第30話 インド洋決戦一一 急襲
「よし、見えてきた……」
背後から太陽の光が照りつけるアルバコアの操縦席で、スキューラ少尉はそう、呟いた。その眼下には、複縦陣を敷いた四隻の戦艦と一隻の空母を中心に据え、その周囲を巡洋艦以下の艦艇で囲んだ輪形陣を組んだ艦体が見えた。後方の伊勢型と見られる戦艦は右側の艦が三番砲塔及び煙突が、左側の艦は、五、六番砲塔が破壊されていた。
東洋艦隊が繰り出した攻撃隊は、ソードフィッシュ三機、アルバコア二六機、フルマー二七機で構成されていた。シーファイアが此所に加わらなかったのは、夜間飛行の危険性からである。
「方位二一〇、敵機発見!」
見張員の声が伝声管を通じて艦橋に響いた。
「ム……」
豊田大将は己の予想が的中したというのに、嬉しそうな表情を見せなかった。当たらない方が良い物ではあるのだが。
「総員対空戦闘用意!」
矢野大佐の命令に、各員が機銃や対空砲に走って行った。長門型は先の海戦では傷らしい傷は受けていない。しかし、彼らの後方に在る、『伊勢』『日向』『祥鳳』は決して小さくない損害を負っている。それらを守る最後の盾となるのは『長門』『陸奥』の二隻である。なんとしてもこれらの三隻を沈ませてはいけない。そう、二隻の乗員は決意していた。
「待っていろよ、次は戦艦だ」
スキューラ少尉はそう舌舐めずりし、低空に舞い降りた。艦隊に右舷から雷撃を仕掛ける進路である。彼の脳裏では既に四隻の戦艦は浸水し、火に覆われ、のたうち回っていた。
その時である。突如、右隣のアルバコアの主翼が発火、切断された。片翼を失った機体はぐらりと傾き、直下の赤い色をした海面へと吸い込まれていった。
「!」
スキューラ少尉は本能的に操縦桿を左下に引き、左フットバーを踏み込んだ。アルバコアは左へと流れて行くが、魚雷を抱えている為、動きは鈍い。しかし、それは無駄な動きでは無かった。直前まで彼がいた空域に、火線が突き刺さっていたのである。それが、敵艦の物では無いのは明白である。何故ならそれは、下から上へでは無く、上から下へと流れて行っているのだから。
スキューラ少尉が思わず上空に目をやった時、下手人は正にその身をよじり、再び大空に舞い上がろうとする所であった。彼はその名を叫ばずにはいられなかった。それはこの場所にいるはずの無い機体であった為だ。
「
飴色に塗装された機体、単葉低翼の主翼に塗られた真っ赤な日の丸。発動機の部分を最大直径とし、そこから後部に行くにつれ、絞られる直径。それら全ての、目に入る情報が、その機体の名をスキューラ少尉に知らしめた。
だが、何故奴がここにいる?空母は全て潰した筈だ。スキューラ少尉は疑問を思い浮かべずにはいられなかった。『祥鳳』の乗員が半日がかりで、この艦に空けられた穴を塞ぎ、艦戦の発着だけでも可能にしたことを彼は知らなかった。
護衛のフルマー艦戦は、攻撃隊が一撃を加えられてから、漸く動いた。しかし、それも仕方の無い事である。東洋艦隊の認識では、南洋艦隊の空母は全て撃沈破した筈であり、艦戦が出てくる道理が無かった。
そして、
それでも、
「ちぃ……」
バクバズン大曹長はそう呻き、操縦桿を右に倒す。その直後、左主翼を掠めるように、機銃が敵機より放たれる。少しでも回避が遅れていれば、彼の乗るフルマーは撃墜されていただろう。
「参ったな……」
視野の広いフルマーであるから、何とか生き延びているが、先程から真面に戦えていない。それに、彼の周囲では、フルマーが次々と墜とされている。
「これはまずいな」
一〇機少々の敵機にどんどん追い込まれている。フルマーの性能は零戦に完全に劣っている。バクバズン曹長もそう認めざるをえない。
だが、これが無ければ、攻撃隊に戦闘機の護衛は付かなかったであろう。そうなれば、雷撃機の損害は計り知れない。文字通りの全滅すら有り得た。それを防げただけマシか。
多少の自虐を交えて、自分達の出撃意義を考えるバクバズン曹長。彼の眼下では雷撃機が輪形陣の外郭を突破しようとしている所であった。
艦戦とは対照的に、敵艦の対空機銃は、大した物では無かった。砲戦で、損害を受けたり、沈没したりした艦が多少なりともいた事も原因だろうか。
何にせよ、有難い事だ。スキューラ少尉はそう思う。
雷撃隊は愈々外郭を突破した。その数、二三機。艦戦の初撃以外には被害らしい被害は喰らっていなかった。
此所で狙うべきは空母ではない。戦艦だ。『ロイヤルサブリン』の仇討ちだ!
突如、上空から火線が降り注ぐ。上空を見ると、艦戦が此方に機首を向けている。フルマーは既に下された様である。
「後少しの所で……」
スキューラ少尉は呻くが、敵機はそれに構わず、容赦なく攻撃を加えてくる。
「此所までか……」
スキューラ少尉はそう判断し、魚雷を投下した。
「噛み付け!」
「面舵一杯!」
『伊勢』はその艦体を軋ませながら、右へ回頭する。砲弾が煙突に命中した余波で発生した缶室の損傷のせいか、その動きはやや精彩に欠けている。
「右舷、雷跡抜けます!」
「雷跡左舷に抜けました!」
何とか『伊勢』は敵の雷撃を躱せた。それは他の艦も同様らしく、『伊勢』艦長武田大佐の耳には爆発音と言った物は聞こえてこなかった。
「被害はどうだ?」
敵攻撃隊が去って行った後、豊田大将はそう問いかけた。
「はい。主力艦に損害はありません。しかし、『白露』が爆弾を受け小破。迎撃に上がった零戦も三機が撃墜されました」
「そうか。それで、此方の戦果は?」
「敵戦闘機一〇機、雷撃機一五機撃墜確実です。不確実も含めると、それぞれ五機以上増えます」
「やはり艦戦の傘は大きいな。それに今回は前もって敵機の襲来が予測できた事も大きい。どの艦も陣形を整えられ、迎撃網を確立出来た。しかし、砲戦のせいか……」
豊田大将はそこで言い淀んだ。
現在の帝国海軍の対空火器は満足できるそれでは無いのかもしれない。ならば、現在連合艦隊が主となって進めている、各艦の防空性能の向上は先見の明があったという事か。
「まったく、頭ががらんな」
豊田大将はそう小さく言葉を吐いた。
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