第26話 インド洋決戦七 破壊四
「『熊野』は敵重巡、残る三艦は敵駆に砲撃!」
七戦は魚雷回避の為、回頭が出来ない。敵重巡はそれを知っていて砲撃を仕掛けてきている。砲の照準も定まらぬ間に、『熊野』を衝撃が襲った。
「被害状況知らせ」
「三番高角砲に被弾、使用不可!」
「く……だが、砲戦には影響せん」
田中大佐の言葉を裏付ける様に、『熊野』は第三斉射にて命中弾を得た。彼我のどちらとも直線運動を行っており、しかも距離がドンドン縮まっているのである。先程までの空振りが嘘のように命中弾が出始めた。こうなると、砲門数に勝る『熊野』が有利である。しかし、同時に嬉しくない知らせも飛び込んできた。
「一番砲塔に直撃弾!火災発生!使用不可!」
「弾薬庫に注水!誘爆を阻止せよ」
副長の指揮下で応急処置が行われる。これで、『熊野』は主砲を一基失った事になるが、それでも敵艦に弾を撃ち出せる砲門数は、『熊野』が上である。『熊野』からは二〇糎砲弾が相変わらず撃ち出されていった。
『ドーセットシャー』艦長ウォルター・マクレガー大佐は、原型を留めなくなった自艦の前方を見ながら、ため息を吐いた。
「一隻くらいなら、と思ったが、残念だな」
マクレガー大佐はその直後に、思い直した。優勢の敵相手に、主砲二基を道連れに出来ただけでも、幸運か、と。
もうこの艦に戦闘能力はない。いや、後部砲塔は無事で有る為に、一八〇度回頭すれば砲撃の続行は可能であろうが、それも「可能である」というだけだ。命中弾は望めなく、抑もそんな悠長な事をやっている間に敵艦の主砲により、滅多打ちに合うに違いなく、非現実的である。だが、まだ取り得る策はある。
「機関最大速度!総員退艦準備!本艦は敵に体当たりを敢行する!」
「敵艦増速!本艦に向かってきます!」
「っ……砲撃続行!何としてでも沈めよ!」
『熊野』の砲撃が一発、二発と命中したが、敵艦は止まる素振りを見せなかった。寧ろ増速すらしたように感じられた。
栗田中将は、向かってくる『ドーセットシャー』をじっと見つめていた。もう既に自分の為べきことは無い。信じて待つと言う程楽観的ではないが、自分の職権を心得る程度には成熟している。彼はこれまでの自分の指揮を省みていた。敵重巡に砲撃を集中させるべきではなかったか。結果論とは分かっていても、この現状を見ればそう考えざるをえなかった。
『熊野』が斉射を撃つ事四発目。主砲弾が敵重巡の艦橋に命中した。それは大爆発を起こし、敵艦の速度を衰えさせた。そこに更に二〇糎砲弾が殺到した。そして実に二〇発以上の砲弾をその身に受け、漸く行き足が止まったのであった。
『ドーセットシャー』は艦橋への一撃が元で艦長以下首脳部が戦死、総員退艦の命令の発令が遅れ、乗員の実に六割以上がこの世の者では無くなった。
「何とか……」
『熊野』の乗員がホッと一息吐いた時であった。右舷方向から爆発音が聞こえた。それも一度では無く二度、三度と。
「『最上』が避雷したもよう!速度落ちます!」
「敵駆の雷撃だな。『最上』の様子は?」
見張員の報告に栗田中将は聞き返す。それに答えたのは通信兵であった。
「『最上』より入電。『我魚雷三発ヲ受ク。速度一七節ニ落ツ。復旧ノ見込ナシ』」
「これは不味いな……」
栗田中将は苦々しく呟いた。
『熊野』は前部と後部の主砲塔が一基ずつ破壊されており、戦闘能力は単純計算で六割にまで落ちている。『最上』は今の魚雷で速力が大幅に落ちている。
「司令部は『鈴谷』に移乗。『熊野』『最上』は下がれ。『鈴谷』は『三隈』と共に水戦の護衛に行く」
栗田中将は苦渋の決断を下した。
第一、第三水雷戦隊は、針路を敵戦艦に向け、取っていた。一水戦司令官大盛り仙太郎少将は、旗艦『阿武隈』の艦橋で仁王立ちをしていた。
先ずは二対一の劣勢となっている『日向』を救う為、敵五番艦に向けて雷撃を仕掛ける。問題は『日向』がそれまでに無事でいるかどうかだが、『日向』がやられれば、敵艦の攻撃は『伊勢』に向かうに違いない。その場合は三対一となる。目標に変更はない。
「『子日』より入電。『敵軽巡ノ砲撃ヲ受ク』」
「よし、取舵!救援に向かう」
一水戦は、理路整然と隊列を組んで行動している状況に無い。旗艦『阿武隈』の先導の元、各駆逐隊毎に縦陣を組み、中央に二個、その両脇に一個ずつ並んでいる。これは敵艦の襲撃が有った時に『阿武隈』が素早く駆けつけられる様にする為である。
「一隻のみか…他の敵影は?」
「ありません」
見張員の報告に大森少将が大きく頷いた。
「砲撃開始!」
「砲撃開始!」
大森少将の命令を艦長が復唱する。後は艦長や砲術長といった、艦の乗員の仕事である。問題は他の軽巡や駆逐艦が何処にいるかである。この時東洋艦隊の駆逐艦は七戦を相手取って戦闘していたのであるが、大森少将はそのことを知らない。しかし、それにしても軽巡が一隻だけというのはおかしい。東洋艦隊には軽巡が五隻存在している。兵力集中の法則から言っても、それを一カ所に投入した方が良いハズである。それなのにどうして。大森少将はそこまで考えた所で身震いした。何か自分が重大な見落としをしてしまった様な気がしたからである。
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