第33話 逆襲の真珠湾二

 かくして、ジェームズ・ドゥーリットル中佐率いる攻撃隊は無事に飛び立ったわけであるが、その数も四八機しかなく、爆撃の効果を十分に与えるには、目標を絞る必要があった。昼間に爆撃を行うというのも、被撃墜の可能性を高めている。そう、これは元々、夜間に行われることを想定して立てられた、作戦である。しかし、オアフ島南方に回り込み、後は攻撃地点に進むだけという所で、予想外の事態が発生した。任務部隊が、敵の哨戒艇に発見されたのである。その船自体は軽巡『ナッシュビル』によって即座に撃沈されたのであるが、電波が放たれている事が確認された。彼らの存在は敵の知る所となったのである。ハルゼー中将はこれを受け、攻撃隊の発進を早める決断を下した。ドゥーリットル中佐も昼間の砲が照準を付けやすい、と彼の案に賛成した。


 ハルゼー中将のとっさの決断が良かったのか、攻撃隊が真珠湾上空に到達したときには、迎撃戦闘機の姿は無かった。これは、日本側の不備というより、米軍の作戦勝と言うべき物であった。誰も、空母に陸上機を乗せて遙か六〇〇浬の遠方から攻撃してくるとは思わないだろう。


「あれは、空母か……」

 真珠湾には二隻の空母が停泊していた。『蒼龍』『飛龍』である。この二隻は近海に敵空母が出現したとの報を受け、今正に出撃しようとしている所であった。そこにB25が襲いかかる。両艦とも懸命に回避運動を行うが、狭い湾内で有ることも災いして、その効果は不十分な物となった。『蒼龍』には二発、『飛龍』には三発の爆弾が命中し、両艦は火災を生じ、行き足を止めた。


 空母を仕留めた航空隊が次に狙いを定めたのは戦艦であった。現在真珠湾には八隻の戦艦が存在していた。金剛型四隻と、鹵獲した元米戦艦である。この内、前者は湾内にその体を浮かべており、後者は船渠に在った。攻撃隊が目標にしたのは前者の方であった。船渠にある艦は修理中で有り、戦力化するには時間が掛かる。それならば、ピンピンしている方に傷を負わせる方が良い。或いは、鹵獲されたとはいえ、自国の艦に攻撃を加えるのは抵抗が有ったのかも知れない。しかし、戦艦に爆撃など、余程重くなければ効かない。結局彼らの攻撃は機銃を破壊し、小規模な火災を発生させるに終わった。


 彼らの爆撃は、奇襲という点を十分に活かすことが出来なかったと言えよう。戦果を見てみると、それは明らかだ。撃沈した艦は一隻も無く、『蒼龍』『飛龍』が中破、『金剛』『榛名』『霧島』が小破以下の損害を負っただけに止まった。港湾にも一発爆弾が落ち、小規模の火災が発生したが、これも即座に鎮火されている。

 しかし、一機が対空砲火によって撃墜された以外は、損傷機も無く、脱出に成功した爆撃機の搭乗員は、潜水艦で無事に回収されている。又、この作戦に参加した艦艇は一隻も失われずに、サンディエゴに戻っている。


「爆撃の規模を考えると、撃沈された艦が出てもおかしくありませんでした。それが無かったのは幸運です」

 『大和』に戻り、被害状況を確認した樋端中佐はそう言った。

「うむ、それで修理の方はどの位かかる?情報参謀」

「はい、湾の方は被害は無いといって良いです。金剛型も半月で十分の様です。しかし、『蒼龍』『飛龍』は被害が酷く、半年は戦線に加わることは出来ません」

「そうなると、当面動かせるのは『赤城』『翔鶴』『瑞鶴』だけか。そういえば、航空参謀、伊勢型はどうなった?」

 山本大将の問いかけにやっと明るい知らせがあった事を思い出し、防空戦艦に改装される事が決まった事を伝えた。これにあからさまにホッとした表情を見せたのは神大佐であった。彼がこれを一番押していたからだ。


「しかし、これでは計画していた西海岸の爆撃は延期するしかありませんな」

 神大佐は至極残念そうな顔をしながら、そう言った。上記の三空母を全て運用すれば、攻撃は行えるが、英海軍や、比律賓の防衛を考えると、南太平洋にも空母を割かなければならず、それを考えると、とてもそんなことは出来ない。

「しかし、アメリカは、何故港湾施設を破壊しなかったのでしょうか?上手く行けば、真珠湾そのものを潰す事も可能だったでしょうに。

 樋端中佐のふとした疑問には、黒島大佐が答えた。

「人というものは、剣の方をそれを振るう腕より脅威に感じるものだよ。私が真珠湾攻撃を考えていた時と同じような錯覚に陥ったのかも知れん」

 続けて神大佐も言う。

「真珠湾がやられてもラハイナ泊地や、ミッドウェーが有る。西海岸の爆撃は、どうせ今布哇に有る燃料が無いと、続行は出来ないのだから、此方はいっそのこと防御に専念して、それらに艦を停泊させ、米海軍の動きに合わせて迎撃に出るという作戦も取り得る。それを危惧した可能性もあります」

「いずれにせよ、西海岸の爆撃が可能になったならなるべく早期に実施しないと行けません。また攻撃されるとも限らないのですから」

 最後は黒島大佐がそう締めくくった。


 真相は彼らに分からない。であるから、此所で米軍の真意に気付かないのも無理ないことだ。西海岸を爆撃させるために、真珠湾を攻撃したなどという考えには。

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