から動かさないし、小型空母はセイロン沖海戦で使用不可能でしょう」

 そう憮然と言ったのは、黒島大佐である。そもそも、連合艦隊は布哇こそが米軍との勝利の鍵と見なしており、それ以外の作戦を行いたがらなかった。セイロン沖海戦にしても、不本意な物であったが、あれには東洋艦隊という脅威が有り、その為に動いたのであるが、此方には、それが無い。

「そう、カリカリするな先任参謀。どうも、軍令部はラバウルに重爆を運ばれる事を危惧している様だ。それで比律賓を爆撃されるのを恐れているのだろう。後は、バランスだな。これまで対米作戦に関しては主に連合艦隊が作戦立案からやってきた。軍令部としては、役割を奪われた格好になる。それを取り返そうとしたのだろう」

 山本大将は、そう言った。その感覚は神大佐にも分かる。彼は元々軍令部員だったのであるが、ハワイ攻略作戦は確か神大佐自身が間に立つ形をして、軍令部の威信を守ったハズである。

 しかし、山本大将に言わせれば、永野大将がそう思っていないのが、原因らしい。

「確か、対重爆撃機様の局地戦闘機が開発されていましたよね」

 樋端中佐の言葉に山本大将は頷く。

「航空参謀が言っているのは、『雷電』だな。あれはどうやら、満足のいく出来には成らなかった様でな。色々と問題を抱えているらしい」

「成程。しかし、行動可能な空母は『隼鷹』だけでしょう。それではラバウルには力不足です」

「比律賓の航空隊を使っては、どうだ」

 樋端中佐の言葉に、神大佐がそう答えた。何れせよ、やるからには万全を期さなければいけない。それが、彼の信念であった。


 六月二八日、小沢中将は南方艦隊旗艦『鳥海』の艦橋に立ち、水平線を睨んでいた。この向こうには、ラバウルがある。

「そろそろ、発艦時刻です」

 航空参謀の言葉に、頷き懐中時計を見る。針は五時過ぎを示していた。

「よし、発艦開始」

 命令が伝達され、南方艦隊唯一の空母である『隼鷹』から、艦載機が飛行甲板を蹴り、飛び立つ。

 戦一二、爆一二、攻九の編成である。

 今回の南方艦隊の目的は敵基地の破壊では無い(それは既に比律賓の航空隊が行なっている)。上陸部隊の援護である。ラバウルの航空隊は、偵察機の報告が正しければ、文字通り全滅しており、『隼鷹』の攻撃は言わば地ならしの様なものである。敵の戦闘意欲を削ぐ事と、万が一敵航空隊が生き残っていた場合に備えているだけだ。


「まだ、敵機が残ってたか」

 攻撃隊の前方の空域には、敵戦闘機が舞い上がっていた。しかし、その数は五機と少なく、やられる為に上がってきた様なものだ。

「P40か、旧式だな」

 零戦のパイロットはそう言い、躍りかかる。敵も素人では無いらしく、右へ左へと、動き回っているが、機体の性能差は如何ともしがたい。彼の七・七粍機銃は狙い過たず、敵機の操縦席に座る人間へと吸い込まれていった。

 気づくと、右後方に敵機がいつの間にか忍び寄っており、機銃を浴びせかけようかとしていた。

「チッ」

 彼は舌打ちだけをして、逃げに入る。機首を上げ、持ち前の旋回能力を活かし、敵機の後ろに潜り込み、反撃する。

 そんな彼の狙いは失敗に終わった。いや、彼が撃墜された分けでは無い。敵機が機銃を放つよりも早く、更にその後ろから来ていた零戦に撃墜されたのである。その零戦のパイロットと目が合った。

 彼は、一瞬だけ笑って、直ぐに前を向いた。

 飛行場は目の前であった。


 恐らく徹夜で直されたであろう、その飛行場は、工兵の努力むなしく再び破壊されようとしていた。

 九九式艦爆が急降下爆撃独特の風切り音を靡かせ、上空から襲いかかる。九七式艦攻は低空から、爆撃を行う。手持ち無沙汰になった零戦も気晴らしとばかりに地上掃射を行う。一隻の空母に一島の航空基地が下された瞬間であった。

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