第23話 インド洋決戦四 破壊

 この砲撃戦において、豊田大将は短期決戦における勝利を目指していた。というのも、敵航空戦力が原因であった。空母だけではなく、セイロン島や英領印度からの攻撃もある。艦隊決戦中の戦艦は基本、直線的運動しかしない。これは例え重爆からの高高度攻撃であっても、良い的となるのは当然のことであった。


 であるからこそ、彼にとって東洋艦隊が同航戦を挑んでくるのは幸いであった。だが、だからこそ敵が何を仕掛けてくるのか、不気味でもあった。

 そこで、彼は回頭中の敵艦へ目掛けての射撃を指示した。


 東洋艦隊は、現在単縦陣を敷いている。これは、その陣形を保ったまま針路を変更しようとすると、非常に危険なことが起こる。回頭点が同じ所になるのである。必然、そこに向けて砲弾を叩き込めば、艦隊の鑑全てに損害を与えることが見込める。


 『長門』に主砲発射を告げる電子音buzzerが響き、轟音と共に四〇糎砲弾が放たれる。連装砲の片方ずつを撃つ交互射撃ではない。両方を同時に撃つ一斉射撃である。これは少しでも命中率を上げる為である。続いて、『陸奥』以下の戦艦も斉射を開始する。

 これにより、東洋艦隊は四〇糎砲弾一六発、三六糎砲弾二四発の、合計四〇発にも及ぶ戦艦の主砲弾が降り注ぐこととなった。


 『長門』艦橋で、豊田大将は自然に笑みを浮かべていた。『長門』が敵に向けて砲撃を行うのはハワイ攻略以来二度目のことである。しかし、敵艦に向けてこれを行うのは初めてのことであった。帝国海軍に限らず国民が期待に胸を躍らせて想像した、正にその場所に自分が立っているのである。それも艦隊を指揮する司令長官として。

 帝国海軍人として、これ程の名誉は有ろうか。豊田大将は、敵がどんな作戦を立てていようと、それを下してみせるとの決意を新たにした。



「しかし、厄介だな」

 サマビル中将は、左舷後方に乱立する水柱を見やり、ぼやいた。射撃は一回毎に正確になっていく。そして、ついに恐れていたことが起きた。『ラミリーズ』に敵弾が命中したのである。

「『ラミリーズ』より入電。敵弾二発命中。されども損傷は軽微。戦闘に支障無し」

 実はこの時命中したのは何れも『伊勢』の三六糎砲弾であり、これも損傷が軽い一因であった。

「そうか、良かった」

 サマビル中将は一息吐いたが、戦闘はまだ始まったばかりであるということを思い出し、再び気を引き締めた。

 そして、最後尾を務めていた『ロイヤルサブリン』から変針し終えたとの連絡が入り、サマビル中将は新たな命令を出した。

「砲撃開始!」



「撃ってきたか」

 豊田大将のいる『長門』艦橋からは敵戦艦上に光った発砲炎が見えた。

「砲撃目標変更。『長門』は敵一番艦、『陸奥』は敵二番艦、『伊勢』は敵三番艦、『日向』は敵四番艦を狙え」

 第一、第三戦隊の各艦の砲塔が旋回する。そして、目標の艦に標準を付け終わった艦から砲撃を開始した。先程の斉射とは違い、各砲塔毎に一門ずつ射撃を行う交互射撃である。


「弾着……今!」

 観測員の声と共に水柱が上がる。『長門』の第一射は敵艦を飛び越え、遠弾に終わってしまった。

 このすこし前に『ウォースパイト』の放った砲弾が『長門』を狙ってきたが、こちらも全弾遠であった。

 両艦はそれを受け、砲門の角度を修正し第二射を発射した。



 サマビル中将はこの海戦における第一目標を自艦隊の被害を最小限に抑えることとしていた。というのも、仮にこの海戦で勝利を収めることが出来たとして、東洋艦隊に重大な損害が生じた時、有利に立つのはより近い位置にいる日本であるからだ。日本はここぞと新たな艦隊を送ってくるに違いなく、最悪の場合インド洋の制海権の喪失もあり得る。それは避けなければいけない。

 理想としては、戦艦に一隻の被害も出ない、無傷の勝利であるが、サマビル中将は一隻の撃沈乃至大破までなら許容範囲と考えていた。


「艦長」

 サマビル中将は『ウォースパイト』艦長ハットン大佐に、短く呼びかけた。

 両者の目が合い、ハットン大佐が頷く。それが作戦開始の合図であった。

「面舵!針路二六五度!機関増速、速度二一・三節!」

 現在日英両艦隊は二一節で二五五度―西南西の方向―へ進んでいる。そこで『ウォースパイト』は右舷側に一〇度の角度を変針し、その分艦隊速度を下げない様に〇・三節だけ増速した。

 『長門』の第二射は『ウォースパイト』の舵をきる以前の予想到達点へ向けて放たれており、大きく空振りすることとなった。


「接近戦を挑むつもりか?」

 豊田大将のその言葉は、R級戦艦が『ウォースパイト』の動きに追従していないことで否定される。それどころか、『リヴェンジ』は『ウォースパイト』と反対の取舵を取っていた。

「回避に徹するつもりか?だが、中小艦ではこちらが有利であるから、意味はないぞ」

 豊田大将の言葉通り、重巡において数に勝る南洋艦隊は、敵の巡洋艦以下の艦艇を蹴散らし、必殺の魚雷を敵戦艦に叩き込むに違いなかった。回避を重視しようと、戦艦程有効ではない。

「いや、あれは……」

 東洋艦隊の後方に目をやった豊田大将は敵の狙いに気付いた。そして、成程、それに気付いてしまえば、東洋艦隊が南洋艦隊に勝利するには

 それしかないとしか思えなかった。

「小沢長官に連絡をとれ!」

 小沢中将に危機を伝えなければならん!豊田大将は珍しく焦っていた。

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