第24話 インド洋決戦五 破壊二

 『伊勢』は第二射において早くも至近弾を得ていた。小沢中将も良好な成績に満足そうであった。そして、第三射が放たれた時であった。豊田大将からの電文が小沢中将の元へ届いた。

「敵艦隊ノ狙イハ貴戦隊ナリ。敵一、二番艦ハ回避ニ専念シテオリ、我戦隊ガ有効弾ヲ得ル確率ハ低シ。必要トアレバ回避ニ集中セヨ」

 小沢中将はそれを聞くと、前方を見やった。成程、確かに敵一番及びニ番艦はバラバラの針路を取っており、そこ

 からも豊田大将の言葉通りの状況である事が分かる。それは第三戦隊の繰り広げている戦いとはまるで違っていた。彼らは何方も回頭せずに、教科書にでも乗っているような同航戦を行なっていた。


 仮に空母が生き残っていれば、此方が制空権を手にしていた。そして、観測機によって砲術の精度は格段に上がっていたはずである。一戦も此処まで苦戦させられはしなかったであろう。小沢中将はそこまで考えて、意味の無い思考である事に気付き、これを止めた。現状はこの海域内で、最大の攻撃力を誇る、四〇糎砲を有する一戦の助けを借りられぬのである。敵の作戦に上手く嵌められた。


 小沢中将が、豊田大将の言葉通り回避に集中させようかと悩んでいる時であった。

 『伊勢』の第三射が見事敵艦に命中した。制空権を喪失した状態において、この早さで命中弾を得るとは好成績に他ならず、小沢中将も思わず感嘆と安堵が入り混じった溜息を吐いていた。しかし、直後に苦い顔をした。というのも、この命中弾によって『伊勢』の士気は鰻登りと成っていたからである。この状態で下手に回避命令でも出そうものなら、それが瞬く間に下がることは間違い無かった。

「砲術より艦橋。次より斉射」

 射撃指揮所より、連絡が入る。

 そして-『伊勢』は第一斉射を放った。先程までの交互射撃に倍する衝撃が『伊勢』に襲いかかり、艦が右に傾く様な錯覚すら覚える。いや、実際に傾いているのかもしれない。

 そして、それの弾着を待たずに装填が終わった一分後に、『伊勢』は再び斉射を放った。


 『レゾリューション』が水柱に包まれ、『伊勢』から見えなくなる。そして水柱が収まった時、その艦上にハッキリと一条の黒煙が漂っていることが見て取れた。


 だが、その直後『レゾリューション』の艦上に火焔が上がった。発砲炎である。それは先程と比べて些かも衰えておらず、この艦が健在である事を示していた。

「流石はR級だな」

 元より一発で戦闘能力を奪えるとは小沢中将も考えていなかった。とはいえ、これからは一分毎に一二発の砲弾が『レゾリューション』に襲いかかる。威力に劣る三六糎砲とはいえ、これは十分な打撃力を持つ。

 敵が『伊勢』に当たるまでにどこまで戦闘力を奪えるか。戦闘結果はそれに左右される。小沢中将はそう冷静な判断を行いながらも、神に祈る気持ちであった。幸いなのかこの艦の艦内神社は天照大神を祀る伊勢神宮の分祀である。

 『レゾリューション』の砲弾が弾着し、水柱を上げるが、それは『伊勢』より遠方に存在していた。


 第五斉射。小沢中将の願いが通じたのか、『伊勢』はそれまでとは違う火焔を敵艦上に発生させた。それは『伊勢』艦橋に居た全員に、何か重大な損害を与えたことを悟らせるのに、十分なものであった。

 その黒煙が消えない内に『レゾリューション』は第六射撃を行なったが、それまでと比べると、発射炎は小振りなものであった。


「敵砲塔一基沈黙」

 見張員の報告が、艦橋に届く。そう、『伊勢』の第五斉射が『レゾリューション』の電路を切断。A砲塔を使用不可能としたのであった。

 報告を受け、『伊勢』艦橋に歓声が上がる。しかし、それは長くは続かない内に、襲ってきた衝撃によって遮られた。

 『レゾリューション』の砲弾が遂に『伊勢』を捉えたのであった。


「被害状況知らせ」

「缶室に被害軽微」

 その直後、やられた鬱憤を晴らすかの様に、『伊勢』は第八斉射を放った。しかし、それと同時に敵艦も斉射を行なっていた。



 『日向』は二隻の戦艦を相手に戦っていた。『ラミリーズ』と『ロイヤルサブリン』である。『日向』には回避に徹するという手段もあったが、艦長の松田千秋大佐はそれを行わなかった。主砲の命中が期待出来なくなるということもあるが、それだけではない。二隻の英戦艦の砲撃に挟まれていたのである。これでは左右どちらに回頭しようが、敵砲の散布界に突っ込むこととなる。この時『ラミリーズ』は近弾に、『ロイヤルサブリン』は遠弾になるように射撃を行っていた。左右から迫ってくる一五吋砲弾に脅かされながらも『日向』はラミリーズ』に照準を合わせ、砲撃していた。


 じわじわと嬲り殺しにされているようだ。そう松田大佐は顔をしかめていた。しかし、『日向』に光明が見えないこともなかった。敵艦とは異なり、『日向』は始めから命中弾を狙っている。その為、『日向』が敵艦より先に命中弾を得る可能性は高かった。いや、そうしなければ『日向』に勝ち目は無い。


 そして、『日向』の意地ともいうべきか、第五射にて『ラミリーズ』への命中弾を得たのであった。

「砲術より艦橋。次より斉射」

 砲術長の気持ちの良さそうな声が伝声管を通じて艦橋に流れ込んできた。その声に、松田大佐は彼が自分と同じ思いを抱いていることが察せられた。多勢に無勢のこの状況から『日向』が生き残る可能性は万に一つもないであろう。ならば少しでも多くの被害を敵に負わせる。これは彼らの、いや、『日向』全乗組員の意思であった。


 『日向』艦上に炎が生じた。斉射の発射炎である。三六糎砲とR級戦艦から見れば一回り小さい代物であるが、急所に命中すれば、致命傷を与える事も可能である。『日向』にも敵艦二隻と渡り合える可能性は有った。


 第一斉射の弾着と共に『ラミリーズ』が水柱に包まれて視界から消える。それが収まった時、『日向』艦橋からは黒煙が二筋立ち上っているのが見て取れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る