第27話 インド洋決戦八 破壊五

 『阿武隈』の砲撃に気付いた敵軽巡は即座に反転、逃走に転じた。しかし、後部の砲を使い砲撃を加えてくる。このまま敵艦を追い回して、撃沈まで持って行きたいのも山々だが、深追いは禁物だ。第二、第三の敵艦が現れ、戦隊を攻撃しないとも、限らない。

 大森少将は、敵艦を睨み付けたままである。敵には数発の命中弾が有り、このまま砲撃を続ければ撃沈も可能であろう。しかし、それを行っている間、一水戦は軽巡という盾を失うこととなる。大森少将は苦渋の決断を下した。

「三斉射後、面舵。針路二一五度。砲撃は続行せよ」

 砲塔が左舷側に向き、右舷側に設置されている三番砲塔を除く、六門全ての砲門が火を噴いた。先程の一・五倍に及ぶ弾薬量には、流石の敵艦も砲撃を中止したとは思うまい。そう大森少将は計算していた。はたして敵艦は彼の思い通りに遠ざかっていった。

「『谷風』より入電!『我敵軽巡ヨリ砲撃ヲ受ク』」

 『谷風』の所属する一七駆は戦隊の右側に陣取っており、現在の『阿武隈』の位置とは正反対になる。

「波状攻撃のつもりか……?面舵!」

 大盛り少将はそう命令しながらも、難しい顔をしていた。この状況下で、先の軽巡が再度攻撃を仕掛けてくることがあれば、『阿武隈』一隻では対処しがたい。

「何とか持てば良いが……」

 敵軽巡の全てがこの一水戦を狙っているとすれば、全滅すらあり得る。しかし、考えようによっては三水戦の無事が約束されるのだ。

「相手の出方をこの状況で考えても無駄かな……だが、俺の役割はあくまでこの一水戦を守り抜くことだ」

 大森少将は決意を新たにした。


 『谷風』は『阿武隈』が駆けつけた時には、既に波間に消えようとしていた。『谷風』を沈めた敵軽巡は新たな艦に照準を定めようとしていた。そこに『阿武隈』の砲弾が降り注いだ。命中弾こそ出なかったものの、悪くない精度である。

 敵軽巡は二射目が届くよりも早く、舵を切り出し、そのまま逃走に入った。

「いかん!何としても沈めよ!」

 大森少将は思わず大声を出した。彼は自分の考えが的中してる場合、ここで敵艦を逃がせばとんでみない事になる、と焦っていた。そんな彼の思いが届いたのか『阿武隈』の五射目は命中弾となった。しかし。

「『子日』から入電!『我敵艦ノ砲撃ヲ受ク』」

「やはりな。だがこちらはこの艦に止めを刺す。申し訳ないが『子日』には我慢してもらおう。砲撃続行だ」


「『子日』の救援に向かわなくても良いのですか?」

 参謀長の意見具申に、大森少将は首を振った。

「それはいけない」

「何故ですか?」

「何故だと思う?」

「ええと……」

 言いよどむ参謀長に、大森少将はゆっくりと口を開く。

「敵が軽巡しか出してきていないことから考えるに、七戦は想定通り、敵重巡の相手をしているのだろう。となれば、この『阿武隈』は目下最大の脅威となるわけだ。通常ならば、こいつを最優先で潰しにかかる。しかし、敵も十分な艦を出す余裕がないのだろう。三水戦もいるからね。あちらにも兵力を出さなければいけない。状況を見るに此方に来ているのは軽巡二隻だろう。そうなれば、駆逐の数で圧倒できる此方が有利になる、かもしれない。

「そこで、二手に分かれ、一挙集中出来なくしているのだろう。それにもしかしたら、三番手が出てくるかもしれない。この心理的圧迫感も敵の狙いかもしれないがね。所が、『阿武隈』はこれに一挙に対処出来ない。流石に駆逐艦だけでは力不足だからな」

 艦橋が大森教諭による戦術教室と成っている間にも、戦闘は続いている。

 敵軽巡は『阿武隈』に照準を変更したようで、砲塔を新たに旋回させ、砲弾を放った。『阿武隈』の右舷側にも水柱が上がる。至近弾である。

「被害状況知らせ」

 『阿武隈』艦長村山大佐の声に、各所から「異常なし」の報告が帰ってくる。

「次は命中弾が来る。やられる前にやってしまえ、だ」

 大森少将の言葉に応える様に、『阿武隈』は次々に砲弾を撃ち出してゆく。しかし、それは敵も同じである。そして遂に『阿武隈』の艦体が直撃の衝撃に震える。

「一番砲塔に被弾。使用不可」

「弾薬庫注水、急げ」

 最初の命中弾で、いきなり砲塔を叩き潰される被害を受けるも、『阿武隈』は新たに砲撃を続ける。

「先に命中弾を出したのは此方なのだがな。運が無い。だが、このままでは……」

 表面上は不利に見えるが、実際には、『阿武隈』も幾つもの砲弾を敵軽巡に叩き込んでいる。損害は敵の方が遙かに大きいはずである。

「頼む……」

 正に食うか食われるかの一大決戦。戦艦同士の砲撃戦に比べれば迫力は劣るが、より近距離での撃ち合いだ。確かに、階級や練度で言えば、あちらの方が優秀ではあろう。しかし、此方も華の一水戦だ。意地という物がある。

「敵艦砲塔に命中確認!使用不可の模様」

「よし、これで借りは返したな」

 勢いに乗った『阿武隈』はその後も命中弾を出して行き、この撃ち合いを制したのであった。軽巡『エンタープライズ』は海の底に沈んでいったのであった。

「被害はどうだ?」

「一番甚大な被害は一番砲塔の使用不可ですが、他の弾は運良く重傷には成らなかったようです」

 聞こえてくる被害状況に耳を傾けながら、大森少将は艦橋に仁王立ちをしていた。思ったよりも時間がかかった。『子日』が無事で有れば良いが。彼はそんなことを思うのであった。

「では、次のお客様を海の底へとご案内しようか。今度は逃さん」

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