第25話 インド洋決戦六 破壊三
最上型重巡四隻を率いる第七戦隊司令官栗田健男少将は、旗艦『熊野』の艦橋で命令を下していた。
「先ずはこの七戦でもって敵重巡を撃滅する。その後に軽巡だ。水戦が突入する道を開くぞ」
白色の航跡を引き、七戦は『熊野』『鈴谷』『最上』『三隈』の順に縦陣を敷きながら、進んで行った。
「前方に敵重巡二隻!此方に向かって来ます」
見張り員の声が伝声管を通して、響く。
「早速お出ましか」
栗田少将はそうほくそ笑んだが、続けて思いもよらぬ報告が聞こえて来た。
「敵、面舵!」
「何?よし、戦隊取り舵!針路、一七〇度!」
これにより、七戦は敵重巡を追い掛ける格好となった。
敵戦艦へと向かう針路からは外れる事となるが、問題は無い。自分達の目的は奴らでは無いのだ。栗田少将は右後方へと流れて行く戦艦を見やりながら、そう思っていた。そして、本命を見、新たな命令を出した。
「砲撃用意!目標敵重巡!『熊野』『鈴谷』は敵一番艦を、『三隈』『最上』は敵二番艦を狙え!」
この砲撃は初めから斉射であった。距離も近く、斉射の速度が速いからである。戦艦は通常毎分一発しか斉射を行えないが、この重巡は三発撃つことが可能であった。
しかし、ここで妙な事が起きた。敵重巡は七戦の発砲を待っていたかのように、回頭を始めたのである。
「逃げる気か?いや、引き付ける事が目的か?」
栗田少将は疑問を残しつつも、砲撃続行を指示した。敵の狙いが分かったような、分からないような状態であるが、踏み込まざるをえない。というのも、ここで敵重巡を逃して仕舞えば、水戦の妨害に行くかも知れないのだ。
その場合、砲撃力に劣る水戦では太刀打ち出来ないであろう。
幸い二〇糎主砲の砲門数は、敵が一六、此方が四〇と、七戦が有利である。とはいえ、追撃戦である為、主砲は前部の三基しか使えず、実際には一隻あたり六門の、計二四門しか使えない。しかし、敵も後部の砲しか使用出来ず、一隻あたり四門の計八門しか使えない。これで、七戦は敵に対して三倍の攻撃力を持つ事となる。
栗田少将はこれらの事情を鑑み、勝機は十分にあると考えていた。例え敵が何か企んでいようとも、それが出てくる以前に潰せると。
第九射目にて、『三隈』の砲撃が敵二番艦に命中した。敵艦はそれで致命傷を負った様で、速度が見る見る内に下がって行った。そこに『最上』『三隈』両艦の主砲弾が集中した。敵艦は回避もままならず、ものの数分でスクラップ同然になってしまった。総員退艦が出されたのか、甲板から乗員が次々に海に飛び込んで行く。
救助を行おうにも、現在は戦闘中であり、それも出来ない状態である。
ともあれ、敵二番艦『コーンウォール』が沈んだことにより、砲門数で見る彼我の戦力は、四対二四になっていた。
「これは
栗田少将はそう青写真を描いていたが、現実はそう甘く無かった。
「右舷、敵駆逐艦多数!此方に向かう!」
見張員の声が伝声管を通して聞こえてくる。栗田少将は機敏に反応した。
「雷撃を仕掛けるつもりか。『熊野』『鈴谷』は四、五番砲塔を、『最上』『三隈』は全砲塔を用い、敵駆逐艦を砲撃せよ!見張員、敵の隻数は?」
「およそ一〇隻とみとむ!」
見張員はそう報告したが、実際には、それより多い一二隻であった。そう、東洋艦隊は、空母を護衛している四隻を除く全ての駆逐艦を、ここに投入したのであった。
「よし、敵駆が雷撃を行うそぶりを見せたら直ぐに知らせよ」
栗田少将は見張員からの了解の返答が返ってくると直ぐに前方の敵重巡を睨みつけた。しかし、その脳裏には混乱と焦りが存在していた。
これは時間との勝負だと、栗田少将は直感していた。敵重巡を沈めるのが先か、敵駆逐が魚雷を放つのが先か。
敵駆逐が魚雷を放てば、七戦隊はされと相対して、回避せざるをえない。それは直線運動となる為に、敵重巡から見れば格好の的である。ここぞとばかりに砲弾を撃ってくるに違いなく、そうなれば、思わぬ被害を受ける可能性すらある。
併し、何故栗田少将は『最上』『三隈』に、敵重巡への砲撃を行わなせかったのだろうか。それは彼の思いやりの様なものが原因であった。旗艦である『熊野』の面子の問題である。ただでさえ、先に敵二番艦を先に沈められているのだ。その上、一番艦にも、後から砲撃に加わった二隻が先に命中弾を得れば、『熊野』の立場はどうなるであろう?
それに栗田少将の『熊野』への信頼もあった。『最上』『三隈』に出来た事がこいつに出来ない筈がない、と。
だが、敵重巡は小癪にも回避運動を続けており、中々命中しなかった。漸くのことで『熊野』が命中弾を得たのは敵駆逐が雷撃を発射したのと同時であった。
「敵艦、魚雷発射!」
「艦長、二斉射後に回避運動だ。相対するようにせよ。各艦にも同様に伝えよ」
「はい」
『熊野』艦長田中菊松大佐は頷くと、きっちり二斉射後に、面舵を命令した。
ここでの栗田少将の考えは以下の通りである。
敵は条約型重巡である。条約型の常として、砲撃、雷撃、速、航続、それぞれを追求した結果、装甲が総じて薄い傾向にある。これは排水量に制限がある状態では仕方のない事でもあった。故に、二〇糎砲弾でも二度受けると、撃沈までも行かずとも、浅くはない傷を負わせる事が出来る筈である。そこで、その後一旦魚雷を躱し、その後に止めを刺せば良い。
七戦は魚雷に対して、艦首を向け、相対する。これは被雷面積を小さくして、命中率を下げる事が狙いである。
その時である。敵重巡が俄かに息を吹き返した。七戦へ向かって向かって来たのである。
恐れていた事が起きた!栗田少将は頭を抱えたくなった。
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