第32話 逆襲の真珠湾

「艦隊、最高速力!風表に立て!」

 日領布哇、オアフ島、南方六〇〇浬。そこにハルゼー中将の姿があった。彼は空母『エンタープライズ』艦橋に立っていた。そして、その眼下からはが飛ばんとしていた。

「見ていろよジャップ共め。一泡吹かせてやる」

 ハルゼー中将はそう言うと、ゆっくりと舌舐めずりをした。彼の瞳には残虐な輝きが灯っていた。


 事の発端は開戦直後に米海軍作戦本部作戦参謀フランシス・S・ロー大佐の発案であった。彼は帝都東京を考えていたが、そもそものハワイが陥落されたことで、宙に浮いた形となった。それをつかみ取ったのは太平洋艦隊司令長官ニミッツ大将である。合衆国本土西海岸防御に悩んでいた彼は、これが防御計画に利用できるかもしれないと思った。

 とは言え、現在は、東京空襲など望める状況にない。そこで、ニミッツ大将が新たな攻撃目標としたのはハワイであった。彼は真珠湾及び、そこに停泊している艦艇を撃破することで、日本海軍が本土空襲を行えないようにしようと考えたのである。


「やっと攻撃ですかい」

 作戦内容を伝えられたハルゼー中将は、まるで少年のように目を輝かせ、そう叫んだ。この機会を最も待っていたのは彼なのだ。ニミッツ大将はそんな彼の様子を微笑ましく思いながら、作戦内容の通達を続ける。

「そうだ。君には、『サラトガ』『ヨークタウン』『エンタープライズ』『ホーネット』、これら四隻の空母を率いてもらう。任務部隊は二つに分けるが、総指揮は君に執ってもらう。この内、ヨークタウン級の三隻にB25爆撃機を一六機ずつ、計四八機搭載する。これらで、真珠湾及び、そこに停泊している敵艦―特に空母―を爆撃してもらう。これが成功すれば、日本海軍は当分東太平洋へ兵力を出すことは出来なくなる。これは大きな賭だ。しかし、成功すれば得る物は西海岸の安全と大きい。それと、重要な点が一つある。これは作戦の成否に関わらず、破ってはいけない」

「ほう、その重要な点とは?」

「軍事施設以外への攻撃、これを決して行ってはいけない。どうやらハワイでは合衆国の国民も、怪しい動きさえ見せなければ、自由に出歩けるらしい。もし、誤ってでも彼らがいる場所に、爆撃を一発でもしてみろ。我々は途端に救済者では無くなるのだよ」

「成程、確かにそれは重要ですな。来たる反撃の時にも現地民の協力は不可欠ですからな」

 その印象に違い、頭脳の切れる様を見せるハルゼー中将。

「それと、爆撃機の搭乗員はどうするんですか?空母じゃ発艦は出来ても着艦は無理でしょう?」

「ああ。それについては心配しなくて良い。いくら陸軍とは言え、見捨てるには忍びないからね。ハワイ近海に潜んでいる潜水艦を使う。攻撃隊は爆撃後潜水艦が潜んでいる海域へ向かい、飛んでもらう。その海域に到着したら、機体を捨ててもらう。その後、潜水艦で乗員のみを救出する、とこういう算段に成っている。四八もの機体を一挙に失うのは惜しいが、それに値するだけの戦果は上げられる。そう期待しているよ」

 ニミッツ大将は薄く笑い、ハルゼー中将の肩をポンと叩いた。その手には、語られぬ圧力がかかっている様に感じられ、ハルゼー中将は思わず冷や汗をかいた。しかし、同時に笑みも浮かべていた。

 ―やはり、素晴らしい作戦だ!

 この作戦が成功するか否かはこの両者の腕と頭脳に懸かっているのである。


 ハルゼー中将は旗艦を『エンタープライズ』に決めた。彼は昨年末、共に死地をくぐり抜けたこの艦を非常に気に入っていた。彼が指揮するのは、『エンタープライズ』『ホーネット』を有すTF16及び、『ヨークタウン』『サラトガ』を有すTF17である。この中で、『サラトガ』が唯一B25では無く、通常の編成と成っているが、これはこの艦の搭載機数の少なさに起因している。当初は巡戦として建造される予定であったこの艦は排水量こそヨークタウン級の倍近くあるが、搭載機数は六割程度しか無かった。


 しかし、オアフ島は南東に多数の島を持っている。その為、合衆国側からは、攻撃を行う前に感づかれやすいのである。では、西はどうであるかというと、ミッドウェー諸島が有る為に回りすぎると、これもいけない。となると、取り得る手段は二つである。北から行くか、南から行くかである。しかし、北からは日本海軍が自身で奇襲を行った方向である。当然、彼らも学習能力はあるだろうから、見張を活発にしている可能性が高い。となると、南に絞られてきそうな物であるが、此方も輸送船が出入りしているであろうし、哨戒船の役割を持った漁船の動きも活発であろう事は想像に難くない。それに、オアフ島には電探もある。


 ―だが、そこに付けいる隙がある。盲点。オアフ島に先制攻撃を受けぬというその鼻柱をへし折ってやる。どうせ、こんな奇襲まがいの攻撃はこれきりだ。次は本格的な攻略部隊が動く。それも、長官の言葉を信じるのならば、来年以降に。ならば、これが派手に暴れる最後の機会だ。これで、俺の雪辱も果たす事が出来る。レイの仇討ちも。


 ハワイという場所は、ハルゼー中将にとって、苦い思い出がある所である。オメオメと真珠湾への奇襲を許し、彼自身も敗退。更には親友であったスプルーアンス少将も戦死するという代物であった。それをそっくりそのまま返してやる。そうハルゼー中将は息巻いていた。


「いけ!ジャップ共を叩き潰せ!」

 ハルゼー中将の声援を受けながら、B25は全機問題なく飛び立ち、北の空へと消えていった。

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