第31話 それから

 帝国海軍南洋艦隊と、英国海軍東洋艦隊との間に生起した海戦は、前日のセイロン島空襲も含めて、セイロン島沖海戦―連合国側での名称はインド洋海戦―と名付けられた。

 この海戦にて、帝国海軍は空母『瑞鳳』『龍驤』、軽巡『阿武隈』、駆逐『吹雪』『汐風』『初春』『子日』『谷風』を失い、戦艦『伊勢』『日向』、重巡『熊野』軽巡『由良』駆逐『若葉』が中破以上の損傷を受けるなど、決して小さくない被害を受けた。しかし、戦果も十分な物である。戦艦一隻、重巡二隻、軽巡四隻の撃沈確実と、戦艦一隻の撃破確実となっていた。


「やはり、夜間に空襲を受けた場合に備えての、対空火器や防空体系の構築が今後の課題ですね」

 そう評したのは神大佐である。彼はこうも言う。

「今回の空母の損害は対空戦術がきちんとしていれば、或いは一隻程度で防げたかもしれません。これの研究はやる価値があるかと」

 それを聞いた山本大将は、しかし首を振る。

「海軍といえども、航空兵器の有用性はつい最近まで発見されていなかった。それに、次の米軍との海戦までにそれを完成することができるのか?」

 今は戦時中であり、悠長に研究を行っている時間は無い。それに、対空戦術が開発されても、それの実戦での有用性を確かめる演習や、それを広める時間があるとは考えにくい。

「探せば、回避戦術程度はあるかもしれません」

「うむ……」

 山本大将は了承とも否定とも取れる返事をした。自分が如何した所で、神大佐は自らの正しいと思った道を行くだろうと思っていたからである。同時に、気付いていた。航空主兵主義を唱え、実際にそれを実戦してみせたは良いが、それを相手が用いてきた時に、防ぐ手段を考えていなかった己の失点を。


 帝国海軍にとって目下最大の問題は伊勢型であった。その砲塔合計三基破壊されたのである。現在それを補える砲塔は日本には無い。いや、性格に言うと、真珠湾で米戦艦からはぎ取った砲塔があるのだが、射程が異なることから生じる着弾のばらつきが懸念された。そこで、伊勢型の改装案が幾つか提示されたが、三つに大別された。


 一つ目の案は、この二隻の戦艦に、航空機運用能力を持たせようというものである。両艦の五、六番砲塔を撤去―『伊勢』は第三砲塔後に内一つを移動―し、副射撃指揮所より後方を飛行甲板に改造しようとする。この場合、一隻あたり二〇機以上の航空機の搭載が可能となる計算であった。これは、セイロン島沖海戦にて失われた空母二隻の空母の穴を埋める事も目的である。しかし、これには問題点が二点あった。

 一つは射出機catapultが火薬式の物しか使えない事である。これでは、初速が大きすぎて、柔な戦闘機や、敏感な魚雷を抱えた攻撃機の発艦は出来ない。搭載する機種は自然と艦爆に限られるのだが、これは高速爆撃機の一三試艦爆が鋭意開発中であり、これを使えば、一応解決する。

 もう一つの問題点は、着艦が出来ないという事だ。つまり、空母との同時運用を余儀なくされる。速力が二五節しか出ない伊勢型では、空母と行動を行う上では不満が出る。

 オマケに、いざ砲戦となると、飛行甲板の防御力が心許なく、三六糎砲八門では、砲撃力も十分とは言えない。


 改装案の内一つには、完全な空母化という物がある。これは上記の航空戦艦案の問題点というものを粗方解決している。伊勢型の全長であれば、射出機も必要無く、艦上機全機種の発着艦を行える。搭載数も、航空戦艦案の倍以上の五〇機強である。しかし、この案にも問題点は存在した。改装期間である。船渠を占める期間は航空戦艦化の場合の九ヶ月を大幅に上回り、一年半は必要になる計算であった。それに資材も多数必要となる。戦列から戦艦が二隻も消えてしまうのは惜しいが、鹵獲した米戦艦があるので、それらを加えれば、お釣りが来る。


 残る最後の一つは、防空戦艦案である。九八式一〇糎連装高角砲を破壊された三六糎連装砲の砲塔跡に四基ずつ、装備為る案である。また、その周囲にも機銃を設置する。これは、『日向』の場合には五、六番砲塔跡に、『伊勢』は三番砲塔跡乃至、五番砲塔を三番砲塔跡に移し、五番砲塔部分に高角砲を置く事になる。先の二案と違い、航空機運用能力は望めないが、どうしても、となれば後から改装出来る。これもこの案の強みであった。又、『日向』の砲門数こそ航空戦艦案と変わらないが、『伊勢』はそれより二門増える事となり、砲撃力の減少は最小限となる。


 四月二三日に行われた会議では、先ず空母化案が却下された。この原因に、船渠を占める時間が掛かりすぎる事も勿論有ったが、両空母併せて一〇〇名強となる搭乗員の定数を揃える事が危ぶまれたからでもある。訓練員の数は大幅に増えていたが、一端の航空兵に成るには三年必要であるその頃に成れば、新型の空母も配備されており、低速力の伊勢型をわざわざ空母化為る必要性は現段階は感じられない。そういう結論に成ったのである。


 残るは二案と成ったのであるが、ここで連合艦隊か派遣されている樋端中佐が発言した。

「私は航空戦艦案が良いかと思います。理由は四点。先ず、改装期間の短さ。次に防空戦艦から航空戦艦への改装は可能でありますが、その逆は不可能でしょう。三点目は、現段階で帝国海軍には空母は十分にあります。それに加えて、今後も改造、正規問わず空母の建造計画が進んでいます。そして最後。伊勢型は夏には就役する予定の隼鷹型とは速力の差が殆ど有りません。これらを共に運用することで、隼鷹型の弱点である、防御力の弱さを伊勢型が盾になる事で、補う事が出来ます。航空機には対空能力で、敵艦には砲撃能力をもって」

 戦艦を空母の護衛にするとは、航空主兵主義の第一人者である樋端中佐ならではの発想であったが、防空戦艦化は連合艦隊の総意である。


 一方の航空戦艦化は、誰も有効な使用法を立案出来なかった事、その場にいた大半の人間が戦艦とも空母とも違うどっちつかずの状態になる事に先天的な嫌悪感に近い感情を持った事から立ち消えとなった。


 かくして、伊勢型の改装内容は防空戦艦案に決定した。全員やれやれと会議室から退出しようと、腰を上げようとした時であった。

 突如扉が開き、水兵が一人、飛び込んできた。その場にいた全員が、何事かと体の動きを止めている間に、彼は乱れた息を整えようともせずに叫んだ。



「真珠湾が、敵の空襲を、受けました!GF、並びに軍令部、から派遣された方々は、至急、帰還するように、と命令が、来ております!」

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