第29話 インド洋決戦一〇 破壊七

 敵五番艦に水柱が屹立した。

「おお!?」

 『日向』艦橋内はその報告に色めき立った。敵五番艦には、南洋艦体の戦艦は砲撃を加えていない。とすれば、水戦の魚雷が命中したとしか考えられない。いや、それだけではない。五番艦に引き続き、敵一番艦の舷側にも水柱が上がった。

 現在『日向』には二隻の砲撃が集中していた。直撃弾も少なくない数発生している。『日向』も敵四番艦に砲撃を行っており、此方も命中弾を出しているのだが、敵艦に目立った被害は今のところ見受けられない。何にせよ、砲煙弾雨とばかりの猛攻が少しでも和らぐとなれば、これ程有難い事は無かった。

「敵五番艦に魚雷八本命中を確認!敵一番艦にも魚雷二本命中の模様!」


 英戦艦の最後尾を務めていた『ロイヤルサブリン』へ、最初に命中した魚雷は、『阿武隈』の放った物であった。

 九三式魚雷は酸素を推進剤とする為に、殆ど航跡が見えない。『ロイヤルサブリン』の見張員達は、その為にそれを見逃した。発射した距離が距離であった為に、『阿武隈』の放った八本の魚雷の内、命中したのは一本だけであったが、それによって『ロイヤルサブリン』は水線下を抉られた。そこに、一水線隷下の駆逐艦の放った魚雷が四本、次々に命中した。先程の被雷の応急処置に向かおうとしていた水兵を巻き込み、爆発が起きた。九三式魚雷の炸薬量は英国の使用する魚雷の倍以上の値を持つ。生じた破孔から夥しく発生する浸水を押しとどめる手段は『ロイヤルサブリン』には存在しなかった。最初の魚雷命中から二〇分も経たない内に『ロイヤルサブリン』は転覆、その身を海底へと沈めていった。


 三水戦は敵一番艦を第一目標に定めていた。敵司令部を潰すことで海戦を有利に進めるのが狙いであった。また、長門型の相手を潰す事で、彼らを苦戦している伊勢型の救援に向える様にする事も目的である。しかし、『長門』を相手にしながらも、回避に専念していた『ウォースパイト』は、矢張り副砲も無傷であり、その砲火力を遺憾なく三水戦に振るってきた。三水戦はそれ以前にも、敵軽巡三隻の襲撃を受け、『由良』『敷浪』が戦線離脱を否応なくされ、『吹雪』が奮戦空しく沈没していた。そこに副砲の猛攻である。三水戦は当初予定していた雷撃距離よりも遠い、距離八〇〇〇米での雷撃を余儀なくされた。それもあってか、命中数は三本となった。


「魚雷を三本被雷しました。速力低下します」

「出しうる速力は?」

「現在一二節。ですが、一七節に回復する見込みです」

「『ロイヤルサブリン』が敵駆逐艦の雷撃を受け、沈没」

「っ……乗員は無事か?」

「艦長と連絡が取れない為、不明です。しかし、『ラミリーズ』からの報告によると、沈没直前に飛び降りる人間が何人もいたそうです」

 艦橋で交わされる会話は絶望的な代物であった。『ウォースパイト』の速力がここまで下がってしまえば、『長門』の砲撃をこれ以上回避することは不可能であろう。それに艦の数も同等である。これでは最終的に勝利を収めたとしても、此方に甚大な被害が出ることは避けられない。更に戦艦を犠牲にしてしまうかもしれない。それは今後のことを考えても良くない。

「これより我艦体は現海域を離脱する!各艦、煙幕を張れ!艦隊針路一八〇!各艦の最大戦速をもって、南方五〇浬に存在する空母部隊との合流を果たせ!『ウォースパイト』は殿を務める。一番速力も出ないしな。それと……空母部隊に連絡を取れ」


「敵艦隊、煙幕を張り、後退していきます」

「そうか」

 見張員の報告に、豊田大将はそう短く答えた。その顔から、彼の心情は読み取れない。艦橋はそんな彼と対照的に安堵のため息や、勝利の喝采が上がっていた。

「ここは追撃を行うべきです」

 そう進言する参謀長に、豊田大将は首を振った。

「いや、溺者を救助した後に、此方も後退する」

「現在敵艦隊は隊列を維持出来ていません。旗艦のハズの敵一番艦が最後尾になっている事からもこれは分かります。ここで攻撃を仕掛ければ、多大な被害を負わせることが可能と思いますが」

 尚も食い下がる参謀長に、豊田大将は諭すように言う。

「現在の敵艦隊の状況は確かに君の云う通りだ。だが、追撃を行った場合、我艦隊は今以上に隊列が乱れよう。その時、航空攻撃が来ればどうなる長門型で構成されている一戦はともかく、損害を負っている三戦や、七戦、それに水戦はどうだ」

「三戦も……?戦艦が簡単に沈むとは思えませんが……」

「雨に打たれれば、誰でも濡れる。ましてや傘が無いものはな。それに、水兵というものはそう簡単に補充が効かない。我々は世界の半分を相手取っているのだ。その様な状況では尚更だ。深追いは禁物だ」

 豊田大将の静かな、それでいて力強い言葉には、参謀長も矛を引っ込めた。豊田大将はそんな彼の様子を子の成長を見守る親の様な眼差しで見ていた。

「三戦司令部に連絡を。伊勢型両艦の損害状況を知りたい」



「現在発艦可能な機体を全て出撃させよ、か。無茶を言う。着艦が夜間になってしまうではないか」

「甲板を照らせば、夜間であっても着艦可能になると思われます。その頃には砲戦部隊との合流も果たしているでしょうから、潜水艦の襲撃も防げる公算が高いです。万一事故を起こしても、機体を海に捨てて、搭乗員だけでも救う様に指示も受けていますし」

「うむ。では、全機に発艦命令!漸く我々の出番だ。一体どれ程待たせるつもりだ」

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